カンザス・シティの人と音楽

#31.カンザス・シティから世界に羽ばたいたピアニスト〜ハロルド・オニール


1.カンザス・シティから世界に羽ばたいたピアニスト  竹村洋子

 ここ数年、若手のジャズ・ピアニストの台頭が目立つ。このカンザス・シティ出身のハロルド・オニールもその一人だろう。彼は30才になり、そろそろ中堅の仲間入りという頃かもしれないが、この数年の活躍は目を見張るものがある。

 1981年、アフリカ、タンザニア生まれ。2才の時にアメリカ、カンザス・シティに移住し、18才で、ボストンへ単身、音楽の勉強のため移る。バークリー音楽院でジャズ・ピアノ・パフォーマンスとセオリーを学び、その後、マンハッタン音楽院でケニー・バロンを師に学ぶ。ニューヨークではエルヴィン・ジョーンズ、ケニー・ギャレット、ニコラス・ペイトン、ジェフ・ワッツ、ロイ・ハーグロヴ、ウィントン・マルサリス、クラーク・テリー等錚々たる顔ぶれと若くして共演し、彼の名前をジャズ・シーンに知らしめている。
2006年にはセロニアス・モンク・コンペティションでセミ・ファイナルに残る。
2007年に初の自己のソロCD『チャーリーズ・スイーツ』をリリース。
ニューヨークとカンザス・シティを行き来しているが、現在はニューヨークを拠点に演奏活動、作曲、アレンジ等の活動を行う。
時にボビー・ワトソンのグループのメンバーの一員として、アメリカのみならず世界中のツアーに参加。また、ビル・コスビー・ショウの音楽を手がけたり、ヒップホップや日本のアニメが大好き。また俳優、空手インストラクターとしての顔も持つユニークな青年である。
カンザス・シティ在住の頃はこのコラムでも何度も取り上げたサックスプレイヤーのアーマド・アラディーン(2010年逝去)の秘蔵っ子だった。またボビー・ワトソンにも大変にかわいがられており、彼との共演は既に10年以上になる。

 私がハロルドに出会ったのは2005年、カンザス・シティだった。その時はワサワサしたクラブで、ショウそのものを楽しんだ記憶はほとんどないが、非常に繊細でメロディアスなプレイをする若い真面目なピアニストがいる、という強い印象を受けた。カンザス・シティにも若手の優秀なピアニストは数多くいるが、その中でも特に印象的だった。その後、ハロルドはアーマド・アラディーンやボビー・ワトソンのCDに参加しており、どのCDに於いても常に彼独特の美しい演奏に接して、陰ながら応援していた。これらのCDに於ける彼のプレイについてはこのコラムのCDレビューを担当の関口登人氏が何度か触れている。

 昨年(2011年)10月に、ハロルドは 『マーベラス・ファンタジー(Marvelous Fantasy )』というソロCDをリリースした。そのニュースを聞いたとき、“あのハロルドがまたソロCD!?”と、すぐ取り寄せて聴いた。”素晴らしく美しく心地良い音楽” だった。

 カンザス・シティの誰に聞いても”ハロルドは真面目で優秀な青年。”という答えが返って来る。
今回のこのコラムを書くにあたり、ボビー・ワトソンが以下の様なコメントを寄せてくれた。
”ハロルドは非常に才能豊かな人だよ。彼は音楽に加えて多くのスキルを持っており、すべてのスキルは彼の音楽に繋がっているんだ。ハロルドの音楽は彼自身のもので、どのカテゴリーにも当てはめる事はできない。私にとっては彼の音楽はジャズというカテゴリーに入る。でもそれは ”彼自身の音楽” である事が最優先なんだ。
誰の音楽に関しても言える事なんだけど、影響を受けた偉大なジャズ・ミュージシャンを目指し努力している私達にとっては、真にその偉大なジャズ・ミュージシャンの音楽が唯一、無二のものなんだよ。結局、僕はボビー・ワトソンを演奏し、ハロルドはハロルド・オニールを演奏する。それは私達が常に聴き、学んでいる音楽の極みなんだよ。これまでハロルドが多くの人達に言われて来た様に、僕もハロルドの将来が非常に明るいものであるという事を信じているよ。”

ハロルド・オニール。カンザス・シティから見事に羽ばたいたピアニスト。今後が多いに楽しみであり見守っていきたい。

以下、このCDが発売されてからのハロルドとのやり取りをインタビュー形式にまとめたものと、関口登人氏によるCDレビューである。



2. ハロルド・オニール インタビュー  竹村洋子

Q:1981年3月27日、アフリカ、タンザニアの生まれ。その後カンザス・シティに移住してきましたね。

その通りです。2歳の時にカンザス・シティに移りました。父はカンザス・シティで生まれ育ったので、当時、ファミリーのほとんどはカンザス・シティにいました。

Q:どの位カンザス・シティに住んでいたのですか?また、音楽的な環境に育ったのですか?初めて音楽に興味を持ったのは?

18才までカンザスで育ちました。
僕の曾祖父は1920年代のサイレント映画のピアノ弾きでした。僕が生まれる前に亡くなったので話しか聞いていません。 彼の名前はハロルドでした。僕は かなり小さな頃からテレビや映画のBGM等に興味を持ち、影響を受けました。

Q:最初に演奏した楽器は?いつ頃ピアノを弾き始めたのですか?

最初に手にしたのはトロンボーンで10歳でした。それから14才の時にはフルートを演奏していました。ピアノを弾き始めたのは14才の半ば位からです。

Q:カンザス・シティでは、どういった教育を受けましたか?また、どんなミュージシャン達と演奏していましたか?

パセオ・ハイスクール(パセオ・アカデミー・オブ・ファイン&パフォーミング・アート)で音楽を学びました。同窓生にローガン・リチャードソン(サックス)、セス・リー(ベース)、ジャスティン・フリーランドーソコル(ドラム)等がいて、彼らとカルテットで演奏していました。当時、アーマド・アラディーンが学校に教えに来ていました。彼は僕に大変大きな影響を与えました。

Q: 1998にボストンへ移り、その後ニューヨークへ移りましたね。学校では何を学びましたか?

実際に学校ではあまり勉強はしませんでした。ほとんどの時間、仲間達と演奏していました。ケニー・バロンからはジャズのソロ・ピアノ演奏の基礎を学びました。

Q:ニューヨークでは数多くビッグネームのジャズ・ミュージシャン達と共演していますが、何か印象的な事や想い出はありましたか?

エルヴィン・ジョーンズにはマンハッタン音楽院在学中に出会い、それから彼が亡くなるまで度々連絡を取り合う機会がありました。
ケニー・ギャレットは、彼の家で度々一緒に演奏しました。一緒に仕事をした事はありませんが良い友達です。
ジェフ・ワッツは2004年に僕のショウで演奏しました。その時のバンドはグレッグ・オスビー、タイン・ワッツとマット・ブリュワーがメンバーでした。
ニコラス・ペイトンとは2003年にグレッグ・オスビーのバンドで録音した『セント・ルイス・シューズ』というアルバムで共演して以来の仲です。
ウィントン・マルサリスは僕にどんなスタイルの演奏でも出来る様に後押ししてくれました。僕達は彼の家でディナーの後チェスをし、一緒に演奏しました。彼は僕にスライド・ピアノかクラシック音楽を弾く様に頼んできたので、僕はあんまり得意じゃないから、と彼に断ったのですが、それでも弾かされました。
アンドリュー・ヒルは僕の古い恩師の一人で、彼が亡くなる前に親しくなるチャンスがありました。一度も一緒に演奏はした事はありませんが、彼からは音楽に関して膨大な量の事を学びました。
ボビー・ワトソンは僕の音楽の道を切り開いてくれました。

Q: 2000年からボビー・ワトソンと一緒に演奏活動を始めていますね。その時一緒に演奏したバンドのメンバーは誰でしたか?またどの位の期間一緒に活動していたのですか?

ボビー・ワトソンとは僕が20才の時に一緒に演奏を始めました。それが僕のプロとしての最初の仕事でした。僕達はイスラエルのアスペン・ジャズ・フェスティバルでも演奏しました。その時のバンドはボビー・ワトソン(サックス)、エジエット・エジエット(ベース)、ヴィクター・ルイス(ドラム)と僕のピアノで構成されていました。僕はボビー・ワトソンと一緒に世界中の多くの国をもう10年以上回っているんだ!ボビーはいつも僕を誉めてくれます!

Q:2005年にカンザス・シティに戻ったのはどうしてですか?カンザス・シティで何か計画があったのですか?

あの頃、ニューヨークとは違った平和な時間が欲しかったのです。僕はカンザス・シティに行き、武道に深く傾倒していきました。同時に僕の本当に好きなアーマド・アラディーンと一緒に演奏活動を始めました。

Q:カンザス・シティのミュージシャンで好きな人をあげて下さい。

ボビー・ワトソンとアーマド・アラディーンです。僕はこの2人から本当に多くの事を学びました。

Q:あなたにとってカンザス・シティはどんな所ですか?

カンザス・シティは僕にとって常に”ホーム”です。家族がいて、友達がいて、そして愛する物があります。

Q:2008年にニューヨークに戻り、ボビー・ワトソンのCD 『フロム・ザ・ハート(From The Heart)』に参加しましたね。その時改めてニューヨークに戻って良かったと思いましたか?

ニューヨークに戻ったのは、それまでとは違ったアーティストから新しいイベントの要望があったからです。ボビー・ワトソンとテレンス・ブランチャードが僕にニューヨークに戻る様に薦めてくれました。この時ニューヨークに戻った事は、僕にとってプロダクティブな選択になりました。ニューヨークは僕にさらに多くの人生経験を与えてくれました。

Q:2010年に『ホワーリング・マンティス(Whirling Mantis)』 、そして2011年に『マーベラス・ファンタジー』と立て続けにアルバムを発表しましたね。 この2枚は全くスタイルが違いますね。明らかに2枚ともあなたのアルバムであり、あなたの演奏にはいつもあなた自身のメロディーがあり、唄い続けている様な気がしますが。

僕のこの2枚のアルバムは全く違います。でも僕はこの2枚のアルバムを日本を始め、世界中の人達が聴いてくれる事をとても嬉しく思います。僕は、誰もがどんなスタイルであるか全く気にしない様なアルバムを作りたかったのです。

Q:音楽的には誰に影響を受けましたか?

ジャズではケニー・カークランドです。彼は僕に膨大なインスピレーションを与えてくれます。クラシックでは絶対にショパンとラベル!と言いたいです。

Q,あなたは空手のインストラクターでもありますね。空手といえば日本の武道の一つでもありますが、日本の文化についてどんな興味がありますか?

日本の文化については古いもの、新しいものすべて好きです!特に寿司とアニメが好きです。僕の大好きなシリーズはドラゴン・ボールZです。この曲は、今取り組んでいる新しいアルバムでフィーチャーしています。

Q:日本のジャズファン、音楽ファンに何かメッセージがあったら聞かせて下さい。

まず、僕の音楽を聴いてくれて有り難う!と言いたいです。いつか日本を是非訪れたいです。ミュージシャンにとっては、決して諦めないこと、そして寛容である事と理解する事は必要です。

Q:空手に話を戻します。空手があなたの音楽に影響を与える事は?

空手は僕の人生に多くのインパクトをいろんな意味で与えてくれました。僕は何か自分が目指したもの、特にそれがアートフォームであるならば、それはさらに何か自分の奥深い所にあるひらめきの様なものである気がします。人生はスリル溢れる劇的な経験だと思います。
僕は護身術を身につけたかったのです。僕が空手を始めた頃、超クール!と思っていたからです。7才から空手を始めましたが、最初はそう真剣ではありませんでした。本格的にやり始めたのは14歳の時ハイスクール時代です。友人のお父さんから習いはじめました。日本人の先生から直接指導を受けた事はありませんが学校はマサヨシ・ミトセ(ハワイ生まれ日本育ちの沖縄空手の達人)の門下です。

Q:もしミュージシャンでなければ何をやっていたと思いますか?

たぶん、もっと武道(空手)をやっていたでしょう。それからブレイクダンスです。

Q:ミュージシャンとして近い将来、具体的なプランはありますか?また将来の夢があったら聞かせて下さい。

ここ最近、カルテットでダモン・ダッシュ・ブルロック・レーベルでリリースされるアルバムに取り組んでいます。昨年秋に(2011年)『ヒップホップ&ラブ・ツアー』というタイトルのツアーを60日間行いました。ヒップホップ系のミュージシャン、マース&タビ・ボネイ、スキー・ビーツ、マッケンジー・エディ、シーン・オコンネル、ヘアー・ダッシュ達とのコラボレーションです。ヒップホップの歴史を作って来た人達と一緒に仕事ができてとても嬉しいです。
僕は音楽を創り続け、もっと世界の事を学び続けたいです。たとえ今までの僕の演奏キャリアがほんの少しであっても、音楽を楽しむ人達をエキサイトさせて行きたいです!

Q:最後に、あなたがミュージシャンである事に最も大切な事は?

友人、家族、そして愛する人が僕にとって最高の宝です!


インタビューvia email : 竹村洋子 2012年1月
写真提供 Harold O’Neal 事務所 

*ハロルド・オニール公式ウェブ・サイト
http://www.haroldoneal.com/

*関連リンク
http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v01/v01.html
http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v18/v18.html

『ヒップホップ&ラブ・ツアー』
http://www.youtube.com/watch?v=ZvIRDHgJ6k8



3.ハロルド・オニールを聴く「ン? カラテ? で、ピアノ??」  関口登人

好奇心旺盛で意欲的なピアニストの作品の紹介である。武道家それもカラテのインストラクターでピアニストだ。やわなピアニストが聞いたらクリビッテンギョー(編集部註:バンドマン風言い回しで“びっくり仰天”)な取合せだろう。おもわずジャケットの写真を拡大鏡で精査したが特別ごつい手をしているわけではないことが確認できた。そういえばレッド・ガーランドだってボクサーあがりながらリリカルなピアノを披露していたのだから殊更騒ぐほどのことではないのかもしれない。また、ハロルド・オニールはクラシックの訓練も積んでいて、ことあるごとにショパンやラヴェル、ドビュッシーなど印象派、エリック・サティなどに触れている。かと思えば,竹村さんのインタビューにもあるとおり、ブレイクダンスやヒップホップ系ミュージシャンとの共演にも進んで取り組んでいるという。さらにさらに、今後ケーブルテレビのドラマにもアクターとして出演するという。なんという...。
この異色の(もちろん本人は異色なんて露ほどにも思っていないだろう)ピアニストのアルバム2作品に触れてみよう。



『WHIRLING MANTIS』
Smalls Records(2010)

Harold O’Neal(p)/Joe Sanders(b)/Rodney Green(ds)/Jaleel Shaw(as)

1. Ain't G
2. Oesap's Travels
3. Bus Top
4. (A Wish) Song For
5. Motion M
6. Whirling Mantis
7. Pianistic Jazz
8. Neptune Dream
9. (A Rider) Whisper
10. The I.P.

2008年10月のレコーディングでタイトルがクルクル回るカマキリとくるとやはりカラテの構えを連想してしまうが、ご愛嬌程度に受け止めておいたほうがいい。演奏内容は至極まっとうなジャズだから。

全10曲彼のオリジナルで構成、C,Eがトリオ、ほか8曲にアルトの新人、ジャリール・ショウが加わってコルトレーン・スクールを彷彿させるプレイを披瀝する。@の(トレーンの<ジャイアント・ステップス>のような)出だしで幕を開けるが、曲順は交互に緩急をつけた配列になっていて聴きやすく、またどの曲もフォーマットはオーソドックスなのでスムースにプレイを堪能できる。彼のピアノはクラシックの素養もあって音域を広くとり、シャープでクリアだが抑制されていて、弾き過ぎることなく明快なメロディーラインを繰り出していて心地よい。まだ若く誰それ風というのもないことはないがそれを補ってあまりあるスケールの大きいピアニスティックなオリジナリティーが垣間見えてくる。特に低音部の使い方が力強く、ふッ、とブルーノート時代のH.シルバーを思い出したがそれよりはるかにセンシティヴでまた音も濁りなく粒立っているので小さなオーケストラのような拡がり効果を出すことに成功している。

影響も受けたに違いない親交のあったミュージシャンたちを見ると、カンザス、NYなどでの共演、交流を通じて彼が今も貪欲に何かを吸収し続けているのは間違いない。彼は「どんなスタイルであるか全く気にならないようなアルバムを作りたい」と言っているが、無個性ということではないだろう。吸収と研鑽の上に洗練を見るか、混沌を積みあげるだけなのか、あるいはすべてをそぎ落とした後にこそ残る個性を採るのか解らないが、当分目が離せない存在であることは間違いないだろう。



『Marvelous Fantasy』
(Small Records/2011)

Harold O’Neal(p-solo)

1. Atanos
2. Miya
3. Foi Feito de Vera
4. Trieste
5. Marvelous Fantasy (Roughenstein)
6. The Lovers
7. Mr. Piccolo
8. Dance from the Night in Gales
9. Little Ones

*http://www.studio360.org/2011/dec/02/harold-oneal/

このソロ・アルバムのライナーノートの中で彼が音楽的なインスピレーションを感じたのは幼い頃に見た映画やテレビを通じてだったと語っているが、そこに流れている音楽のスタイルや誰が演奏しているのかといったことは気に留めなかったとも言っている。先ず映像があった。そして映像は流れ、シーンの変化、転換に伴って音楽も(シチュエーションによってはめまぐるしく、効果音も含めたサウンドとして)変わっていく。少々不自然であろうが普通誰でも観る側(あるいは聴く側)はそれをいわば無意識に、ゲシュタルト的に丸ごと受け入れて納得しているわけだが、彼はそのシーンの「転換」そのものに興味を抱いたのではないだろうか。曲ごとの相違、曲中での変化、あるいは時間。ジャンルを俯瞰するかのようにタームを長くとったクロスオーバーな音楽観、世界観。音楽はどこから来てどこへ行くのか、を彼の現在のポイント・オブ・ビューで提示したアフォリズムのようなラプソディがこのアルバムである。 ドビュッシー、ラヴェル、エリントン、ストライドピアノ、あるいは?
次に何が出てくるか。もちろんこれらがそのまま出てくるわけではなく、イメージを想起させるような企てがなされている。この融通無碍な音の連なりは、休日などにちょっと贅沢なアプレ・ミディを演出してくれるかもしれない。

彼のプロファイルを見聞きし、今回の2作品に触れ、また居心地の良いカンザスに居を構えながら、時に刺激的なNYへ赴き、ヒップホップやストレートアヘッドなジャズのギグを重ねている様子などから窺えるのは、彼が持てるスキルの振幅を大きく広げ、深度を深め、今後も絶えず変貌を遂げ続けていくのではないかということだ。

昨今のジャズ・ピアノは特にヨーロッパ系のミュージシャンを中心にジャズの領域を超えて、さらに変容、拡大し続けているが、そこにアメリカから新たなコンセプトを携え、大きな可能性を秘めた魅力的なミュージシャンがひとり加わることになった。

関口登人(せきぐち・のぶと)
1945年生まれ。早大法科卒。早大ジャズ研鑑賞部OB。COJAC会員。


望月由美

竹村 洋子:美術学校卒業後、マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、 カンザスシティ中心にアメリカのローカルジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。

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