Vol.3 
text by 田中鮎美
写真提供:ECM

 大学でのいくつかの試験を終え、夏休みを迎えた。この一年間、オスロに来て本当にたくさんのことを学ばせていただいた。とくに、ピアノをMisha Alperin(ミーシャ・アルペリン)から学べたことは、大切な経験となった。
 Mishaのレッスンに初めて行ったときのとこを今でも覚えている。まず、彼は私に「何でもいいから、君にとって特別なものを弾いてごらん」と言った。Mishaはいつも「私」という存在を大切にしてくれて「私」というものをより特別な確かなものにするために色々なアドバイスをしてくれたように思う。
 Mishaの音楽に対する考え方や姿勢を共有できればという想いから、彼が私に話してくれたことの一部を紹介したい。Mishaはいつも意見を押し付けるのではなくて、こういう考え方もできるよ、という風に話してくれる。そのようにして読んでいただければ嬉しい。

♪ アイデンティティ (identity)

 Mishaは自分自身のルーツと向き合うことの大切さを話してくれた。日本の伝統的な音楽や文化に触れたり、故郷や祖先のことを想ったりすることで、自分自身がまだ気づいていない、何かに気づけるかもしれないと。様々な音楽が生まれた背景があるように、自分自身にも背景があって、それを深く考え理解することで、音楽が深まっていく。
 自分自身をよく知ることについても話してくれた。「何が好きで、何が好きじゃないのか?」「何が自分にとって大事なのか?」「自分の心を動かす音楽はどんな音楽か?」「何が自分に幸せを感じさせるのか?」「何が自分をわくわくさせるのか?」「何が自分を怒らせるのか?」「何が自分を悲しませるのか?」それらのことをきちんと自覚した上で、音楽と向き合うことが大切なのだと。そうすることで、より音楽がパーソナルで特別なものになる。


♪ 想像力 (imagination)

 アートにおいて大切なのは想像力だ、とMishaは話してくれた。
 例えばピアノを弾く時、目の前の楽器をピアノだと思えばそれはピアノでしかないが、他の楽器や音を想像してみる。すると、多彩なオーケストラの様な、音楽表現ができること。例えば、出したい音があれば、まずは想像し、歌って真似してみること。
 Mishaがピアノを弾くと音が彼のもとから解き放たれて、飛んでいくのをいつも感じる。音は決して目には見えないけれど、Mishaの音は出された瞬間から立体的にはっきりと目に見える。理由を尋ねると、音を前に押し出し、飛んで行くのを想像しているんだと話してくれた。


♪ 歌う (sing)

 Mishaは歌うことの大切さを話してくれた。歌こそが本物の自分だと。沢山の音をただ弾くことは簡単だけど、そういう音は人の心には届かない。拙くても、心から歌える音だけが人の心に届く。歌がまずあって、それを手が真似して音を出す。そうやって本当の声だけを弾けば、音がない間も音楽がそこに生まれる。そうすると、たくさんの音を弾く必要はなくなって、より立体的な音楽になって、聴く人の心へ届く。


♪ 身体の内にあるパワー (inner power)

 Mishaの演奏を聴くと、身体の中心の深い所から、音や動きが生まれているのを感じる。ミーシャは身体の内にあるパワーが大事だと話してくれた。Mishaはそれをinner powerと呼んでいる。リラックスして、しっかりと地に足をつけて呼吸し、おへその辺りに強いエネルギーを蓄えながら音を出す。


♪ ドラマトロジー (dramaturgy)とコントラスト (contrast)

 Mishaは、音楽においてドラマトロジーとコントラストがとても大切だ、とよく話してくれる。ドラマトロジーは直訳すると、劇作法、演出法。コントラストは対比。
 そのために、ストーリーを持つといいと話してくれた。Mishaの演奏は時に映画や演劇、絵画をみているかのように、様々にストーリーや色彩が移り変わっていく。音が命を与えられたかのように、生き生きとしている。
 Mishaが「老人と若者がいて、二人は初めは穏やかに会話を始めるのだが、お互いのことを理解できず、争いになる」や、「二人が話し合いをしていて、徐々に理解し合うようになる」、「静かな夜に隣の家で突然ヘビーメタル・バンドがパーティーを始めた」などのストーリーのアイディアを出してくれて、そのアイディアを用いて即興演奏をするということもした。
 これらのストーリーには複数の人が登場したり、何か出来事が起きたりするわけだが、それらは音楽におけるコントラストを作り出すことの手助けにもなる。ストーリーについてだけではなく、強弱、音域、音質、音の長さ、リズム、テンポなど様々なコントラストをつけることができる。大きなものでなくても、小さなコントラストを与えることで、音楽がより立体的に、わくわくするものになる。


♪ 学ぶ。シェアする。

 Mishaを見ていると常に色々な人や音楽から何かを学ぼうとしているのを感じる。学生に対してとてもオープンで、学生の演奏や意見に一生懸命耳を傾けてくれる。また、Mishaが経験したことや、誰かから聞きたいなと思ったことをよく話してくれる。話し合ったり情報をシェアすることはとても大切なことだと話してくれた。そういう姿勢が彼の音楽をより一層豊かにしているのだろう。









 このように、ここに書いたことはそのすべてではないが、この1年間で様々なことを話してくれた。とてもシンプルなことだけれど、とても大切なことだと思う。Mishaは音楽は自分の鏡だよと話してくれたこともあった。だから嘘をついたらすぐにばれてしまう。どんなちっぽけな自分だと思っても、それが自分だから、自分を認めて、そこから、始めるのだよと話してくれた。
 Mishaはとても正直で、誠実で、温かくて、ユーモアのある素敵な人。ここから彼のホームページをみるとこができるので、興味をもたれた方はぜひ見ていただきたい。
 http://www.alperin.no/
 Mishaは日本に行ったことがなくて、いつか行ってみたいと話してくれた。いつかそれが叶って日本の方々にも彼の演奏を生で聴いてもらえる日が来たら嬉しい。

* 編集部註
ミーシャ・アルペリン(Misha Alperin)

ミハイル“ミーシャ”アルペリンは、1957年、旧ソ連のウクライナ生まれのピアニスト。モルドヴァで育ち、モルドヴァ音楽院でクラシックの教育を受ける。1980年、モルドヴァで最初のジャズ・アンサンブルを結成した後、1983年モスクワに移住、10年間ロシア・アヴァンギャルドの中核に身を置く。1993年以降はオスロに居住。

田中鮎美:
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。エレクトーンコンクール優勝、海外でのコンサートなどに出演し世界各国の人々と音楽を通じて交流できる喜びを体感する。
その後、ピアノに転向。ジャズや即興音楽を学ぶうちに北欧の音楽に強く興味を持つようになり、2011年8月よりノルウェーのオスロにあるノルウェー国立音楽大学(Norwegian Academy of Music)のjazz improvisation科にて学ぶ。Misha Alperinに師事し、彼の深い音楽性に大きな影響を受ける。

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