音の見える風景

#26.“12th Street Jump”とミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーション
    ーカンザス・シティ・ジャズシーンの複雑な事情ー

1.ライブショウ “12 th Street Jump”

2010年5月1日よりカンザス・シティでは毎週土曜の深夜12時から新しいライブショウが始まり、地元FMラジオ局でリアルタイムに放送されている。番組のタイトルは“12th Street Jump”という。

このインフォメーションが4月中旬、UMKCのチャック・へディックスとシンガーのデヴィッド・バッセから同時に届き、大変驚いた。というのは、それまで約9ヶ月間、ミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーション(以下MMF)で同じ曜日、同じ時間帯に“12 O'clock Jump”というライブショウが行われ、FMラジオ局KCURでライブ放送されていたものが、MMF からダウンタウン12th Street にあるホテル・マリオット・ダウンタウンに移る、という内容のものだったからだ。

昨年5月、私はカンザス・シティを訪れた際、MMF の元ボードディレクター、ベッツィ・クロウ女史と一緒にランチをとりながらおしゃべりを楽しんだ。その際、彼女に『来年あなたがここに来たら7月から始まるMMF の深夜のライブショウに絶対に来なきゃ駄目よ!』と何度も念を押されたのだ。( 註:ベッツィのMMFに関する記事は以下を参照:http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v24/v24.html , MMFについては、このコラムの第2回目=2007年7月で取り上げたので参照して頂きたい。http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v02/v02.html )

“12 O'clock Jump”
はシアターリーグ(http://www.theaterleague.com/)のプレジデントでもあるプロデューサー、マーク・エデルマンによりプランされ、2009年7月からMMFで始まった。(註:それ以前もMMFではレイト・ナイト・ジャムセッションが毎週末、深夜0時から明け方まで行われており、ニューヨーク・タイムズ紙に取り上げられた事もある。)パール・マクドナルド、ピート・ウェバーが番組ホストを務める。ピアニストのジョー・カートライトはプレイしながら音楽ディレクターをも務める。シンガーのデヴィッド・バッセとネドラ・ディクソン、中堅ベース・プレイヤーのタイロン・クラーク、ドラム・プレイヤーのマイク・ウォレンが番組レギュラーメンバーとして加わる。ゲストを迎えて、毎週土曜日、深夜12時から始まる1時間のジャムセッション。私はインターネットで日本の毎週日曜の午後にこの番組を楽しんでいた。私にとっては、日本の裏側で友人達がわいわいジャムっている様子を毎週リアルタイムで聞けるのはこの上ない楽しみだ。
あいにく、私は昨年帰国後体調を崩し、今年は残念ながらカンザス・シティに行けなくなってしまった。が、この1年間、彼の地の友人達には何時でも何か面白い事があったら何でも良いから知らせてくれるように、と頼んでいた。
そして、今回のこのインフォメーションが寄せられた訳だ。この番組のプロデューサーであるマーク・エデルマンからプレスリリースも届いた。見出しは、”12th STREET JUMP―NEW NAME, NEW LOCATION WHEN PUBLIC RADIO’S JAZZ, BLUES & COMEDY JAM RETURNS MAY 1”

何故、このショウがMMF からホテル・マリオット・ダウンタウンに移ったのか?これには長〜い、複雑な事情があるようだ。
ベッツィからはこんなメールが来た。『たった今、インターネットで“Tony's Kansas City”っていういうブログを読んだのよ。(http://www. tonyskansascity.com/)嘘か本当か知らないけど、MMFはシアターリーグにお金を要求しているらしいわ。14人いたMMFのボードメンバーも4月に6人も変わっちゃってるのよ。)
そのブログによると、MMFは“12 O'clock
Jump”のプロデューサーにMMF使用料として1回のパフォーマンスにつき$2000要求した。しかしショウでは一銭も儲けておらず、支払いは不可能。マーク・エデルマンは場所を変える決意をした。マークはMMF について公に一言も非難していない、とあった。

今年2月、私の下にカンザス・シティの友人の一人から地元芸能紙 “The Pitch”が送られて来た。また、同じ内容について、インターネットのリンクも何人かが送って来てくれた。
そこにあった長い署名記事 “ミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーションにおいて人種差別と運営能力の欠如が火花を散らした権力闘争をあばく”を読んで私は唖然とした。
以前からMMF に限らず、18th&Vine 地区の様々な噂は耳にしていたが、これ程までのあの町の小さなコミュニティ内の混み入った事情は知らなかった。Pitch紙の一部をこのコラムの後半で紹介するが、文中、誰が何を言って何をした等々、お互いに誹謗中傷したやり取りが克明に書かれている。それをまたこの場に載せるのは、あまりに人間としてのレベルが問われる様な気がするので、その部分はカットした。おそらく、これもカンザス・シティ・ジャズシーンのひとつの現実なのだろうが。

そしてホテル・マリオット・ダウンタウンで新しくスタートした“12th Street Jump”。
“12th Street”というのは、1930~40年代カンザス・シティ・ジャズ華やかなりし頃、“レノ・クラブ”をはじめ多くのクラブやダンスホールがあった通りの一つである。“レノ・クラブ” は当時カンザス・シティでは最も人気があり、“クイーン・オブ・カンザス・シティ・クラブ(Queen Of KC Club)”、後に “ハウス・オブ・スイング(House Of Swing)”と呼ばれるようになった。チャーリー・パーカーやレスター・ヤング等多くのミュージシャン達が出入りした所である。現在レノ・クラブは存在せず、通りの様子もかなり変わっているが、この通りに建つホテル・マリオットはまさにカウント・ベイシーがピアノを弾き、ジョー・ターナーがブルースを唄った伝統を引き継ぐ場所なのである。
ショウの内容はMMF でやっていた“12 O'clock Jump”とほとんど同じスタイルである。毎週、ゲストを迎えジャズ・ジャイアント達をトリビュートする構成になっている。 第1回、5月1日はゲストにシンガー、アンジェラ・ハーゲンバック(http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v17/v17.html参照)を迎え、デューク・エリントンとヘンリー・マンシーニをトリビュートした。
番組のレギュラーメンバーも以前と変わりないが、私は個人的にはシンガーでドラム・プレイヤーのデヴィッド・バッセが魅力たっぷりの声で、このショウをヒートアップさせるのに大変貢献していると思う。新しい場所での第1回目の放送、という事もありエキサイトしていたのだろう。聴いている私もすぐにでもカンザス・シティへ跳んで行きたい気分になったものだ。
ホステスのパール・マクドナルドからは 前日に『新しい場所でのショウはとっても素敵よ!1940年代をちょっと想像してみて頂戴!心地いい椅子と小さな四角いテーブル、ダンスエリア、部屋のすみにはバー。私は40年代風のエレガントなドレスを着て、ちょっとその気分に浸るつもりよ!』というメールも来た。

今後の番組の予定で特に注目すべきは5月22/23日、スタン・ケスラーがマイルスに捧げる。5月29/30日、マット・オットーがオリバー・ネルソンに捧げる。6月19/20日、キム・パークがエリック・ドルフィに捧げる。などだろう。
勿論、演奏スタイルは1930〜40年代のカンザス・シティ・ジャズとは違い、現在進行形のカンザス・シティのミュージシャン達が演奏するジャズである。

オバマ政権誕生から約1年半が経つが、景気回復の見通しはまだまだ決して明るくない。そんな苦しい経済情勢の中でもカンザス・シティの人達が、何とかこの地のジャズの伝統を守り、盛り上げて行こうとしている様子がこのショウを通して窺えるのはとても嬉しい。

“12th Street Jump”
・プロデュース&プレゼンツ by シアター・リーグ。
・カンザス・シティ・マリオット・ダウンタウン(200 West & 12th Street   Kansas City, MO) ・ 毎週土曜:深夜11時30分。(放送は12時からー日本時間、日曜午後
2時。)
・アドミッション・フリー。
・ホィールチェア、ハンディキャップアシスト有り。
・駐車場有り。
・放送:カンザス・シティ・パブリック・ラジオ89.3(FM89.3KCUR)
http://www.kcur.org
PRX Public Radio Exchange でも聴く事が可能。http://www.prx.org/

日本のジャズ・ファンの皆さんも、インターネットで日曜の午後のひと時、カンザス・シティのライブショウをちょっと覗いてみては如何? (2010年5月20日記)

※12th Street Jump公式サイト
http://www.12thstreetjump.com

※Face Book 12th Street Jump ファンページ
http://www.facebook.com/pages/12-OClock-Jump/339473956655

※ミュージシャン関連サイト
http://www.citylightentertainment.com/ (デヴィッド・バッセ) 
http://joe-cartwright.com/(ジョー・カートライト)

※関連サイト
http://www.theaterleague.com/
http://www.marriott.com/hotels/travel/mcidt-kansas-city-marriott-downtown/

モノクロPhoto 1
レノ・クラブ、12th Street & Cherry, 1938
" The House Of Swing"の看板がみえる。
from Driggs collection "Kansas City Jazz by Frank Driggs & Chuck Haddix" Oxford University Press

モノクロPhoto 2
レノ・クラブ内、1937
左からPrince Albert(tp), Bill Searcy(piano) and others.
1935年からカウント・ベイシーは ここでプレイし始めた。
from Driggs collection "Kansas City Jazz by Frank Driggs & Chuck Haddix" Oxford University Press


“12th Street Jump" シンガー、ドラマーのデヴィッド・バッセ
(photo by Rhiannon Gilland , Theater League)


ピアニスト兼 番組音楽ディレクターの ジョー・カートライト (photo by Rhiannon Gilland)


ネドラ・ディクソン (シンガー)
(photo by Rhiannon Gilland)


パール・マクドナルド(番組ホスト兼シンガー)、 ピート・ウエバー(番組ホスト、俳優でもある)
(photo by Rhiannon Gilland)


タイロン・クラーク(ベースプレイヤー)
(photo by Rhiannon Gilland)


マイク・ウォレン(ドラマー)
(photo by Rhiannon Gilland )


アンジェラ・ハーゲンバック(右から2番目)と ショウのレギュラーメンバー達。
2010年5月1日(photo by George Hildebrand)


ダンス・フロアで踊る人達。2010年5月1日
(photo by George Hildebrand)


2.“ミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーションにおいて人種差別と
運営能力の欠如が火花を散らした権力闘争をあばく”      (The Pitch紙、2010年 2月号より) 


2010年2月、The Pitch紙 見開き4ページに及ぶMMFに関する記事が掲載されていた。

 ミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーション(以下MMF)がビートし続けてきたおかげで歴史的地区である18th&Vine 地区は人種差別の時代を通して賑わいを続け、カンザス・シティは世界のジャズの揺り籠となってきたが、今や18th&Vine 地区は保存と再開発に失敗している。
アメリカン・ジャズ・ミュージアムは最近の状況ではカンザス・シティ市当局から年間55万ドルの補助金が必要となっている。ニグロリーグ・ミュージアムは運営が分離されている(註:以前はアメリカン・ジャズ・ミュージアムの傘下にあった)。
この地区の主たる再開発組織は、この街区の顔であるストアフロントを形成したり、今にも壊れそうな古い住宅群を再生させる気がないようだ。

しかし、MMFは違う。元ブラック・ミュージシャンズ・ユニオンのホールはナイトクラブに変えたり、音楽を志す子供や学生達の教育プログラムを設けたり、演奏スペースや談話室にしている。週末の深夜1時から開かれるレイト・ナイト・ジャムセッションに至ってはミュージシャン達が熱狂的ジャズファンの前で、まるで1930年代に戻ったように羽目を外して演奏している。パーカッショニストのブラッド・ウィリアムスはここで演奏しているが『歴史色は濃厚だよ!』と言っている。
18th&Vine 地区のほとんどは活力が失せたり、作り変えられている。MMFの建物の正面扉上についている音符のネオンの暖かい光にさえもそれが感じられる。

2009年12月にMMFの100人余りのメンバー達は新しいボードディレクター(執行役員)を選んだ。選挙日までの数週間、改革派の一人であるシンガーが、古いボードディレクター達はMMFの伝統をおとしめてしまったと言い出した。ベッツィ・クロウを人種差別主義者だと決めつけてしまったのだ。

クロウは80歳。2度、御主人に先立たれている。彼女を支援する人達は、ベッツィ・クロウは偏見で見られていると言う。マイク・ホワイトは、『とんでもない!もし彼女が人種差別主義者だったらMMFのためにこれほどまでにお金と時間をかけたはずはない。』という。マイクは法律家であり、「カンザス・シティ・ジャズ・アンバサダー」のメンバーでもある。
コミュニティ活動家のロン・マクミランは、昨今の事件でベッツィ・クロウは心が張り裂けてしまったと言っている。彼はベッツィを “天の賜物”、“天使” と呼ぶ。ベッツイ・クロウは多少の間違いはおかしたかもしれないが、悪人として葬られたのには心底驚いた、とマクミランは言う。『私はベッツィがMMFのためにやって来た多くの事柄に敬意を表する。他の人達は何もしようとしなかったんだから。』
ベッツィ・クロウは元銀行の副頭取だった。前夫、フランが交通事故で亡くなった時、彼女は61歳。妹のエルザと寂しさを紛らわすためチャーリー・パーカー・メモリアル・ファウンデーションが運営するジャズクラブのいくつかに注目し始めた。そして1994年、ビル・コックスという退役した建設業者と結婚した。彼ら2人は毎週水曜の朝 (註:火曜の深夜)、MMFへ行き、エルマー・プライス,オリバー・トッド、ヘンリー・ホアード等の演奏を聴くのが楽しみだった。その後、クロウとコックスはMMFを援助し始めた。コックスはMMFの内装模様替えを手伝った。改装以前、バーの後ろのホールはカーペットが敷かれていたが根太は腐っていた。『しっかり見てあげなきゃ駄目だったのよ。』と、クロウはピッチ紙の電話インタビューに答えている。『私達はここが素晴らしい施設だから、とても良い状態に維持して行く事に興味があったのよ。』
改装だけにとどまらず、彼らはMMF の実務にも手を染めた。当時、そこは混乱の極みであった。コックスはMMFの多額の借金を清算し、新しい役員会を立ち上げるのに力を尽くした。2003年1月5日、コックスは頭の怪我が原因で亡くなった。(クリスマスの電球を外す作業で墜落した。)
MMFでの仕事は続けられた。UMKCのミラー・ニコラス・ライブラリー(http://library.umkc.edu/node)のスタッフはMMFが保存していた沢山の記録写真や文書を移動し始めた。行き当たりばったりにピンやテープでラウンジの壁に貼られていた写真等は年月を経るに従い紛失し始めていた。そして、盗難による紛失を減らすため、オリジナルのデジタルコピーを展示する事に決めた。

2004年1月21日,ボードディレクター達はヒストリック・ジャズ・ファウンデーション(Historic Jazz Foundation)とMMFを合体させた。クロウ・ピアソンとマミー・マヒューズ(元、郡の議員でブラック・エコノミック・ユニオンのトップ)達が501(C)(3)法に基づく慈善組織として立ち上げたものである。これは、MMFを温存し運営する目的を担っている。
ベッツィ・クロウいわく、組織を非営利目的団体にしたのは、MMFを寄付者から見て魅力的な対象にするためだった。MMFへの寄付をアメリカ国税庁は税額控除対象とは見なしていない。

2009年3月、アメリカ連邦議会の議員のエマニュエル・クリーバー2世(註:元カンザス・シティ市長、カンザス・シティにおけるジャズの振興に非常に熱心な人である)は、14万3千ドルをMMFの記録写真や音源保存をするために用意していると発表した。14万3千ドルはヒストリック・ジャズ・ファウンデーションを受取人とした。
ベッツィ・クロウを無理矢理取り込んだ新組織は、クリーバーが小切手を持って来た事で非常に陰が薄くなってしまった。マクミランがいうには、新しい方針でMMFを充実させようとしていた改革派達は、クリーバーがベッツィ・クロウに小切手を持って来たのを見てがっくり来てしまった。改革派達はベッツィ・クロウの首に縄をかけてしまった様なものだと、何人かはいう。
クリーバーの14万3千ドルに関する限り、連邦教育局の金である。ベッツィ・クロウは『ヒストリック・ジャズ・ファウンデーションは今のボードメンバー達(註:改革派達)には一文も出していない。』と答えている。
数ヶ月後、地方検事ポール・タンクレディは、さらにMMFの内規をもっと重要視しなければ駄目だ、2年ごとにボードディレクターを変える様にとアドバイスした。MMFの組織の構成も変えられた。(註:2009年12月、新しいボードディレクターの選挙が行われ、ベッツィ・クロウはボードディレクターから退いた)

新しいボードディレクター達はベッツィ・クロウの時代に始まったパートナーシップの再評価を始めた。その一つがシアター・リーグ(http://www.theaterleague.com/) のディレクターであるマーク・エデルマンに関してだ。2009年7月、シアター・リーグはMMFで“12 O'clock Jump”というライブショウを始め、ラジオ番組としてライブ放送も始めた。“プレイリー・ホーム・コンパニオン”(註:カントリー等フォークソング系音楽番組)のジャズ、ブルース版である。
新しくプレジデントに選出されたウィル・マヒューズ達はMMF をシアター・リーグが乗っ取っていると危惧した。ウィル・マヒューズはシアター・リーグは数百万ドルを持った存在だと言っている。エデルマンは“12 O'clock Jump”が金儲けのためにMMFが行っているとしたらとんでもない間違いだ、と言う。FM放送局、KCUR 89.3はこの番組を提供する唯一の局なのだ。シアター・リーグはその全費用をまかなっている、とピッチ紙に答えた。

MMFはユニークである。ミズーリ州の許可により午前6時まで酒を提供する事ができるナショナル・ヒストリック・ランドマーク(歴史遺産)である。1981年アメリカ・インテリア・デパートメントに指名された、カンザス・シティ内にあるたった2つのうちの1つのナショナル・ランドマークである。もう1つはリバティ・メモリアル(註:第一次世界大戦の戦没者慰霊碑)である。MMFのルーツはニグロ・ミュージシャンズ・アソシエーションに遡るが、これは音楽保護法627号(Musician's Protective Union Local #627)によって設立されたユニオン、ローカルNo. 627である。これはカラード・ミュージシャンズ・ユニオンとしても知られており、1928年,ハイランド・ビルディングを購入。パセオホールでは「12−バンド・イベント」(註:12 のバンドのバトル )を行い、ハイランドビルの2階にリハーサル室やその他付属施設を作るための収益を上げた(註:パセオホール=現在トルーマン通りのバプティスト教会、http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v06/v06.html 参照)。
MMFの伝統は2006年秋、法の強化のための視察が来た事で危機に直面した。カンザス、ミズーリ、両州の警察官がある夜遅くここを訪れ、観客の“寄付”の見返りにビールやアルコールがカウンターを通して渡されるのを見てしまったのである。リカー庁はこの行為を禁止してしまった。ジャズ・コミュニティー周辺からは悲鳴があがった。音楽を全然知らない熱心な支持者達でさえ、警察がMMFの中で見た事を黙殺する事も知らぬとは!と怒りをぶちまけた。
(註:2007年8月末、アルコールは再び解禁となった。)

ウィル・マヒューズ (註:現在カウント・ベイシー・オーケストラのギター・プレイヤーも務める)は言う。『ここは、ミュージシャン達がいつでもやって来て色々と試してみたり、技を磨く事ができる場所なんだ。他の所では決して味わう事ができないものを手に入れる事ができる所なんだよ。』 by David Martin, The Pich February 4-10・2010からの抜粋

※ミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーション公式サイト
http://www.thefoundationjamson.org/site/


ミュチュアル・ミュージシャンズ・ ファウンデーション、2009年5月


MMF内、1999年9月、まだ壁には ミュジーシャンのオリジナルの写真が 雑に貼られている。


MMF内、1999年、楽器やテーブルも 雑然と置かれていた。


MMF内、2007年、壁の写真はオリジナルのコピー。
1999年の写真と比較するときちんと 整理されて貼られているのが解る。


MMF内2階、2007年、客席が整理されている。
壁中央にあるのは若き日のジョー・ターナーの写真。


Musician's Protective
Union Local No.627の旗


マーク・エデルマン、シアターリーグ、 プレジデント兼”12th Street Jump" プロデューサー


元、MMFボードディレクター、ベッツィ・クロウと筆者


望月由美

竹村 洋子:美術学校卒業後、マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、 カンザスシティ中心にアメリカのローカルジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。

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追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
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#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

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Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
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CONCERT/LIVE REPORT
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#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
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