ある音楽プロデューサーの軌跡

#27. 『ECM catalog』海外プレスの見方


 ECMレーベルの創立40周年(2009年)を祝って日本から贈るエールとして完全カタログの制作を思い立った。3年ほど前のことである。じつは今から30年ほど前、「ECM catalog」を制作したことがある。当時ECMのディストリビュータであったトリオレコードが販促活動の一環として制作したものである。厚紙1枚に1作づつジャケットとデータ、短い紹介文を掲載、1色刷りだったが厚さは10cmほどになった。特約店に配布すると同時に郵送代のみで一般ファンにも頒布した。今年になってふたりのオールド・ファンから「持ってます」と名乗られて、驚くと同時に我が子の消息を久しぶりに聞かされたようでとても嬉しかった。今年刊行された『ECM catalog』は、30年前のカタログをプロトタイプとするものである。大きく異なる点は、ジャケットがフル・カラーに変更され、データがジャケットに記載された通りの原語を採用したことである。原語を採用したのは、世界で初めての完全カタログとしてワールド・スタンダードを目指したからである。
 「いちばん大変だったことは?」よく尋ねられる質問である。執筆者にとって「いちばん大変だったこと」は、「データの入力」だろう。「カタログ」に掲載されたすべてのデータは、それぞれの執筆者が担当のアルバムについて自ら入力した。もちろん校正も、自ら行った(出版社の校正担当に加えてだが)。制作者にとって「いちばん大変だったこと」は、「ジャケット撮影」だろう。ジャケット撮影のためのオリジナル・ジャケットの収集だろう。当初予定していたECM本社からのデータ提供は、『Horizons Touched』の編集とぶつかったため断念せざるを得なかった。日本のディストリビュータ、ユニバーサル・ミュージックから提供されたネガ・フィルムは、色味の問題や日本の企画番号などローカライズされているため1枚も流用することはできなかった。1枚のジャケットを除いてすべてのジャケットは執筆者の持ち寄りと新たに購入することで揃えることができた(新譜を中心に欠品を買い揃えた月光茶房のオーナー原田正夫氏は結果としておそらく世界唯一の「ECM完全コレクター」となった)。
 「執筆者の担当枚数にばらつきがあるのは何故ですか?」ファンから尋ねられるもうひとつの質問である。執筆は当初5人の分担でスタートした。果たして実現に漕ぎ着けられるかどうか不安があったため、JazzTokyoの気心を知った内輪のメンバーだった。その後、河出書房新社を通じた発売が確認され、5人では負担が大きすぎることが判明したため、あらたに5人に参加していただいた。そして最後に「ニューシリーズ」の最新作を担当するピンチヒッターの手を借りることになった。以上が、執筆者の担当枚数にばらつきがある理由である。すべて、読みの甘かった編著者である私・稲岡の責任である。

 


 2年有余をかけて『ECM catalog』は完成した。ECM本社のマンフレート・アイヒャー、スティーヴ・レイク、ハイノ・フライバーグからそれぞれ祝辞が届いた。ECMのオフィシャル・サイトを通じて海外発売もスタートした。欧州圏以外からの注文については、送料の問題でJazzTokyoの親会社ストレンジ・フルーツ社のショッピング・サイト「hitomonokoto.com」が対応することになった。
 海外プレスへのプロモーションは執筆者のひとりボルチモア在の心理学者/ピアニスト須藤伸義氏が担当、30名弱の有力コメンテーター/ブロガーが対象となった。
 ここで、イタリアとスペインのジャズ・サイトに掲載された書評を執筆者の了解を得て転載したい。翻訳は新たにJazzTokyoにコントリビュータとして参加したマルチリンガリストの伏谷佳代女史である。


1. 初の「ECM カタログ」を通して日本人が見える
アントニオ・テルツォ (jazzColours~email zine di musica jazz 10/10/2010)
www.jazzcolours.it



 最先端のテクノロジーに象徴される緻密さや精緻さへの嗜好のほかにも、日本人はアルバムのリブレットやジャケットに掲載された細かなインフォメーションに対しても同じくらいマニアックである。その性癖が世界のジャズ・コミュニティにあって、日本人がもっとも用意周到で情報通である所以だ。ブックレット以上に、そのテクストや写真の豊富さにおいて、日本のジャズ・ファンだけでなく(※原文では「切れ長の目のジャズの申し子」という表現だが差別用語的であるため「日本のジャズ・ファン」を代用)、音楽好きならばだれでも、その豊富な知識と情報量に貪りつきたくなる一冊だ。LP時代から現在のCD時代に至るまで、日本の市場においては、そもそもアルバム・ジャケットやリブレットは「保存に耐えうる内容であるべき」という発想が徹底していた。その事実にも感嘆せずにはおれない。いや、日本という国は、コレクター向けの限定アナログ盤が版を重ねる一方で、新譜もどんどん制作されるという稀有な国のひとつといえるだろう。

 「コンパクトでありながら、常に同時代を基準として内容が濃い」。『ECMカタログ』執筆陣もインスパイアされたであろうこの基本理念に至るまで、マンフレート・アイヒャーの41年間にわたる、日本での活動も含めた倦むことを知らぬ全制作記録が凝縮された、まぎれもない初のカタログである。

 


 実際、700ページにも及ぶ大著でありながら、判りやすく適切、簡潔で引きやすい、というマニュアル本来が持つ「コンセプト」からブレることがない。ECMからオフィシャルに発売されたすべてのアルバムはもとより、プロモーション用、EP、LP、CD、DVDに至るあらゆるフォーマットのものを収録。なかには、「日の出づる国」日本でのみ発売された限定盤、マル・ウォルドロン・トリオ『Free at Last』(ECM1001)から始まり、最新のエバーハルト・ウェーバーの『Colours』三部作(ECM2133-35)なども含まれている。それらがオリジナル・ジャケット(印刷の色味も含めて)、収録曲目、参加ミュージシャン、すべてに至るまで発売当時のものに忠実に、そっくりそのままの状態で採録されている。

 もちろん、「New Series」(第一作はアルヴォ・ペルト『Tabula Rasa』ECM1275NS)、1969年から1984年まで制作され、もはや一部を除いて絶版となった「JAPO」の41タイトル、2002年から2004年にかけて「;Rarum」名義で編纂された、ミュージシャン本人が自身のECM音源から選曲するコンピレーション・シリーズは言うまでもない。

 とりわけ興味深いのは、各ディスクに関するインフォメーションは原盤同様、英語とドイツ語で掲載しつつ、日本語で書かれた執筆陣の寸評はごく手短かに、しかもインフォメーションで言及されていない観点、に限っているところである。

 カタログの構成のなかでとりわけユーモラスなのは、「ジャケット選択」に特化した192ページにわたるセクション。すなわち、複数の異なったアートワークを持つアルバムについてである。ECMのジャケット決定に至る過程から、発売諸国の事情、LPからCDへの再発に伴って変更が余儀なくされる様子まで。そこには、ECMオフィシャル盤のジャケットのみではなく、さらに稀少盤ともいえる「;Rarum」や「JAPO」での事情も含む。

 余計な加筆を加えない、その意味で「珠玉」とも言える本カタログは、目下日本のみ、河出書房新社/東京キララ社より発売されている。『JazzTokyo』を始め業界の最先端で活躍する、音楽プロデューサー/編集者/ディレクター/コーディネーター/ジャーナリストであり、日本におけるECMの販路を開拓した功労者・稲岡邦弥による編纂。この刺激的で有益なる書物は、シンプルこの上なく『ECM Catalog』と名づけられているが、いまだかつて西半球では類例を見たことがない。マニア、ジャズ狂、コレクター諸氏はもとより、音楽業界のすべての人間は、英語版が出版されるのを待つか、そうでなければ、アマゾン経由で直接日本版を購入すべし(4200円=約38ユーロと手頃な価格である)。



2. 『ECM catalog』〜パチ・タピス(TomaJazz)
http://www.tomajazz.com/bibliojazz/ecm_catalogue.html

 ECMレーベル創業40周年と軌を一にして、初の完全カタログが日本より届いた。単なる資料による裏づけに終始してしまったスペイン語版『Horizons Touched:Music of ECM』(Global Rhythm Press) 以降、ついに真の『ECMカタログ』が完成した。編纂は70年代日本におけるECMレーベル・マネージャー、稲岡邦弥。執筆者に相原譲、原田正夫、堀内宏公、今村健一、大村幸則、岡島豊樹、須藤伸義、多田雅範、横井一江、悠雅彦。これらジャーナリスト全員によって、レーベル発足から昨2009年12月に至るまでのすべてのECMアルバムと関連発行物に、完全なデータと日本語による寸評が付けられている。

 白眉は最初の約200ページ。マル・ウォルドロン『Free at Last』まで遡る、ECM制作になるすべてのジャケット写真をオリジナルそのままの色調で再現。そこには、ヴァージョンが異なる盤における秀逸な別デザインも含まれる。時代の変遷に沿って制作されたNew Series、DVD、SP、Spectrum、コンピレーション・シリーズのWorks、;Rarum、日本限定シリーズのLocalやJAPOをも網羅、単なるアルバムのフォーマットや必要データへの言及を超えた情報量だ。1000種以上にもわたる「ジャケットの森」へ迷い込み、時代背景によってデザインの美的感覚がどのような進化を遂げたかを確かめるのは非常に興味深い。

 





同様に、いくつかのアイディアは変形と流用(再利用)を繰り返す様を見ることも。続く400ページは英語による全作品のデータを完全採録。タイトルや作品名、作曲家について、参加ミュージシャンと彼らの楽器について、つぶさに示される。録音データや場所、録音エンジニア、アート・ディレクター、カメラマンやアートワークの作者、もちろん各アルバムのプロデューサー名も連なる。ここでは、たった4行に収められた日本語による寸評も現われ、最後は膨大なミュージシャン名義別・タイトル別のインデックスへと突入する。

 日本語による寸評部分は翻訳されてはおらず、また、膨大な数にのぼるであろう参加ミュージシャンすべてがインデックスに掲載されているわけではないが、このカタログは「アイヒャー・レーベル」のファンにとっては欠かさざるべきものである。15.2×21cmというサイズ、約700ページに及ぶヴォリューム、そしてかなり重要な要素ともいえる「紙質の良さ」。本カタログの回廊をあてもなく彷徨い、このミステリアスなヴェールにつつまれたレーベルの奥底を探るのは無上の喜びである。


稲岡邦弥

稲岡邦弥:1943年、兵庫県生まれ。早大政経学部卒。トリオ・ケンウッドのECMマネジャー経て、音楽プロデューサー。共著『ジャズCDの名盤』(文春新書)、著書『ECMの真実』(河出書房新社)。

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#900『Samuel Blaser/in Motion』(kind of blue) 悠 雅彦/ #901『北浪良佳/Love Me Tender』(Airplane) 望月由美/ #902『ワルツの革命〜モーツァルト、ランナー&J.シュトラウス1世:ダンス、ワルツ&ポルカ集』(ソニー・クラシカル)大木正純/ #903『ウェス・モンゴメリー/エコーズ・オブ・インディアナ・アヴェニュー』(Resonance/キング・インター)高谷秀司/ #904『『Sara Serpa Quintet/Mobile』(inner circle music)伏谷 佳代/ #905『橋爪亮督グループ/アコースティック・フルード』(クタイルサウンド・レコーズ)多田雅範/ #906『Dan Tepfer/Goldberg Variations/Variations』(Sunnyside Communications) 悠 雅彦/ #907(アーカイヴ篇)『Andreas Schmidt/Hommage à Tristano』(Konnex)|『Pieces for a Husky Puzzle』(Jazzwerkstatt) 伏谷佳代/
#908(アーカイヴ篇) 『Irina Karamarkovic Band/Songs from Kosovo』(GLM Music) 岡島豊樹/
#909(アーカイヴ篇)『Lou Reed|Laurie Anderson|John Zorn/The Stone: Issue Three』(Tzadik) 杉田誠一/
#910『MIZUHO & タイガー大越/Dear DUKE』(House Of Jazz) 稲岡邦弥
COLUMN
今月の論点:悠々自適 Vol.49 「ライヴ音楽食べある記 VII」悠 雅彦/ JAZZ meets 杉田誠一Vol.82「Morry Burns」/ Reflection of Music Vol.21「高瀬アキ」横井一江/ 撮っておきの音楽家たち #40「ビセンテ・アミーゴ」林 喜代種 / 世界音楽紀行(ふみくら)Vol.30「ピンク・マティーニの甘美で艶やかな香り...」G2us高谷秀司/ タガララジオ26「Classic Tracks 140 - 153」Niseko-Rossy Pi-Pikoe/ 及川公生の聴きどころチェック #141『クレア・マーティン & ケニー・バロン/トゥー・マッチ・イン・ラヴ・トゥ・ケア』(LINN/東京エムプラス)/ 「知名定男さん、引退宣言はまだ早い」本郷 泉/ 特別寄稿:「From Russia with Jazz」フランソワ・キャリエール/ 新連載:「オスロに学ぶ」田中鮎美
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JapzItaly〜東日本大震災と福島原発事故による被災児童支援のための日伊ジャズ・エイド

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