及ちゃんがゆく コンサート、音響診断まで丸かじり


パット・メセニー (ギター&オーケストリオティクス)

写真:(C)2010三浦興一
提供:すみだトリフォニーホール

音響診断 及川公生(日本音響家協会名誉会長)

 音響の感動的な空間体験。PA(SR)の極限の技を尽くしたコンサートに身を置く至福の時間を過ごした感動は収まらない。
 コンサートホールにPAを持ち込む事が如何に難しいかは、再々述べたことだが、今回、残響の豊かさを克服できる!現場に居合わせることになった。
過度のリバーブ処理の音源に対しても、すっきりと抜けがよく、それが音楽の内容とホール残響と、そこには混濁が全くない。とくに低音域のすっきりとした自然消滅の音には感服。やれば出来るじゃないか!を実感したのだ。
種も仕掛けもあり、それをどの様に使いこなすか、ホール音響を知り尽くしたスタッフと、コンサートSRスタッフとの連携が実った瞬間に出会った。
パット・メセニーのソロから始まったコンサート。ステージ両サイドには本格的なスピーカーシステム。ホール天井からのクラスターも見受けられ、この情景で、如何にも!と思い、何時もながらと思う。
ステージを見回すと、ステージの両サイド内側に、細長く柱状のラインアレー・スピーカーの存在に気づく。

やはり、ただ者ではない仕掛けと思う。コンサートツアー定番のシステムか、トリフォニー・ホール独自の仕込みかは不明だが、これが、後々、コンサートを通して強力なサポートである事を検知する。
オーケストリオン。自動演奏の仕掛けから出る音は、アコースティックであったり、ピックアップであったり様々だが、演奏空間が、そこに存在する音の演出はさすがである。音楽空間が音響的に出来上がっているステージサウンドに浸り、酔いしれた自分がいる事に幸せを感じた。アコースティックは、そのモノの存在感と定位を生み、ピックアップも負けじと音の定位感を生む仕掛けを感じ取った。その定位の明瞭な存在感に、あのラインアレーの仕掛けがあるのではと推察。大音量時でも飽和のない音空間の包容力は、ホールが持つ特性だ。
過去にトリフォニー・ホールでの音響評で疑問を感じた事もあったが、今回は脱帽。コンサートホールでのPAとの絡みが難しい例を自ら経験し、多くの現場で見聞きしている場数から評価して、快挙と言って差し支えない。なお、音響空間の表現に付いて 今村健一氏がCD評JT#648で言及されている。つまり、CDの音場の再現と言えるのではないか。





演奏評:稲岡邦弥

 楽しいコンサート・イベントだった。皆も充分満足したのだろう。終演後もアンコール後もずっとスタンディング・オヴェーションが続いた。エチケットや外交辞令的な拍手ではなく、心からメセニーのミュージシャンシップを讃える拍手だったと思う。僕自身についていえば、このコンサートの中核をなすアルバム『オーケストリオン』(Nonesuch/ワーナーミュージック・ジャパン)に対するいささかの不満も吹き飛んでしまった(このアルバムの客観的な立ち位置に付いてはJazzTokyoに掲載された今村健一氏の適格なレヴュー#648を参照してもらいたい)。コンサートを聴いて(観て)以来、アルバムを耳にするたびに思わず笑みがこぼれてしまう。自分の思うままに動く巨大で精巧な玩具を手に入れたメセニーの得意げな顔が音楽にだぶってくるのだ。「手に入れた」といっても、完成品を他人から譲り受けたわけではなく、100年以上前に実在した自動演奏装置「オーケストリオン」(様々な楽器をひとつの箱の中に組み込み、紙テープにパンチされた孔を通して送り込まれた空気で楽器を作動させる。長野県東御市立梅野記念絵画館が所蔵する1台についてTV番組『何でも鑑定団』の専門家は800万円の評価を下し、補修して完全に復元されれば1,000万円は下らないとのお墨付きを与えた)を基本に自らの発想でアップデートし、それぞれの分野の専門家の叡智と技術を結集して何年もかけて完成させたシステムなのだ。メセニーの解説によれば、子供時代に熱中した祖父の所有する空圧式自動ピアノ(ロールピアノともいわれる)の記憶が、日本のホテルのラウンジで見かけたヤマハの自動演奏ピアノ(ディスクラヴィアの商品名で知られ、デジタル信号により制御される電磁式スイッチ=ソレノイドでハンマーを作動させる)でよみがえり、双方の技術を組み合わせるアイディアに思い至ったのだという。つまり、昔ながらの空圧(ニューマチック)技術と近来のソレノイド技術を使ってピアノやドラムセットなどのアコースティックな楽器を弾いたり、叩いたりするのだが、指令はメセニーのギターや足下に置かれたフット・スイッチからデジタル信号で送られ、そのすべてはコンピュータで制御されている、というわけだ。
 コンサートは、メセニーのギター・ソロから始まった。1曲ごとにギターを持ち替え、まず、アコースティック・ギターで往年の(ECM時代を中心とする)ヒット・メロディの数々を即興的に綴っていき、バリトン・ギターからピカソ・ギター(何本もネックのあるマニアックな形状のオリジナル・ギター)へ。この4曲はイマジナティヴであると同時にとても密度の濃い内容で、内声部の充実はメセニーの精神的深化を充分窺わせるものだった。聴衆の心をすっかりつかみ切ったところで、ホリゾントの前の壁を覆っていたクロスが取り払われると、聴衆の間から期せずして「ウオッー!」という驚きの声が上がった。ヴェールの中から現れたのは、3段に組み上げられた太鼓やシンバル、ギターなどの楽器の数々。コンパネの脇には上手側にピアノ、下手側にはマリンバとヴィブラフォンが。オーケストリオンではミニ・サイズだった楽器が、ここでは実物の楽器がそのままパーツとして使われているのだ。
 モンキー・シンバルが打ち出すリズムからスタートした本編はアルバム『オーケストリオン』収録の5曲(Set Listの#5 Expansion〜#9 Soul Search)すべてを再現、固唾を飲みながら聴き耳を立てていたわれわれを充分納得させ、強い感興さえ起こさせたのである。

 われわれはそこにいつものパット・メセニー・グループと聞き紛う音楽を聴いたのだが、それらのすべては1音1音がメセニーの意思を反映させたものであり、メセニー自身の演奏によって再現されたものであった。メセニーのギターと気持よくシンクロし、時にはチェイスを交わし、メセニーとシステムが一体となって演奏が展開されていったのだった。
途中で、メセニーの解説が加わったが、その中でメセニーは、日本は自分たちジャズを演奏するものにとってバックボーン的存在であり、日本の聴衆ほど自分たちの音楽を傾聴してくれる存在を知らない、と感慨深げに語ったのだった。
おそらく、「オーケストリオン」のようなプロジェクトに対して冷淡あるいは道楽に対するような面白半分な反応を示した都市もあったのではないだろうか。最先端のデジタル・テクノロジーを駆使すれば、パット・メセニー・グループを再現することはそれほど難しいことではないはずだ。それをメセニーはあえてアコーステッィク楽器で音を鳴らすことにこだわった。個々の楽器のダイナミクスやバンド全体のグルーブ感に不満がないといえば嘘になる。しかし、あれだけのスケールとレヴェルでプロジェクトが完成すればそれは「快挙」といえるはずである(事実、3時間にわたる演奏であれだけのシステムに一度もバリやバグがでなかったことは驚異的である)。メセニーなればこその知力と気力、それに資力を以てなし得た「快挙」。パット・メセニーというひとりの優れたミュージシャンの生きざまとロマンの成就のプレゼンテーションに立ち会えた興奮は大きかった。

Pat Metheny/Orchestrion Japan 2010/Set List
1.Improvisation #1 (Metheny)
2.Make Peace (Metheny)
3.The Sound of Water (Metheny)
4.Unity Village (Metheny)
5.Expansion (Metheny)
6.Spirit of the Air (Metheny)
7.Entry Point (Metheny)
8.Orchestrion (Metheny)
9.Soul Search (Metheny)
10.Improvisation #2 (Metheny)
11.Offramp (Metheny)
12.Antonia (Metheny)
13.Improvisation #3 (Metheny)
Encore:
1.Stranger in Town (Metheny/Mays)
2.Sueno con Mexico (Metheny)
3.Dream of the Return (Metheny)

♪ 資料用画像(終演後に稲岡撮影)
1〜6









及川公生:1936年、福岡県生まれ。FM東海(現・FM東京)を経てフリーの録音エンジニアに。ジャスをクラシックのDirect-to-2track録音を中心に、キース・ジャレットや菊地雅章、富樫雅彦、日野皓正、山下和仁などを手がける。2003年度日本音響家協会賞を受賞。現在、音響芸術専門学校講師。著書にCD-ROMブック「及川公生のサウンド・レシピ」(ユニコム)。

JAZZ TOKYO
WEB shoppingJT

FIVE by FIVE 注目の新譜

FIVE by FIVE900 FIVE by FIVE901 FIVE by FIVE902 FIVE by FIVE903 FIVE by FIVE904
FIVE by FIVE905 FIVE by FIVE906 FIVE by FIVE907 FIVE by FIVE908 FIVE by FIVE909
FIVE by FIVE910

NEW4.29 '12

FIVE by FIVE
#900『Samuel Blaser/in Motion』(kind of blue) 悠 雅彦/ #901『北浪良佳/Love Me Tender』(Airplane) 望月由美/ #902『ワルツの革命〜モーツァルト、ランナー&J.シュトラウス1世:ダンス、ワルツ&ポルカ集』(ソニー・クラシカル)大木正純/ #903『ウェス・モンゴメリー/エコーズ・オブ・インディアナ・アヴェニュー』(Resonance/キング・インター)高谷秀司/ #904『『Sara Serpa Quintet/Mobile』(inner circle music)伏谷 佳代/ #905『橋爪亮督グループ/アコースティック・フルード』(クタイルサウンド・レコーズ)多田雅範/ #906『Dan Tepfer/Goldberg Variations/Variations』(Sunnyside Communications) 悠 雅彦/ #907(アーカイヴ篇)『Andreas Schmidt/Hommage à Tristano』(Konnex)|『Pieces for a Husky Puzzle』(Jazzwerkstatt) 伏谷佳代/
#908(アーカイヴ篇) 『Irina Karamarkovic Band/Songs from Kosovo』(GLM Music) 岡島豊樹/
#909(アーカイヴ篇)『Lou Reed|Laurie Anderson|John Zorn/The Stone: Issue Three』(Tzadik) 杉田誠一/
#910『MIZUHO & タイガー大越/Dear DUKE』(House Of Jazz) 稲岡邦弥
COLUMN
今月の論点:悠々自適 Vol.49 「ライヴ音楽食べある記 VII」悠 雅彦/ JAZZ meets 杉田誠一Vol.82「Morry Burns」/ Reflection of Music Vol.21「高瀬アキ」横井一江/ 撮っておきの音楽家たち #40「ビセンテ・アミーゴ」林 喜代種 / 世界音楽紀行(ふみくら)Vol.30「ピンク・マティーニの甘美で艶やかな香り...」G2us高谷秀司/ タガララジオ26「Classic Tracks 140 - 153」Niseko-Rossy Pi-Pikoe/ 及川公生の聴きどころチェック #141『クレア・マーティン & ケニー・バロン/トゥー・マッチ・イン・ラヴ・トゥ・ケア』(LINN/東京エムプラス)/ 「知名定男さん、引退宣言はまだ早い」本郷 泉/ 特別寄稿:「From Russia with Jazz」フランソワ・キャリエール/ 新連載:「オスロに学ぶ」田中鮎美
INTERVIEW
#103「レオナルド・パブコヴィッチ」 (Moon June レコード主宰) 須藤伸義/
#104「ロベルト・マゾッティ」(フォトグラファー)稲岡邦弥
CONCERT/LIVE REPORT
#413「パウル・バドゥラ=スコダ/ピアノ・リサイタル」佐伯ふみ/ #414「原田英代連続演奏会 SERIES 作曲家の絆 Vol.1/ボロディン弦楽四重奏団&原田英代」佐伯ふみ/ #415「東京フィルハーモニー交響楽団/第68回東京オペラシティ定期シリーズ/広上淳一/黛敏郎4大傑作」伏谷佳代/ #416「プラハ・フィルハーモニア管弦楽団東京公演」丘山万里子/ #417「東京フィルハーモニー交響楽団第813回オーチャード定期演奏会/山田和樹/小山実稚恵」伏谷佳代/ #418「東京・春・音楽祭 ふたつの《四季》〜ヴィヴァルディ&ピアソラ」 佐伯ふみ/ #419「Jazz & Photo Talk 1961~2012」稲岡邦弥/ #420「坂田明 7 Days@Bitches Brew 白楽/第2夜 坂田明 vs 坂田学」稲岡邦弥
EVENT
JapzItaly〜東日本大震災と福島原発事故による被災児童支援のための日伊ジャズ・エイド

Copyright (C) 2004-2011 JAZZTOKYO.
ALL RIGHTS RESERVED.