カンザス・シティの人と音楽

39.カンザス・シティ:チャーリー・パーカー・セレブレーション
Photos by Christopher Leroy Burnett - American Jazz Museum, Gary A Becker- President Kansas City Jazz Ambassadors, KCJazz ALIVE, Chuck Haddix & Yoko Takemura

カンザス・シティでは8月29日のチャーリー・パーカー(以下バード)の誕生日にちなみ、『カンザス・シティ:チャーリー・パーカー・セレブレーション』が、8月14日から30日まで約2週間に亘って盛大に催された。
前回のコラム( http://www.jazztokyo.com/column/takemura/part038.html )で触れたが、この街に新しく誕生したジャズ・サポート団体、『KCJazz ALIVE』が中心となり、『カンザス・シティ・ジャズ・アンバサダー』、『アメリカン・ジャズ・ミュージアム』、『ミュチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーション』、『エルダー・ステートメント・オブ・カンザス・シティ』、『KCジャズ・フレンズ』といった団体が連携し、約20のスポンサーをバックに、いくつかのスペシャル・イベントが催された。
アメリカン・ジャズ・ミュージアムでの『セレブレーション・キックオフ・ディスカッション( Celebration Kickoff Discussion )』、『パーカー・ヒストリカル・ツアー( Parker Historical Tour)』、18th & Vine地区に新しく設けられた『アメリカン・ジャズ・ウォーク・オブ・フェイム(The American Jazz Walk of Fame)』のお披露目と、それに関連したカウント・ベイシー・オーケストラとボビー・ワトソンの共演コンサート。ハイライトは、バードが眠るリンカーン・セメタリーでのセレモニー『21サックス・サリュート(21Sax Salute)』とジャズクラブ『ブルー・ルーム』でのレセプションとジャム・セッション『チキン・フィード・パーティ(Chicken Feed Party)』。
セレブレーション期間中は、学生を対象としたワークショップや、街中のジャズクラブではバードをトリビュートするライブ演奏が連日行われた。
この街で、これ程大きな規模でチャーリー・パーカー・セレブレーションが催されたのは、何年振りだろうか? この様子は、地元テレビ局やラジオ局、地元紙のKansas City Star誌からダウンビート誌といったメディアで、毎日取り上げられた。 多くの友人や関係者達が、「今年の夏のカンザス・シティはスイングしっぱなしだよ!」と連日レポートを寄せてくれた。

♪ セレブレーション・キックオフ・ディスカッション (Celebration Kickoff Discussion)

オープニング・キックオフ・ディスカッション。
挨拶するスライ・ジェイムス市長@ アメリカン・ジャズ・ミュージアム。
キックオフ・ディスカッション。
グレッグ・キャロル、チャック・ヘディックス、ホレス・ワシントン、ボビー・ワトソン(向かって左から)。
KCJazz ALIVEのボード・メンバー
グレッグ・キャロル、ジョン・マクグロウ、スライ・ジェイムス・カンザスシティ市長、パム・ヒダー・ジョンソン、スティーブ・ハーグローヴ。

8月14日、アメリカン・ジャズ・ミュージアムで2014年のチャーリー・パーカー・セレブレーションはスタートした。 金曜の夕方、約3時間に及ぶパネル・ディスカッションとレセプション・パーティに約100人が集まり、カンザス・シティのスライ・ジェイムス市長の挨拶で『セレブレーション・キックオフ・ディスカッション』が始まった。ディスカッションはアメリカン・ジャズ・ミュージアムCEOのグレッグ・キャロルが司会を務め、パネラーは『バード:ザ・ライフ・アンド.ミュージック・オブ・チャーリー・パーカー』の著者でバードの研究者でもあるチャック・ヘディックス。サックス奏者で地元UMKC (ミズーリ大学カンザス・シティ校)ジャズ・スタディ・ディレクターでもあるボビー・ワトソン。同じくサックス、フルート奏者でエデュケイターのホレス・ワシントン。
《チャーリー・パーカーの音楽に対する貢献と影響が如何に大きかったか、その認識を高める事》というのがディスカッションのメインテーマ。
パネラー達は、カンザス・シティに於けるバードの音楽と生活がどんなものだったのか、バードの音楽が如何に次の世代から現代に受け継がれて来たか、などをディスカッションした。後日、チャック・ヘディックスから私宛に、「バードとカンザス・シティとの関係はでっち上げの作り話が多く、多くの人達に誤解されている。バードはカンザス・シティでは常に大スターだったんだ。彼は、生前、何度もカンザス・シティに帰ってきている。そんな誤った認識をディスカッションの場で正す事が出来た。個人的には、《バードの最大の功績は、如何にミュージシャン達を音楽の古い因習(特にスウィング)から解放したか。》という事を集まった人達に伝えたかった。」とレポートがあった。

♪ パーカー・ヒストリカル・ツアー(Parker Historical Tour)

バード・ヒストリカル・ツアー。
バードのお墓の前で参加者にレクチャーをするチャック・ヘディックス。
バード・ヒストリカル・ツアー。
バードが住んでいたアパート。3527Wyandotte Ave. Kansas City。
バードは2階、向かって右側のアパートに住んでいた。
バードの義娘キム・パーカー、チャック・ヘディックス@マー・サウンド・アーカイブス。

このイベントはカンザス・シティに於けるバードの足跡をたどるもので、8月16日に行われた。ホストは前出のチャック・ヘディックス。
バードがカンザス州のカンザス・シティからミズーリ州カンザス・シティに初めて移って来た1927年に住んだ、3527Wyandotte Ave.のアパート、その後2軒目に住んだアパート、3軒目に住んだ1916 Olive Street 跡、バードが通っていたペン・スクール跡、ジェイ・マクシャンに最初に雇われた時に演奏したクラブの『Martin's』、プロになってから度々演奏したパセオ・ホール、最後はお墓までを約1時間半で バスで回るツアーである。参加費は1人15ドル。参加者は全員で35人だったが、定員一杯で参加できなかった人が数多くいた。今後、このイベントはバースディ・セレブレーションとは別に行っていく予定。参加者達は、ヘディックスの書いたバードの伝記本を片手にバードに想いをはせたに違いない。

♪ ザ・アメリカン・ジャズ・ウォーク・オブ・フェイム(The American Jazz Walk of Fame)

アメリカン・ウォーク・オブ・フェイムのポスター。
写真の様に歩道にメダリオンが埋められる。
ウィリアム “カウント” ベイシー、チャールズ ”チャーリー” パーカーのメダリオン。
ボビー・ワトソンとメダリオン。
カウント・ベイシー・オーケストラ&ボビー・ワトソン率いるアメリカン・ジャズ・オーケストラ@ジェム・シアター。
チャーリー・パーカー・トリビュート・ライブ@ブルー・ルーム。レジー・トーマス(p)マーカス・マクロウリン(b)クレイトン・キャメロン(ds)ボビー・ワトソン(as) スコッティ・バーンハイト(tp)ウィル・マヒューズ(g)

18th & Vine 地区の再活性化を請け負っている『ジャズ地区ルネッサンス社(The Jazz District Renassance Corp.)』のプロデュースにより、 「ハリウッド大通りにある『スターの殿堂』のジャズ版があっても良いのではないか?」という発想からこのプロジェクトは生まれた。
『ザ・アメリカン・ジャズ・ウォーク・オブ・フェイム』はアメリカン・ジャズ・ミュージアムの位置する18thストリートからVineストリート、ミューチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーションのあるハイランド・アヴェニューの歩道に、カンザス・シティのジャズの興隆に寄与したミュージシャンの名前が入った30センチのブロンズのメダリオンを埋めていく、というプロジェクトだ。
スタートに、まず6つのメダリオンが埋められた。カウント・ベイシー、メリー・ルー・ウィリアムス、ジェイ・マクシャン、チャーリー・パーカー。そして現在活躍中の、カンザス・シティで生れ育ったパット・メセニーとボビー・ワトソンだ。パット・メセニー(1954〜)は世界的なギタリストとしてのポジションを築いている。ボビー・ワトソン(1953〜)はサキソフォーン奏者、コンポーザーとして1977年からアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャースに入団。退団後、自己のグループ『ホライズン』を率いる傍ら、2000年からは生まれ故郷のカンザス・シティに戻り、UMKC ジャズ・スタディのディレクターとして多くの若手ミュージシャンの教育にもあたり、その功績が評価された。
お披露目イベントは8月23日、ボビー・ワトソンの61才の誕生日に行われた。歩道に埋められた美しいメダリオンは、今後、新しいジャズ・ミュージシャンのものが毎年加えられていく。この通りを歩く多くの人達の足を止めていくだろう。

式典後、同じくメダリオンが作られた今は亡きカウント・ベイシーの遺志を継いだ、カウント・ベイシー・オーケストラと、ボビー・ワトソンと彼の率いるアメリカン・ジャズ・オーケストラの共演コンサートが18th & Vine地区内のジェム・シアターで行われた。約500枚のチケットは完売し、コンサートは大盛況だった。

また、このイベント前夜には『ブルー・ルーム』でボビー・ワトソンとカウント・ベイシー・オーケストラのリズムセクションによる『チャーリー・パーカー・トリビュート・ライブ』が行われた。カウント・ベイシー・オーケストラのギター奏者ウィル・マヒューズは、カンザス・シティ・ネイティブであり、地元カンザス・シティで自己のグループで演奏活動も行う人気者だ。集まったミュージシャン達はチャーリー・パーカーの曲を演奏し、ベイシー・オーケストラのリーダー、スコッティ・バーンハイト(tp)は<Donna Lee >を、ヴォーカリスト、ジョージ・V・ジョンソンが、エディ・ジェファーソン・スタイルのヴォーカルで<So What>や<Night In Tunisia>を披露して会場を沸かせた。ボビー・ワトソンはバースデイ・ケーキで盛大に祝福された。

♪ 『21サックス・サリュート』

バードが眠るリンカーン・セメタリー。
バードとお母さんアディ(左)のお墓。
ダーティー・フォース・バンド。
21サックス・サリュートに集まったカンザス・シティのミュージシャン達。
バードのお墓の前で演奏するミュージシャン達。
マット・オットー(as、中央)とその横がリーダーを務めたハーモン・メハリ(tp)。
お墓でのセレモニーに集まった人達。
中央の赤いシャツはキム・パーカー。
チキン・フィード・パーティ@アメリカン・ジャズ・ミュージアム。
チキン・フィード・パーティに集まった人達。
チキン・フィード・パーティでのジャムセッション。
カレーム・フォールズ(p)リッキー・アンダーソン(b)タイリー・ジョンソン(as)ザヴィエ・フレンミング(ds)。

バードはカンザス・シティ郊外のリンカーン・セメタリーに眠っている。ここで行われるバースデイ・セレブレーションのセレモニーには歴史がある。1960年代半ば、カンザス・シティ・ネイティブのミュージシャンであるエディ・ベイカーSr.(1930〜2001、p. & tp.)が始めた。エディ・ベイカーは70年代始めに『チャーリー・パーカー・メモリアル・ファウンデーション&アカデミー・オブ・アート』を設立し、長年カンザス・シティのミュージシャンの育成にあたった。ジャズを提供する場を18th& Vine地区やユニオン・ステーションに設ける事も提唱し、この街のジャズ・コミュニティの活性化に尽力した。70年代半ばから、後にこの街のジャズシーンに於ける重鎮となるアーマド・アラディーン(1934〜2010)がこのファウンデーションのスタッフとなり、エディ・ベイカーと共にセレブレーションをより本格的なものにした。アラディーンが他界した2010年以降、リーダーが不在でこのイベントは催されていなかったが、今年KCJazz ALIVEのリーダーシップにより復活した。

今年は8月30日土曜の正午にセレモニーは行われた。お天気にも恵まれ、気温は約20℃、ドライで爽やかな絶好のイベント日和だった。
リンカーン・セメタリーには200人以上ものバードファン、ジャズファンが集まった。今年の8月29日〜30日は、アメリカ人にとっては大きな祝日、レイバー・デイ・ウィークエンド。この祝日中、多くのアメリカ人達は皆それぞれイベントがあり忙しい。これ程の人が集まったのは大変な事だったようだ。参列者の中には、バードの義娘キム・パーカーもVIPとして参加していた。
セレモニーは、まずニューオーリンズ・スタイルのダーティー・フォース・バンドの演奏。主催者KCJazz ALIVE代表ジョン・マクグロウと、キム・パーカーの挨拶。バードを讃える詩の朗読。そしてハイライトの『21サックス・サリュート』と続いた。これは軍隊の儀式において最高の儀礼とされる21発の礼砲にちなむもので、21人のサックス奏者がバードに一斉に演奏を捧げるものだ。この日はサックス奏者に限らず、カンザス・シティのミュージシャンが25人集まった。残念ながらボビー・ワトソンは参加出来ず、彼の一番弟子でトランペット・プレイヤーのハーモン・メハリがリードした。
<Now The Time><Billie’s Bounce><Ornithology><Yardbird Suite>等のバードのコンポジションをクリス・バーネット、マット・オットー、ビル・メケミイ、ホレス・ワシントン、スタン・ケスラー、ロジャー・ワイルダー等、この地の優秀なミュージシャン達が演奏をバードに捧げた。最後にダーティー・フォース・バンドによる『聖者の行進』で1時間半程のセレモニーは終わった。
この後、参加者達は『ブルー・ルーム』での『チキン・フィード・パーティ』に招待されてフライド・チキンが振る舞われ、ミュージシャン達はジャム・セッションを行い、すべての幕は閉じた。

実はこのセレモニーは8月29日金曜にも別のグループ、ブルース・ワトキンス・カルチャラル・センター& ミュージアム(The Bruce R. Watkins Cultural Center and Museum)の主催で行われ、この日も多くの人達が集まったが、平日の上、生憎の雨で実質的に30日がメインのイベントとなった。

♪ セレブレーション・イベントを終えて

ブロードウェイ・ジャズ・クラブでのジャムセッション。
タイロン・クラーク(b)ピート・ウェバー(司会)マイク・ウォレン(ds)マット・オットー(as)
野外での演奏。ブラッド・ヴォタヴァ(g)・グループ。
カフェ・トリオでのライブ、アリス・ジェンキンス(p)スティーヴ・リガッジ(b)。

今年の『カンザス・シティ:チャーリー・パーカー・セレブレーション』は、ひとまず大成功だった様だ。
リンカーン・セメタリーのセレモニーにVIPとして参加していたキム・パーカーは、1999年以来久しぶりのカンザス・シティ訪問で、この日に合わせて1週間程滞在していた。キムは今年68才。自らもヴォーカリストであるキムは、終始若々しくチャーミングな笑顔を絶やさず、どこへ行っても大歓迎されていた様だ。チャック・ヘディックスの在籍するUMKC、マー・サウンド・アーカイブスやバードの住んでいたアパート等を回り、カンザス滞在を満喫して帰った、と聞いている。

最後のイベントがあった週末、私はコンピューターの前に座りっぱなしだった。毎日、次から次へと送られて来るメールやフェイスブックでの投稿で、私も東京でカンザス・シティの友人達がエキサイトする様子を、存分に楽しんだ。私がこんなにカンザスから多くの情報を一気に受け取った事はこの15年で初めてだったかもしれない。

翌日、私のカンザス・シティでの一番の親友、シャロン・ヴァローがこんな事を言って来た。「今年のセレブレーションは大成功だったと思う。ジャズシーンにこれ程の活気が戻って来て嬉しい。イベントの成功の大きな要因は、まず組織化、それからプロモーション、そして協力。この《皆で協力する》という当たり前の事こそが真のジャズ・スピリッツ。何が成功に繋がったか、細かい要因は沢山あると思う。チャックのバード伝記本の出版、新しいジャズクラブが出来た事もモチベーションとなっただろうし、フェイスブックの投稿もイベントを助けた。が、ジャズ・コミュニティの人達がきちんと協力し合った事、これなしにはカンザス・シティのジャズの発展はあり得ない。皆が真の愛を持って助け合い、ワールド・クラスのカンザス・シティのジャズを街の外の人達にもきちんと紹介して行くべきだと強く思う。キム・パーカーはお墓でのセレモニーで、1人でぽつんとVIP席に座っていたけれど、あの日、墓地に参列した200人全員が本当の意味でVIPだった。みんな、その自覚を持つべき!」と。
彼女は今回のセレブレーションの企画、運営に直接関わってはいないが、この街のジャズ・コミュニティに深くコミットしている。地元ジャズ誌Jamのライターを長年務め、 いつも辛辣な発言をする。
私はここ数年、多くの友人達から、この街のジャズ・コミュニティが如何にバラバラか、という事を随分聞かされて来た。アラディーンが元気だった5年程前までは、ミューチュアル・ミュージシャンズ・ファウンデーションに於いてもベッツィ・クロウをはじめ、ジャズとカンザス・シティを真に愛する多くの人達がセレブレーションを企画し、盛大にバードの誕生日を祝っていた。(http://www.jazztokyo.com/guest/kcj/v24/v24.html) が、近年はジャズ・サポート団体の連携もなく、バードの誕生日近くになると、何となく誰かが言い出すが、何となく盛り上がったような感じになって終わっていた。
アメリカの社会を語る時に、人種、政治観、宗教は必須である。この3つがこの街のジャズ・コミュニティでも複雑に絡み合い、日本人の私には理解できない《アメリカ人達の複雑な事情と人間関係》がこの街のジャズの活性化の妨げになっていた事は否めないだろう。シャロンは、今回のセレブレーション・イベントの成功を見て、「リッチなジャズ遺産にテコ入れするこの街の人達の活動を見てホッとした。この街も捨てたもんじゃないわ!」と言っている。

主催者KCJazz ALIVEのジョン・マクグロウは「大成功だった!来年も今年と同じ様な形でやって行くと思うが、ジャズクラブでの演奏、イベントを充実させていく事をもっと考えていきたい。これから来年の戦略会議だ!」と、短いが非常に現実的な内容のコメントを寄せて来た。
マクグロウ以下関係者達は、 昨年12月のKCJazzALIVE発足直後からこのイベントの準備をして来た。準備期間は決して長くはないが、大きな成果を収めた。今回、ビッグイベントには多くの人達が集まった。
東京でこの様子を聞いていた私の一番の関心事は、セレブレーション期間中、連日ジャズクラブにどれくらいの人が入り、ミュージシャン達の活動がどれ程活発になっただろうか、という事だった。とかく大きなイベントの話のみがクローズアップされがちだ。カンザス・シティにはワールド・クラスの優秀なミュージシャンが数多くいる。それを提供する魅力的な場所も数多くある。 多くの耳の肥えた聴衆によって、ミュージシャン達の演奏がエキサイトもレベルアップもするだろう。 実際、どれ程の人がジャズクラブに出入りし、どれ程の人達が18th & Vine 地区に集まっただろうか?
18th & Vine地区の活性化に関しては時間がかかるだろう。『アメリカン・ウォーク・オブ・フェイム』という素晴らしいモニュメントが誕生した。が、相変らず昼は閑散とし、夜は暗いようだ。年に1〜2回は発砲事件もあり、あの地区でオープンしている店は現在6軒しかない。私とて、いくら良いライブがあっても、夜1人で行くにはためらう所だ。不案内な観光客だけでなく、地元の人達にとっても、決して心から安心出来る楽しいエリアではない。今後もっとセキュリティを強化し、安心出来る街になるような努力をしていく事も大きな課題かもしれない。
カンザス・シティ・ジャズの活性化は、ビッグイベントがなくとも街に多くの人達が集まって街が賑わい、そこで経済効果をもたらして、初めて《成功》と言えるのではないだろうか? この夏、どれ程の経済効果がこの街にあったかは、セレブレーションが終わったばかりで今現在まだ解らない。 まずは今年のセレブレーションの成功を祝い、来年に大きな期待をしようと思う。
来年2015年はバード生誕95年、没後60年。今年よりさらに楽しく盛大なセレブレーションが催される事は間違いない。チャーリー・パーカーの存在なしにジャズタウン、カンザス・シティの活性化はあり得ないのは確かな様だ。BIRD LIVES!
(9月10日、竹村洋子)

*関連リンク
http://kcjazzalive.org


望月由美

竹村 洋子 Yoko Takemura
美術学校卒業後、マーケティングの仕事に携わる。1996年より、NY、シカゴ、デトロイト、カンザス・シティを中心にアメリカのローカル・ジャズミュージシャン達と交流を深め、現在に至る。主として ミュージシャン間のコーディネーション、プロモーションを行う。Kansas City Jazz Ambassador 会員。KAWADE夢ムック『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(2014)に寄稿。

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追悼特集
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#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
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#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


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今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
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#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

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