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1.生前のアーマド・アラディーンとNaked Lady horn |
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“カンザス・シティの人と音楽”も今回で30回目になる。
第1回目は約4年前、2007年3月。カンザス・シティの重鎮、アーマド・アラディーンを紹介した。私にとっては彼と彼の奥さん兼マネージャーのファニー・ダンフィーはカンザス・シティで初めて知りあったミュージシャンであり、他の友人達とはまた少し違う意味合いを持った特別な存在である。
アーマド・アラディーン(1934年7月24日生)は昨年、2010年8月15日、闘病生活の後、惜しくも逝去した。76才だった。2009年5月に会って以来、私も体調を崩し、昨年はカンザス・シティに行けなかったので、あの時あんなに元気で演奏をし、BBQを作ってくれたのに...、と残念でならない。
アラディーンはカンザス・シティ・ジャズの第2世代のミュージシャンである。彼の死により、カンザス・シティのジャズシーンも今後大きく変わって行く事は間違いない。だが、彼のスピリッツは、ボビー・ワトソン、ローガン・ロチャードソン、デニス・ウィンスレット等のサックスプレイヤーだけでなく多くのミュージシャンへ引き継がれて行くだろう。
アラディーンが亡くなり、3〜4ヶ月程たった頃だろうか?ファニーから1通のメールと数枚のアルトサックスの写真が届いた。『アラディーン自身の遺言により、彼が生前使ったサックスを売りたい。』という内容だった。
以下ファニーの手紙を紹介する。このアルトサックス、何とあのチャーリー・パーカーが使った楽器、Naked Ladyであるという興味深い話である。ファニーはこのアルトサックスの持つ意味を本当に理解してくれる人に持っていて欲しい、と言っている。また、プロフェッショナル・ユースではなく、ヴィンテージ・コレクションの域に入る物だろうとも言っている。夢を買う様な話かもしれないが、私個人は夢は夢でこんな話もある、と思っている。
もしこのサックスに興味を持たれ方が、このJTの読者の中にいらしたらhttp://Alaadeen.comへご一報ただきたい。ファニーはアラディーンを亡くした後、まだまだ深い悲しみの中にいる。連絡は冷やかしの内容でないこと、ジャズ・ファン、関係者の良識を信ずる次第である。
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♪ ファニーからの手紙 : アルトサックスの由来と歴史
このヴィンテージ・アルトサキソフォーン(C.G. Conn Ltd. Model 6M Naked Lady #M265110. circa - 1935) をチャーリー・パーカーがよく使っていた事はミュージシャンの間では知られています。
私が今ここでご紹介するサックスは、私の夫であったアーマド・アラディーンが使っていたもので、それはあの伝説的サックス奏者、チャーリー・パーカーが演奏した事に由来しています。大変興味深いお話をさせて頂きます。
アラディーンは1934年7月24日カンザス・シティで生まれました。彼は小学校の6年生の時にサックスを初めてプレイし始め、カンザス・シティ・ジャズの第2世代のミュージシャンになります。
生前彼は、ニューヨーク、シカゴ、セントルイス、カンザス・シティ、そしてサン・アントニオに移り住みました。ミュージシャンとしては、ジェイ・マクシャン、マイルス・デイヴィス、エラ・フィッツジェラルド、スタン・ケントン、レスター・ボウイー、グラディス・ナイト、デラ・リース、サム・クック、スモーキー・ロビンソン、ビリー・ホリデイ、デューク・エリントン、クロウド・フィドラー・ウィリアムス、レスター・ウィリー・ジョン、ザ・トゥナイト・ショウ・バンド、カウント・ベイシー・オーケストラ等、数えきれない程多くのミュージシャン達と共演しました。
1948年から1952年に彼は、R.T. コールズ・ヴォケイショナル・ハイスクールでレオ・デイヴィス(R.T. Coles Vocational High School ,Leo H. Davis)という先生に音楽の手ほどきを受けました。この先生は非常に尊敬され、チャーリー・パーカーも指導したとも言われています。
アラディーンは14才の時、マイルス・デイヴィスのコンサートでe-フラット・ホーンを使ってデビューしました。その時アラディーンはかの偉大なピアニスト、バンドリーダーのジェイ・マクシャン・バンドでバリトンサックスを吹いていました。彼はその後、カンザス・シティを離れますが、後にカンザス・シティへ戻って来てからはジェイ・マクシャンと一緒にジェイが亡くなる2006年までテナーサックス・プレイヤーとして演奏活動を続けました。私自身もジェイ・マクシャンには多大な尊敬の念を抱いております。
1970年代から80年代にかけて、アラディーンはチャーリー・パーカー・メモリアル・ファウンデーションのスタッフとなりました。
(http://www.corporationwiki.com/Missouri/Kansas-City/the-charlie-parker-memorial-foundation-inc-3290563.aspx)
彼は音楽教育のカリキュラムを作り、創作、教育、演奏活動を行いました。1980年代にファウンデーションは経済的に非常に厳しい状況に追い込まれました。アラディーンは多くの働きをしたにも関わらず1セントたりとも報酬を受け取る事ができませんでした。その代わりに、このファウンデーションの設立者エディ・バーカーはこのアルトサックスをアラディーンに贈与したのです。実際にはお金では買う事の出来ない程、貴重なサックスである事は疑う余地もありません。このサックスは亡きジョン・ジャクソンの物でした。ジョン・ジャクソンの未亡人は私の亡夫アラディーンに、チャーリー・パーカーが非常に頻繁にジョン・ジャクソンからアルトサックスを借りていた事を話しています。私の亡夫は彼女とチャーリー・パーカーが非常に親交が深かった事を疑いません。
添付した写真#4を見て下さい。サックスのネックの下についているオクターブ・キーとマイクロチューニング・ディヴァイスを見れば、パーカーの写真のサックスとアラディーンの吹いているサックスが同一のConn6M Naked Lady saxophoneである事は明らかです。
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添付写真#6を見て下さい。
ジョン・ジャクソンはジェイ・マクシャン・バンドで演奏しており、彼の横 (向かって左)にはチャーリー・パーカーがいます。写真の中でジョン・ジャクソンの持つサックスが今回ご紹介するアルトサックスそのものなのです。
1940年代、ジェイ・マクシャンは主としてカンザス・シティでブルースとビバップ・ジャズの先端にいた人です。ジェイは、彼自身のバンドをまとめあげ、多くのミュージシャン達に多大な影響を与えました。もちろん、それはチャーリー・パーカーやジョン・ジャクソンに対してもです。この2人はバンドの中ではソリストとして常にライバルでした。そして彼らの演奏は後に“カンザス・シティ・ジャズ”として確立されていったのです。
私の亡夫アラディーンは、勿論カンザス・シティでチャーリー・パーカーと面識がありました。チャーリー・パーカーは多くのミュージシャンから楽器を借りて質に入れていた事は有名な話ですが、カンザス・シティに於いても同じ事をしていた事実は、この街でも皆に良く知られています。ロス・ラッセルによるチャーリー・パーカーの伝記 『バード生きている』 にもその事は記されています。特に写真#5(赤いラインの中)の写真はカンザス・シティで撮られた事が記されています。
チャーリー・パーカーは8604イースト、トルーマン・ロードのリンカーン・セメタリーに埋葬されています。30年以上にわたり、アラディーンはこのサックスを、毎年催される 「チャーリー・パーカー・バースデイ・セレブレーション」で吹き続けました。カンザス・シティの多くのサックス奏者達と一緒にお墓の前で<Now’s The Time>を演奏し、チャーリー・パーカーをトリビュートするのです。このイベントにはチャーリー・パーカーの親族達も参列しています。2004年からアラディーンはこのサックス・サリュートのリーダーを務めました。UMKC で教鞭をとっている世界的にも有名なボビー・ワトソンも、このサックスを、自身のインスピレーションを得るためによくプレイしたものです。
このアルトサックスは完璧な状態で、パッドの交換以外は何も改造されておらず、ラッカーもオリジナルのままです。
長いお話につき合って下さって有り難うございます。
心を込めて、
2011年1月 ヴィクトリア(ファニー)ダンフィー
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*ジョン・ジャクソン(John Jackson)について
残念ながら、ジョン・ジャクソンについての詳しい情報は現在ほとんど残っていない。確かなのは1940~42年、ジェイ・マクシャン・バンドの花形アルトサックス・プレイヤーでチャーリー・パーカーと人気を競い合っていた。
Deccaでリリースされた『Kansas City Jazz Bounce 1940』に彼のジェイ・マクシャン・バンドでの演奏が残されている。1970年代の中頃に亡くなっている。
http://www.answers.com/topic/1940-1949-kansas-city-bounce
竹村 洋子:美術学校卒業後、マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、 カンザスシティ中心にアメリカのローカルジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。
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#900『Samuel Blaser/in Motion』(kind of blue) 悠 雅彦/
#901『北浪良佳/Love Me Tender』(Airplane) 望月由美/
#902『ワルツの革命〜モーツァルト、ランナー&J.シュトラウス1世:ダンス、ワルツ&ポルカ集』(ソニー・クラシカル)大木正純/
#903『ウェス・モンゴメリー/エコーズ・オブ・インディアナ・アヴェニュー』(Resonance/キング・インター)高谷秀司/
#904『『Sara Serpa Quintet/Mobile』(inner circle music)伏谷 佳代/
#905『橋爪亮督グループ/アコースティック・フルード』(クタイルサウンド・レコーズ)多田雅範/
#906『Dan Tepfer/Goldberg Variations/Variations』(Sunnyside Communications) 悠 雅彦/
#907(アーカイヴ篇)『Andreas Schmidt/Hommage à Tristano』(Konnex)|『Pieces for a Husky Puzzle』(Jazzwerkstatt) 伏谷佳代/
#908(アーカイヴ篇)
『Irina Karamarkovic Band/Songs from Kosovo』(GLM Music) 岡島豊樹/
#909(アーカイヴ篇)『Lou Reed|Laurie Anderson|John Zorn/The Stone: Issue Three』(Tzadik) 杉田誠一/
#910『MIZUHO & タイガー大越/Dear DUKE』(House Of Jazz) 稲岡邦弥
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今月の論点:悠々自適 Vol.49 「ライヴ音楽食べある記 VII」悠 雅彦/
JAZZ meets 杉田誠一Vol.82「Morry Burns」/
Reflection of Music Vol.21「高瀬アキ」横井一江/
撮っておきの音楽家たち #40「ビセンテ・アミーゴ」林 喜代種 /
世界音楽紀行(ふみくら)Vol.30「ピンク・マティーニの甘美で艶やかな香り...」G2us高谷秀司/
タガララジオ26「Classic Tracks 140 - 153」Niseko-Rossy Pi-Pikoe/
及川公生の聴きどころチェック #141『クレア・マーティン & ケニー・バロン/トゥー・マッチ・イン・ラヴ・トゥ・ケア』(LINN/東京エムプラス)/
「知名定男さん、引退宣言はまだ早い」本郷 泉/
特別寄稿:「From Russia with Jazz」フランソワ・キャリエール/
新連載:「オスロに学ぶ」田中鮎美
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#103「レオナルド・パブコヴィッチ」 (Moon June レコード主宰) 須藤伸義/
#104「ロベルト・マゾッティ」(フォトグラファー)稲岡邦弥
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#413「パウル・バドゥラ=スコダ/ピアノ・リサイタル」佐伯ふみ/
#414「原田英代連続演奏会 SERIES 作曲家の絆 Vol.1/ボロディン弦楽四重奏団&原田英代」佐伯ふみ/
#415「東京フィルハーモニー交響楽団/第68回東京オペラシティ定期シリーズ/広上淳一/黛敏郎4大傑作」伏谷佳代/
#416「プラハ・フィルハーモニア管弦楽団東京公演」丘山万里子/
#417「東京フィルハーモニー交響楽団第813回オーチャード定期演奏会/山田和樹/小山実稚恵」伏谷佳代/
#418「東京・春・音楽祭 ふたつの《四季》〜ヴィヴァルディ&ピアソラ」
佐伯ふみ/
#419「Jazz & Photo Talk 1961~2012」稲岡邦弥/
#420「坂田明 7 Days@Bitches Brew 白楽/第2夜 坂田明 vs 坂田学」稲岡邦弥
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JapzItaly〜東日本大震災と福島原発事故による被災児童支援のための日伊ジャズ・エイド
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