追悼 浅川マキさんのこと

僕は、浅川マキさんについて深くは知らない。仕事で直接かかわったこともない。ただ、近藤等則tpのアルバムを制作することを決断させたのがマキさんの『CAT NAP』(東芝EMI)というレコードだったというかかわりに過ぎない。このレコードは、マキさんの多くのアルバムの中でも異色といわれるもので、近藤はほとんどの楽曲をマキさんと共作しているだけではなく(1曲のみ近藤の単独作)、プロデュースそのものを手掛けている。『CAT NAP』が発売されたときのことはよく覚えている。1982年の初秋のことだ。渋谷のオフィスから数分のところに開店した福島哲雄さんのジャズ・カフェ「メアリー・ジェーン」では近藤とよく顔を合わせていた。福島さんは僕と顔を合わせるたびに近藤のレコーディングの話を持ちかけてきた。「メアリー・ジェーン」では、近藤がNYのダウンタウン系のミュージシャンと録音したアルバムがよくかかっていた。ある日のこと、近藤が持込んだレコードを耳にしてその新鮮な響きに驚いた。それが、『CAT NAP』だった。とくに、今まで耳にしたことのない近藤のラッパに耳が吸い寄せられた。何とも艶やかで、なまめかしくさえある音でいつになくよく歌っていた。音楽は近藤がNYのダウンタウンで吸収してきた斬新な彼の地の空気を反映し、ヴォーカルのバックとしては過剰なほどに自己主張していた。ヴォーカルも楽器としてアンサンブルの中の一員として扱われているといったらよいだろうか。そのヴォーカルが浅川マキさんだった。そこでのヴォーカルとバンドの関係は、ブリジット・フォンテーンとアート・アンサンブル・オブ・シカゴの『ラジオのように』(Saravah/1969)を思い出させた。

このアルバムを聴いて半年後、僕らは鈴鹿の山の中のスタジオにいた。近藤等則tp、ロドニー・ドラマーb、セシル・モンローds、豊住芳三郎perc、それにゲスト参加の渡辺香津美g。近藤の日本のメジャー・デビュー作『チベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンド/空中浮遊』は、トリオレコードが渡辺のために設けたDOMOレーベルから発売された。エンジニアはのちにFUJIロックの立ち上げに参画し、東京JAZZのバックヤードを任された寺田正博(惜しくも昨2009年急逝)、東京のスタジオで化粧直しをしたのがスタジオから独立したばかりのオノ セイゲンである。この録音を通じて意気投合したわれわれは(近藤の生地・愛媛県今治市は僕の母親の生地でもあった)、近藤の仲間であったビル・ラズウェルbやサムルノリpercとのプロジェクトを共に手掛けることになる。

浅川マキさんの訃報が届いたのは不慮の死(2010年1月17日)の翌日であった。上に記したようにマキさんと僕の直接的な関係は無きに等しいのだが、その後も届けられるマキさんに関するさまざまなエピソードや接した報道をまとめて小文を記すことになったのは、大袈裟にいえばもの書きの使命のようなものである。

マキさんの新境地を開くことになった近藤等則プロデュースになる『CAT NAP』の録音は1982年の7月19、20、21日と記されているが、そのわずか数ヶ月前にふたりの音楽家同士の証しともいうべきもうひとつの共同作業が行なわれている。近藤が日本に初めて招聘したミシャ・メンゲルベルク& ICPオーケストラがそれである。彼らの(1982年)5月4日の公演は『ヤーパン、ヤーポン live』(Disk Union) としてアルバム化されているが、これらのプロジェクト遂行にあたってマキさんは経済的なサポートを惜しまなかったという。近藤の意気と意欲に大いに感じるものがあったのだろう。我が道を行く、というのは多かれ少なかれジャズ・ミュージシャンに共通した生き方だが、彼らふたりの場合は人並外れたものがあるといえよう。晩年に浅川マキにインタヴューを試みた音楽評論家の富澤一誠は夕刊フジに発表したエッセイで「時代に合わせて呼吸できる人は売れている人だけど、私の場合は時代に合わせて呼吸できないのね」というマキさんの言葉を伝えている。

夕刊フジのライバル紙である日刊ゲンダイのインタヴューに答えて山下洋輔pは、浅川マキほど歌詞とメロディーが見事なほど一体化していた歌手を知らない。一度彼女の世界にはまると他の歌手の歌を聞く気にならなくなるというファンも多い。もう彼女の長電話がかかってくることがないのは淋しい、と語っている。かかってくる電話には応じようとしなかった彼女だが、自らかけた電話は長かったようだ。どこまでもマイ・ペースで、それが許された数少ないアーチストだったのだ。

浅川マキは、昭和17年、石川県白山市の生まれ。高校卒業後勤務していた会社を辞め、上京、ミュージシャンを目指した。銀巴里で歌っていたところを劇作家で演出家でもあった寺山修司(1935-1983)に認められ、1969年、寺山の演出になる新宿「蠍座」での公演と、代表曲と目される「夜が明けたら」が安保世代の怒れる若者の圧倒的な支持を受け、「アングラの女王」と呼ばれるようになる。池袋の「ル・ビリエ」の大晦日公演が恒例となっていたが、10年程前からは新宿「ピットイン」にステージを移し6月と12月に定期的に公演が行われていた。1995年から十数年かけて浅川マキ全集ともいうべき集大成盤『ダークネス』4巻を完成させた。

ジャズ・ピアニストとしては今田勝が早くから共演相手を務めていたが、やがて渋谷毅と意気投合、終生の共演者となった。今田も渋谷も歌伴の名手として知られているが、昨2009年11月に開かれた渋谷毅の古希を祝うライブで浅川マキが最後に登場、渋谷とのデュオで歌った<マイ・マン>と渋谷のオリジナルが記憶に残る名唱で、会場に詰めかけた大勢のファンを痺れさせたという。名古屋の「ジャズ・イン・ラブリー」で最後の共演者となったのも渋谷毅だったが(ドラムスはセシル・モンロー)、浅川マキも本望だったに違いない。

浅川マキの最後については多くの報道で伝えられているとおりである。「ジャズ・イン・ラヴリー」には、昨年の1月以来1年振り、4度目の出演で、3日間の公演の2日間を満席のファンを前に好評裡にこなした。最終日3日目のステージに現れない浅川を気遣ったクラブの担当者がホテルに出掛け、異状を発見した。バスタブのお湯に顔を浸けたマキさんが発見されたのだが、死因は急性心不全で事件性はないという。故郷・石川県から公演に顔を見せていた親族の希望により現地で荼毘に付され、お骨となって親族と共に故郷に帰ったという。

秋篠宮殿下もマキさんのファンだったという情報も寄せられ、ネットにあたったところ、たしかに噂としての情報は掲載されていた。天皇陛下と美智子妃殿下のクラシック愛好家ぶりはよく知られているし、皇太子ご夫妻はキース・ジャレット・トリオのコンサートを楽しまれた。秋篠宮が浅川マキのファンであっても何の不思議もない。宮様は明確に自己主張される方だし、マキさんの歌唱はすぐれて個性的で、一度心を掴まれたら容易に離れられない強い説得力を持っていることは山下洋輔が指摘しているとおりである。。

梅一輪 咲いて冥土へ 旅立ちぬ

♪ 浅川マキお別れの会「こんな風に過ぎて行くのなら」

浅川マキがサヨナラを云う日
【日時】 2010年3月4日(木) 12:00pm 〜8:00pm
【会場】 新宿ピットイン
〒160-0022 東京都新宿区新宿 2-12-4 アコード新宿 B1
http://www.pit-inn.com/index_j.php

♪ 関連リンク(杉田誠一meets JAZZ):
http://www.jazztokyo.com/sugita-photo/vol43.html

稲岡邦弥

稲岡邦弥:1943年、兵庫県生まれ。早大政経学部卒。トリオ・ケンウッドのECMマネジャー経て、音楽プロデューサー。共著『ジャズCDの名盤』(文春新書)、著書『ECMの真実』(河出書房新社)。

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