カンザス・シティの人と音楽

#35.「スウィッチ〜運命のいたずら( Switched at Birth)」
カンザス・シティが舞台のアメリカ・テレビドラマを通して考える

♪ アメリカテレビドラマについて

 ここ数年、アメリカ製作のテレビドラマが非常に面白い。ケーブルテレビや地デジ放送に伴ったBSチャンネルなどで、番組放送の間口が広がった事がその人気を加速させているのだろう。レンタルビデオ屋に行けばその種類と量に圧倒される。少し前の韓流ドラマ人気を凌ぐ勢いだ。
 日本に於けるアメリカテレビドラマの最初の全盛期は1960年代だろう。多くのドラマが輸入され、私も夢中になって観た。当時、私達の生活とは大きく違うアメリカ人のライフスタイルに憧れ、それが白黒の映像であっても青い目のスマートなアメリカ人男優に憧れ、ドラマの中の女性のファッションにも憧れて真似をした。テーマミュージックも魅力的だった。「ローハイド」、「ベン・ケイシー」、「パパは何でも知っている」、「奥様は魔女」、「ナポレオン・ソロ」、「スパイ大作戦」などをよく観ていた。私は主役俳優にファンレターを出し、送られてきたポートレイト写真に熱狂したくらい、ミーハーのアメリカ・ドラマ好きだった。ジャズを聴き始めた頃でもあり、ジャズ=アメリカという図式の中で、映画と並びテレビドラマという媒体は、アメリカ人の生活、アメリカという国を知る大きな手段の一つだった。テレビドラマは、毎週放送される連続物が家庭で気楽に観られ、よりアメリカに親近感を感じることができた。また、ステレオ放送で2ヶ国語放送になってからは、英語の聞き取りの勉強にも役立ち、今だにそれは変わらない。
 70年代に放送された 「刑事コジャック」 で初めてドラマから、白黒以外の人種問題を強烈に感じた。社会人になってからはしばらくテレビを観る時間的余裕がなかったが、再び観出したのは、90年代に始まった「ビバリーヒルズ青春白書」 あたりからだ。恋愛、離婚により壊れた家族、ドラッグ、差別等、社会問題を取り上げた青春ドラマとして新鮮だった。また、ロングランで大ブレイクしたマイケル・クライトン原作の 「ER~緊急救命室」 は、 医療ミス、訴訟、人種問題、同性愛、ドラッグ、暴力、戦争等、アメリカ社会が抱えるその昔タブーであった問題に真っ向から取り組み、アメリカの縮図のようなドラマとして大変観応えがあった。(話はそれるが、ERでは番組開始当初から出演していた俳優ジョージ・クルーニーの叔母さんの、あのローズマリー・クルーニーが、アルツハイマー病を患った役で登場。記憶は失ったが唄うことは忘れない、という設定で歌を披露していたことを鮮明に記憶している)
 最近ではとくに「デスパレートな妻達」の現実には無さそうで有り、有りそうで無いエピソードのオンパレードの大ファンだ。「Sex & The City」 に至っては、女性たちのひっくり返るほどの会話と、彼女らの悩みや現実描写を楽しんだ。登場人物の一人がドラマの中で乳癌を患い復活するシーンは、よくあそこまで生々しい演技と演出ができる、と感心した。
 "ドラマは時代を映し出す鏡"という。このところのアメリカ・テレビドラマは、テクノロジーの発達や女性の社会進出も然り、"悩めるアメリカ" をテーマに扱ったものが俄然増えてきた。日本とアメリカの距離も縮まり、ドラマと現実の距離感がさほどないように思う。現実と隣り合わせのストーリーは視聴者の共感を呼ぶ。

 そして、2012年8月からBS Dlifeで始まった 「スウィッチ〜運命のいたずら(Switched at Birth)」。私はこのドラマの虜になり、毎火曜夜10時はテレビの前にいる。
何と言っても、カンザス・シティがドラマの舞台なのだから。

♪ 「スウィッチ〜運命のいたずら(Switched at Birth)」

 このドラマはアメリカabcFamily(ケーブルテレビ局)が製作。アメリカでは2011年6月以来シーズン1は42話放送され、2013年の1月にシーズン2がスタートしたばかりだ。2012年のTCA賞(アメリカTV批評家協会賞)で最優秀ユース番組賞(Outstanding Achievement in Youth Programming)をとっている。
 おそらく1979年頃にアメリカで実際にあった事実を元に、アメリカabcFamilyが脚色し、製作したフィクションと察する。アメリカでも放送開始から高視聴率を維持し、今やフェイスブックもあり、その書き込みの数や驚くばかりである。私のカンザス・シティの友人達の間でも、コンセプトが非常に良いドラマ、と評価は高い。日本でもファンが多いようで、インターネットでは多くの人たちがブログに取り上げ、ほとんどが好意的な反応だ。
 ストーリーは、生まれた時に病院のミスで取り違えられた(switched) 2人の女子高校生、ベイとダフネが主人公。その一人ベイがふとしたことから、この取違いを知る。ベイは裕福なケニッシュ家で白人の両親と兄と一緒に何不自由なく育つ。もう一人の少女ダフネは労働者階級のプエルトリカン系のシングルマザー、レジーナ・バスケスの元に育つ。ダフネは幼児期に髄膜炎を煩い、聴覚が不自由となる。
このケニッシュ家とバスケス家、2つの家族の面々がさまざまな葛藤や苦悩を抱えながらも、どのように生きていくかを模索し、おたがいに理解し合っていく。
赤ん坊の取り違えが家族の運命を変える "家族の葛藤と再生" をテーマにしたドラマである。
 脚色されたドラマなので、当然架空のものもたくさんあるが、私が長年通い見慣れたカンザス・シティの街並、ランドマーク、風景が毎週観られるのは、たまらなく懐かしく嬉しい。ドラマ上で実名で出てくる地名や公共施設も数多い。主人公の一人、ダフネ・バスケスが通うカールトン・デフ・スクールは実在しない。カンザス・シティ(ミズーリ州)の隣町にあるカンザス州、オレサにある、Kansas State School For the Deaf という聾学校がモデル校と察する。この学校はスポーツ教育に力を入れており、優秀なバスケットボール・チームやフットボール・チームがある。
もう一人の主人公ベイ・ケニッシュとダフネの母レジーナ・バスケス(ドラマ上では血の繋がった母娘)には絵を描く才能がある。彼女らがアート・ギャラリーで作品を展示する場面があるが、これもアート・ディストリクトがある文化度の高いカンザス・シティの様子をきめ細かく表現している。
ベイの住む高級住宅地ミッション・ヒルズ(Mission Hills)とダフネが育ったリヴァーサイド(Riverside)は実在する。私も行ったことがあるが、ミッション・ヒルズはカンザス・シティ郊外にあり、広大な土地に素晴らしい大邸宅が建つ億万長者の住む所である。一方、リヴァーサイドはミズーリ・リバー沿い。かつて、入植者が最初に入ってきた所であり、そこには家畜の集散地に当然ある屠殺場があり、現在でも異臭を放つ特殊なエリアだ。住宅もひしめき合い、スラムとまではいかないが、カンザス・シティでは低所得者の労働者階級の住むエリアとして誰もが知っている。これはドラマと言えどもリアリティ溢れる設定だ。
 私はドラマの舞台がカンザス・シティであることがきっかけで観始めたが、 このホームドラマはじつに多くのテーマを持っている。とくに、アメリカ社会の中にある2つの相反するもののコントラストが巧く演出されてもいる。"持つ者"と "持たない者"(アメリカ人が言うところの "Haves "と "Have nots")の対比、図式がこのドラマを通して見えるのは現実的で非常に興味深い。富裕層と貧困な労働者階級者層の格差、ホワイトとラテンの異なった文化、父母2人揃った両親とシングルマザーという異なった家族形態、そして聞こえる者と聞こえない者という異なった能力を持つ人たち。これらの現実を前向きに捉え、視聴者に問題を投げかけているシリアスかつ健全なホームドラマだと思う。
ドラマが多少稚拙な演出と感じられる時もあるが、 決して60年代に私が観た "パパは何でも知っている" のように、善意に満ちた単純で明るくユーモラスな単なるホームドラマではない。

♪ ドラマの最大の見所

 このドラマの、最大の見所は "聴覚障害者(deaf)" を取り上げたことであるのは否定できないだろう。
ドラマの脚本は良くできており、ストーリーの設定、台詞の中にも、毎回ドキッとさせられるシーンや会話がある。聴覚障害者の役は何人も登場する。
主人公の少女ベイの元ボーイフレンドでダフネの親友に、エメットという聴覚障害少年が登場する。彼は手話(American Sigh Language-以下ASL)や相手の唇の動きを読んだりして会話する。彼の台詞で『音が全部聞こえたら、毎日うるさくてたまらないだろうな!』というのがあった。また、他の聴覚障害が健常者とコミュニケーションできず、言い争いになり、『おまえ!手話も出来ないのかよ!』と言ったり。
健常者の間違った手話から誤解が生まれ、おたがいに傷つけ合ったり、笑い話になったり。聴覚障害を持つダフネは補聴器を使用し、ほぼ普通に話すことができる。彼女は高校のバスケットボールのスター選手であり、聴覚障害のみで構成されたチームに所属している。アッパークラスの高校バスケットボール・チームの顧問が、障害者のダフネをバスケットボール部に入れることで行政から補助金をもらうためにスカウトする、という設定もある。
ダフネは対抗する高校との試合で、相手の健常者のチームがおかしたファウルでフリースローを2本入れるチャンスを手にする。彼女は補聴器を少しはずし、音を遮断して自分のシュートに集中し、フリースローを見事に決めて勝利するシーンはリアリティがあった。
健常者と聴覚障害者が携帯電話のメッセージでやり取りしたり、恋人同士がビデオ・チャットで手話で喧嘩するシーンなども、今だからこその設定だろう。
毎回そんなシーンがいくつも観られ、挙げだしたら切りがない。

♪ 聴覚障害者の俳優たち

 聴覚障害者を扱った映画やドラマは世界中に数多くある。1986年の「愛は静けさの中に」 (原題〜Childrenof Lesser God) は、主役を演じたマーリー・マトリンがアカデミー主演女優賞を最年少でとったことでも有名だ。彼女は実際に聴覚障害者である。 「スウィッチ」でもエメットのお母さん役でも登場し、見事な演技を見せている。「ER」や 「デスパレートな妻達」 にも出演していた。
日本のテレビドラマでは豊川悦司が聴覚障害者を演じた 「愛していると言ってくれ」(1995)はドリカムのテーマソングと共に大ブレイクし、手話を学ぶ女性が倍増した、という伝説も生まれたことを知る人は多いだろう。
 「スウィッチ」 にも実際に聴覚障害を持つ俳優たちが何人も登場し、じつに生き生きと演技をしている。
エメットを演じるショーン・バーディ(Sean Berdy)は正真正銘の聴覚障害者である。彼は1993年生まれで今年20才。非常に美しい青い目を持ち、バイクに乗る姿は現代版ジェームス・ディーンのようだ。彼の言語は完全にASLである。障害者であっても演技をするために生まれてきた様な青年だ。幼少の頃から音楽に情熱を持っており、すでに数多くのテレビや映画に出演し、その演技は高く評価されている。アメリカでは "Mr. Deaf Teen America" と呼ばれ、とくにマイケル・ジャクソンのダンスと歌を "ショーン・バーディのダンスと手話" で表現したパフォーマンスは大反響を呼び、賞賛されているようだ。その驚異的な表現力を持ったパフォーマンスは感動的だ。You-tubeで観ることができる。
ドラマ中では声を出すシーンはほとんどないが、とても情熱的な演技をしている。演技することを心から楽しんでいるかのように感じる。ドラマの中で ロックバンドでドラムを演奏している。
聴覚障害者が振動で音を感じて踊るドキュメンタリー番組はテレビでも幾度か観たことがある。健常者のビッグネームのミュージシャンたちでも大ホールのコンサートなどで回りの音が大き過ぎる時、自分の音とリズムをキープするために椅子の下にビートが伝わる装置を仕掛ける、というのはよくあることだ。
ダフネを演じるケティ・レクレーク(Katie Leclercー1986年生)も軽度の聴覚障害を持つ。彼女は聴覚に問題があると知りながら育ち、17才でメニュエル氏症候群と診断され、手話をマスターした。彼女のお姉さんは ASLの先生である。声を出して話すことはでき、ドラマの中でも自分の声と手話を巧く使って演技している。
 俳優たちの多くが手話と実際の声両方を使って会話しているが、手話同士の会話は迫力がある。まさに、サイレント・ドラマなのだが、話のテンションが上がってくると、まるで喧嘩をしているようにさえ見える。

♪ "Switched at Birth" the true story of a mother's journey

 ドラマの中で、リー・トンプソン演じるベイの母親のキャスリン・ケニッシュが "取違い体験談"を書き、出版して世の中の人達に自分の体験、思いを伝えようとするシーンがある。
 この本は 「Switched at Birth" the true story of a mother's journey by Kathryn Kennish」というタイトルで2012年にアメリカで実際に出版されている。実際にはabs Familyの、ドラマ・プロデューサー、リジー・ウェイスの手によるものと思われる。
私は、出版されてからすぐ取り寄せて読んでみた。1cm足らずの厚さのペーパーバックで、解りやすい英語でほぼドラマの内容に沿い、子供たちや家族への愛情、困惑、苦悩などが母親の視点で書かれている。
 アメリカの友人は、作者は"Kathryn Kennish"となっているがこれはペンネームで、実際に取違い事件に関わった母親が書いたものがベースにあるのではないか、と言う。それくらい、きめ細かい描写で、とくにエピローグとプロローグは説得力がある。著作権の関係でこの場で紹介できないのが大変残念である。
障害者の子を持つ親のために書いた本らしいが、障害を持つ持たないに関わらず、誰の身の上にでも起こりえる話として興味深く読めた。

♪ ドラマを通して~

 私がこのドラマを通して一番感じたことは、私が日常生活の中ではほとんど意識しなかった "聞こえることと聞こえないこと、声を出せることと出せないこと" である。私は毎日、多くの自然界の音や生活音を聞き、人の声を聞き、音楽を聴いたり、ため息を出したり驚きや怒りの声を発したり、歌ったり、人と話し、自分の意志を人に伝えようとし、自己表現をする。そして、相手の発する声と話しを理解することで、会話が成り立つ。
 初対面の人からでも、その人の声から、話の内容はもとより、体調、気分、性格まで想像出来ることもある。電話で見えない相手と話す時のことも改めて考えてみた。
この "聞こえる事と声が出せる事" という、今の私には、簡単な行為の中に如何に膨大な情報量があり自己表現の可能性があるかということに、意外に無頓着だった。
 こちろん、今回のように聴覚障害者を扱ったドラマを観たりすれば、その時はそれなりに様々なことを感じてきたが、今回ほどではない。私の周りに重度の障害者はいない。家族の一人に交通事故で片耳の聴力を完全に失った者が一人いる。老いた両親は老人性難聴だ。彼らは私に大きな声で話すことを要求するが、それに慣れてしまった私は、彼らを障害者とは感じない。私は大声で話す時に怒っているように見える、と言われたことは何度かあるがそんなことはすぐに忘れる。聴覚障害者は街中にたくさんいるだろうが、それが誰なのかは解らない。道を聞かれた経験もない。
 聴覚障害と言っても色々なケースや障害の難度がある。それによって、コミュニケーションの手段も違うだろう。聞こえなくても声を出せる人はいる。どういう時期に何が原因で聞こえなくなったかによって、声が出せなかったり、出せたりする、と認識している。また、手話が理解できなくても相手の唇を読んで話ができたりする人もいる。教育を受けていない人は言葉すら理解できない人もいるらしい。聴覚障害だけでなく、病気も含めて障害を持つ人たちの本当の苦悩は私には解らない。ここで深く掘り下げて言及することは不可能に近い。
 このドラマについて、日本人のとくに映画、ドラマ好きの50代の友人たち6人に番組を観ているか聞いてみた。皆、番組のことは知らず、私の話から初めて番組を知り、多くの感想を寄せてきた。
その中の一人で大企業でバリバリ働くキャリアウーマンが、こんなことを言ってきた。
社員食堂で、4人の女性が手話を使い、和気あいあいと話しているところに出くわした。手話で盛んに話しながら、急に皆一斉に笑い声を上げたことに驚き、『笑う時は声に出すんだ!』と思い、『まずい社食を食べながら、手話を使って笑うのってすごく素敵なことだな〜!』と改めて思った。社食にいた女性たちも、皆それなりにきちんとした若い女性たちで、どの人が障害者なのか最初はまったく解らなかった。電車でもたまに聴覚障害の人たちがいるが、それまで静かだったのに急に笑い声が上がり、一瞬『ぎょっ!』としたこともある、と。ドラマの話を知ったから、社食で感じたような気持ちになったのだと思った、とeメールの最後にあった。
 中学生時代からの親友に手話通訳のエクスパートがいる。彼女とは今まで聴覚障害の話に触れたことはほとんどなかった。彼女は大学で演劇を学び、手話通訳の世界に入った。ある時、『手話って、演劇の要素が必要なの。ただ手話の単語を並べても、通じるってことじゃない。』と私に言った。私はその時、彼女の言う意味がよく理解できなかった。現在では手話は聴覚障害者の大事なコミュニケーション手段の一つとして確立しているが手話だけが、コミュニケーションの手段ではない。相手の唇を読んだり、筆談したり、携帯のメッセージなどもある。が、私が感じた "聞こえること、声が出せること"による膨大な情報は、障害者にはそれができない分、手話を始めとする手段と同時に、体全体を使って相手に意思表示する必要があるのだろう。それが、友人が言った『演劇の要素が必要』ということが今頃になってやっと実感でき、解ってきたような気がする。
彼女は初めて障害者たちの手話での会話を見た時に、『なんてみんな生き生きしてるんだろう!』と感じたのが手話通訳になったきっかけだと言う。私がドラマの中で、聴覚障害の俳優たちの生き生きした演技を観た時と同じことを思ったようだ。また、彼女から聴覚障害者でもカラオケが大好きな若い人たちが結構いる、と聞いた。多少は発声が出来る若い人たちが多いようだが、彼らは音程はまったく合っていなくとも、リズムは振動から正確につかむと言う。友人はその人たちとカラオケに行く時はできるだけリズムが明解な歌を選んで一緒に歌うようだ。 ミュージシャンのリズム感が試されるという冗談のような話だ。
たしかに聴覚障害は外からは解りにくい障害で、黙っていれば聞こえないことが周囲の人には解らない。声を止めて手話で会話していても笑い声が突然漏れたり、興奮すると手話と一緒に声が出ていたりする。当然自分の声は聞こえないから、周りの人の顰蹙(ひんしゅく)をかったりする。『そういう時は、そのことを障害者に教えてあげることも必要なのよ』と友人は言う。
 私は最初に述べた友人が、彼女の会社の社員食堂で、『素敵な事だな!』 と思ったことが、とても素敵だと思う。美談だけを書くつもりは毛頭ないが、聞こえて声が出せても相手のことを知ろうとしない無関心が広がっている時代である。今回、友人たちとこのドラマの話を通し、皆が今まで意識していなかったことに目を向け始め、それまでと違う見方で障害者を見ることになった、というのは意味のあることだろう。そして、もっと自然な形で障害者に接する機会になれば、お互いの世界がさらに広がるかもしれない。
私自身、手話通訳の友人とも、いつになく濃い会話ができきて話は尽きなかった。手話通訳の役目は他の言語通訳と違い、聴覚障害者が自分の力で社会参加できるように後押しし、その障害の正しい理解を社会にしてもらうといった役割もある。ドラマ制作にあたり、彼女のような多くの優秀な手話通訳者が陰で活躍していることだろう。
 最後に、私は音楽に携わる者として、聴覚障害の音楽家については触れない訳にはいかない。クラシック音楽の巨匠で天才 ー 誰もが知るベートーベンから、現在活躍する日本の佐村河内 守 (さむらごうち まもる)氏まで。この2人は中途失聴者の全聾であるが大変な偉業を成し遂げた。佐村河内氏が「交響曲ーHIROSHIMA」を書かれたことは知っていた。これについては、JazzTokyo稲岡編集長がCDレビューで取り上げておられるが、私は編集長が書いておられる以上の言葉を持たない。今回改めて聴き、鳥肌が立ち涙が出た。
 テレビドラマという娯楽やポップミュージックと芸術性の高い音楽を一緒に語るな、と言われるかもしれない。が、人は皆違う。その人のバックグラウンド、能力、志向、感情、感性等すべて違う。聞こえない若い青年の驚異的なダンスに感動したことと、交響曲を聴いて涙したことに、どれほどの差があるだろうか?
"聞こえない人が音楽を通して自己表現する"、ということに於いては同じ土俵にいるはずだ。
 私の生活の中には音が常にある。もし、私が音のない世界に行ったら、何をどう感じ、どう表現出来るだろうか?
美しいカンザス・シティの風景をドラマの中に観ながらそんなことを考えた。(2013年2月1日記)

関連リンク

*abcFamily番組サイト
http://beta.abcfamily.go.com/shows/switched-at-birth

*Dlife番組サイト
http://www.dlife.jp/lineup/drama/swichedatbirth_s1/
http://www.dlife.jp/lineup/drama/swichedatbirth_s2/

*フェイスブック・サイト
http://www.facebook.com/SwitchedatBirth?fref=ts

*"Switched at Birth" the true story of a mother's journey
http://www.amazon.com/Switched-Birth-Mothers-Journey-ebook/dp/B008CGQEF4

*ショーン・ベーディ・サイト
http://www.sean-berdy.com
http://www.youtube.com/watch?v=zQhc1dAzNIg

*マーリー・マトリン、インタビュー
http://www.youtube.com/watch?v=KDOLrS7EgF8

* 佐村河内 守「交響曲ーHIROSHIMA」CDレビュー
http://www.jazztokyo.com/five/five824.html


望月由美

竹村 洋子:美術学校卒業後、マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、 カンザスシティ中心にアメリカのローカルジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。

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