#  1000(特別企画)

『ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー』
niseko-rossy pi-pikoe 多田雅範

『クレイグ・テイボーン・トリオ』


Chants / Craig Taborn Trio (ECM 2326)  

Craig Taborn piano
Thomas Morgan double bass
Gerald Cleaver drums

Saints
Beat The Ground
In Chant
Hot Blood
All True Night / Future Perfect
Cracking Hearts
Silver Ghosts
Silver Days Or Love
Speak The Name

Recorded June 2012

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(1)

「現代ジャズの新皇帝トーマス・モーガンを重用して、ニューヨーク制圧を決定的にするECMレーベルの現在」(1−3)

新聞の見出しで言えばこうなる。あたた。体調の具合があいさつの冒頭にくる世代になってしまった。ECMレーベルの新作を一気にツアー形式でレビューを試みる。

ECMニュースに目を瞠る。韓国のECMフェスのヘッドラインに菊地雅章TPTトリオのクレジットがある!・・・ECMにはTPTトリオを録る気があるのか?、あいつらにその耳はあるのか?地殻変動を感知する。[どかん!TPTトリオの録音リリースが内定したようだぞ!]

昨年2012年6月の菊地雅章TPTトリオ凱旋公演@ブルーノート東京を、初日の1セット目を聴いただけで、現代ジャズのフェイズは新たな次元に入ったことを直感し、そして少なからず自分の耳の経歴は漂白され、宙に浮いたままに放置されたのだった。杉田誠一が菊地雅章トリオ『サンライズ』に、「時代の行き詰まり状況をとうとう突き超えてしまった」と断じた地平が実証されたかの確信だ。

TPTトリオ、菊地雅章(ピアノ)、トーマス・モーガン(ベース)、トッド・ニューフェルド(ギター)。ぼくは当日の日記で「新皇帝トーマス・モーガン」と呼称していたし、公演前に書いたタガララジオ26(http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-26.html)ではTPTトリオの未発表音源を聴いて「間違いなくモーガンのベースは世界最高峰に達している」とぶちあげていた。

NYジャズの聖地ヴィレッジ・ヴァンガードで、法王ポール・モーシャンと中毒性の高い加速G打法エリック・ハーランドが、互いに覇を競うように週替わりで異なるユニットで叩きあうようなシーンの熱気を視ていた。法王のほうが「速度の第二定義」である。

70年代ECMが提起していたのは、端的に言うとジャック・ディジョネットとヨン・クリステンセンという速度。ディジョネットのほうは、エルヴィン・ジョーンズ〜トニー・ウィリアムスから連なる従来の「速度の第一定義」で、クリステンセンはその系譜ではなくてサニー・マレイをふまえた新種だろうか。

エリック・ハーランドは「速度の第一定義」の継承者でトップだな、あとはかすんで聴こえる。ごめんねごめんね。

「速度の第二定義」というのは、打音と打音の間で速度を演出できるやり方というか、叩かないで速度を認識させるというか、タイム感覚を奏者同士が投げあう作法とも言える、速度のファンクションをコントロールしあえる領域のジャズ感覚なのである・・・。と、書いているわたしがこれじゃあイミフだーと言っている。

で、この「速度の第二定義」を体感していることが土台となっているトーマス・モーガン、が、ジャズの潮流の大きな変数になってくるだろうと予測していた中、ECMレーベルのこの春の新譜群が、クレイグ・テイボーン・トリオ、ジョヴァンニ・グイディ・トリオ、トマシュ・スタンコ・ニューヨーク・カルテット(2CD)と、CD4枚にわたって、ベーシストをこのトーマス・モーガンで揃えてきたのであった。

「現代ジャズ世界ランキング102」
The World Ranking Contemporary Jazz Icons 102 in March 2013 by Niseko-Rossy Pi-Pikoe
(http://homepage3.nifty.com/musicircus/rova_n/rova_r33.htm)
これはわたしの耳の態度表明である。

さて、

クレイグ・テイボーン・トリオ
Chants / Craig Taborn Trio (ECM 2326)

本盤は、TPTトリオ日本公演がなされた同じ月に録音されている。

この新作、1曲目は明らかにジャレット・トリオ、メルダウ・トリオ、ハーシュ・トリオをわたしたちはちゃんと射程に入れてますよ、というアイヒャーの宣言もしくはマーケットへのリップサービスと思ってもいい。ときめくような入りの鳴り、堂々とした余裕を持って舞っている風情。

このクレイグ・テイボーン・トリオは、ECMデビュー前から活動していたんだけど、3者の資質をさらに開花させてこのトリオのECMデビュー・レコーディングは果たされたと見ていい。

このトリオのベースが魔王ウィリアム・パーカーであるセッションがある。そう、わたしたちも年間ベストに掲げた(http://homepage3.nifty.com/musicircus/main/2011_10/)、2011年に発表された『Out of This World's Distortions / FARMERS BY NATURE : Gerald Cleaver, William Parker, Craig Taborn』(AUM Fidelity)、これが、当時すでにこのテイボーン・トリオを録音することになっていたECMアイヒャーに衝撃を与えたことに疑念の余地は無い。パーカーのレーベルでの、このクリーヴァー、テイボーン、パーカーの演奏の強度。

この2枚で、「モーガンVSパーカー」という現代ジャズ・ベーシスト頂上決戦のように聴くことも考えられるが。

YouTube でひと足早く「Cracking Hearts」を聴いていた。「なんじゃこの音場、気配、演奏、立像、響き!想定を上回るものではないですかー、ECMでやった意味意義ありー」とFacebookでシェアしたら、録音界の至宝及川公夫先生が「これは、そうとうに感覚を張り巡らせないと録れない音楽ですね。挑戦したい音源です。音像と空間表現の戦いになりそう。」とのコメント。

クリーヴァーの叩きのヴァリエーションの深化、それはこないだのマーク・ターナー・フライ・トリオ『Year Of Snake』(ECM 2235)でのジェフ・バラードの変化と同質なものを感じる。思えばエリック・ハーランドだってクリス・ポッター『Sirens』(ECM 2258)での中毒性高い加速G感覚打法の封印という変化もあったではないか。ECMアイヒャーに睨まれたクリーヴァー、バラード、ハーランド。

ニューヨーク・シーンのスター・ドラマーたちのECMでの変容/開花の物語は始まったばかりだ。

『ジョバンニ・グイディ・トリオ』


City Of Broken Dreams / Giovanni Guidi Trio (ECM 2274)  

Giovanni Guidi piano
Thomas Morgan double bass
João Lobo drums

City Of Broken Dreams
Leonie
Just One More Time
The Forbidden Zone
No Other Possibility
The Way Some People Live
The Impossible Divorce
Late Blue
Ocean View
City Of Broken Dreams, var.

Recorded December 2012

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(2)

「現代ジャズの新皇帝トーマス・モーガンを重用して、ニューヨーク制圧を決定的にするECMレーベルの現在」(2−3)

最近マイケル・ジャクソン・トリビュート的な作品『On The Dance Floor』をリリースして驚かせたトランペット奏者エンリコ・ラヴァ、この盤はジャズフェス企画の記録だとはいえ、老境ラヴァ(1939〜)の旺盛さにやられる。イタリアはメロディの大国だしな、イタリア・オペラこそがクラシックの本流であったわけだし、アメリカで育ったジャズがイタリア系から得た旋律の遺産も相当なものだろう、なんて大きな風呂敷を広げたな、故ロニー・ジェイムス・ディオはイタリア系だ、それを言いたいのか。

エンリコ・ラヴァのクインテットで活躍する若手ピアニスト、ジョバンニ・グイディ(1985〜)。まさに美メロが指先から溢れるような繊細さだ。経歴を見ると、その中に06年日本のヴィーナスから出した盤がSJ誌で5つ星という記載もある。知らなかった。

ジャケは明らかに菊地雅章トリオ『サンライズ』の色違いというか、同じ Kitami Akiko のクレジット。ベースがトーマス・モーガンであるピアノ・トリオ、というラインで揃えてくる意図があるのだろうか。

一時期のジャレットよりも煌びやかで、ガラスの繊細さをボボ・ステンソンに視るとするなら、上質なシルクの柔らかさを感じさせるグイディのピアノ・タッチだ。ステファノ・ボラーニがイタリアの太陽を内包しているピアニズムだとすれば、そこから質量を抜いてしまった儚さがある。クラシックのピアニストにしても破格なものだろう。

すべてのトラックはグイディの作曲によるものだが、明らかにモーガンのベースがその空間拡張をリードしているインタープレイの力学が聴かれる。可憐さに恍惚となるキラーチューンの2曲目「Leonie」でさえ、モーガンのベースは大胆とも言えるような歌いあげでリードする。演奏の質を別次元にしてしまう。

映画音楽のスキット作曲のようなグイディのメロディ資質がゆえに、このトリオは成立したのかもしれない。ドラムは寄り添うカラーリングに職人のような丁寧さを響かせているばかり。

この類い稀なピアニズムをしっかりと重量の場に繋ぎ止めるのがモーガンのベースだと言える。

美メロ・ピアノ・トリオ界、という括りがあるのかどうか、ジャレットとメルドーを別枠にしたヨーロッパ産のものを指すとして、ボボ・ステンソン、ジョン・テイラーによってECMの王権は揺るがないものである。そこで、このジョバンニ・グイディ・トリオ盤を位置付けようとしてみるが、モーガンのベースの力学的突出性によってうまく収まらないところがある。アメリカとヨーロッパに拘りたいところは無理だな。ボラーニとモーガンでのピアノ・トリオ盤をちょっと想定してみるけど、これはボラーニの推進質量とモーガンの拡張は喧嘩してしまうだろうか。

やはり今回テイボーン・トリオと同時期リリースとしてモーガンの顕現を、菊地雅章トリオ盤とのデザイン揃えとしてモーガンの顕現を、ダブルで意義付けされたと把握するのが正しいようだ。

ECMはイタリアのピアノは制覇しつつある。フランスのピアノにどう触手を伸ばすのかという関心はあるなあ。

『トマシュ・スタンコ・ニューヨーク・カルテット』


Wislawa / Tomaz Stanko New York Quartet (ECM 2304-05)  

Tomaz Stanko trumpet トマシュ・スタンコ(1942〜)
David Virelles piano ダヴィッド・ヴィレージェス(1983〜)
Thomas Morgan bass トーマス・モーガン(1981〜)
Gerald Cleaver srums ジェラルド・クリーヴァー(1963〜)

CD 1
Wisława
Assassins
Metafizyka
Dernier Cri
Mikrokosmos
Song For H

CD 2
Oni
April Story
Tutaj – Here
Faces
A Shaggy Vandal
Wisława, var.

Recorded June 2012

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(3)

「現代ジャズの新皇帝トーマス・モーガンを重用して、ニューヨーク制圧を決定的にするECMレーベルの現在」(3−3)

いやー、たまらん。「ニューヨーク・カルテット」を名乗って、いきなり2枚組か。1曲目のピアノのイントロの鳴りに、数秒でこのセッションのクオリティを知る!、2枚組にならざるを得ないことも分かる。そもそもヴィレージェスはこんな美しいピアノを弾くのか。

そして、トーマス・モーガン。

このベーシストの恐ろしい能力を。その瞬間も、音楽の中心に居るではないか。サイドにまわるとか、サポートするとか、合わせるとか、ついてゆくとか、では、ない。ほぼ主役だろ。主役というのは語弊があるかな。反応が良くて同時に的確に鳴らしている、というのでない、同時どころか先行している、光速を超えている?、書いてて可笑しくなってしまう、こういうふうに弾くベースはこれまであっただろうか。・・・スコット・ラファロ?

まあいい。スタンコのこれまでの作品の系譜として聴くのも良し、どう論評されてもいい、おれはこの盤で「モーガンを聴け!」と言いたい。インナージャケのスタンコ爺の笑顔の理由はわかるよお。スタンコの作品は『Music For K』から70年代ECMの諸作、『尼僧ヨアンナ』『リタニア:コメダ集』『レオシー』『サスペンディド・ナイト』を想起するが、マルチン・ヴァシレフスキ・トリオは素通りしてしまっていたのは経済的理由なりね。

Facebookでオラシオさんというライターのブログを知る(http://ameblo.jp/joszynoriszyrao/entry-11473569640.html)。アルバムタイトルの「ヴィスワヴァ」とは、ノーベル文学賞受賞者で、ポーランド最高の詩人の一人WISLAWA SZYMBORSKA ヴィスワヴァ・シンボルスカのことだとか、スタンコとマイルスとの対比だとか、とても興味深い。

今年70歳になるスタンコ爺のトランペット、円熟の完成形と言えばいいのか?体力裏打ちのあの切り裂くエッジを封印してもなお、輪郭を失わないばかりか・・・。

いやしかし、ECMのピアノの音はいつからこんなに・・・。

こいつはすべてのジャズファンの耳におすすめでっせ、と、断言と同時に、これまたスタンコ・コンポジションという骨格の揺るぎなさの立ち現われに、そもそものECMのテーゼのひとつである「ジャズおよびインプロヴィゼーションを、クラシック音楽が内包するものと同じ"感覚的深さ"と"集中された状態"において捕らえること」(アイヒャー)の見事な具現化とも感じ入るのである。

『ジューン・テイバー』


Quercus (ECM 2276)  

June Tabor voice
Huw Warren piano
Iain Ballamy saxophones

Lassie Lie Near Me
Come Away Death
As I Roved Out
The Lads In Their Hundreds
Teares
Near But Far Away
Brigg Fair
Who Wants The Evening Rose
This Is Always
A Tale From History (The Shooting)
All I Ask Of You

Recorded March 2006

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(4)

絶品だ。春の夜中の月の下で聴いてみてほしい。

ピアノのタッチに、響きに、視界がくらくらする。(ECMのピアノは、ビョルンスタ・ショックという断層が存在する、08年の『The Light』のことだ、未検証だが)

サックスのイアン・バラミーは知ってるよ。全天候型音楽天才ジャンゴ・ベイツを追っかけてたからね、彼の最初のリーダー作『Balloon Man』、自分の名前にひっかけて風船男と名乗るキュートな佳作だ。00年の『Pepper Street Interludes』はスティアン・カシュテンセン、ノーマ・ウインストン参加の忘れ難いセッションで、アウトゼア誌8号(2001)では編集長が林栄一『音の粒』、ワーデル・グレイ・メモリアル1、ミンガス・ダイネスティとともに並べていた。

ジューン・テイバーはブリティッシュ・フォーク・トラッドの女性シンガー。昨年BBCからフォークシンガー・オブ・ジ・イヤーを受賞している。この『Quercus』は06年3月の録音だから随分寝かされていたわけだ。テイバーの『海へ』(2011)、オイスター・バンドとの『Ragged Kingdom』(2011)での受賞を経てリリースされてきたのだろうか。

月光茶房の原田正夫さんがFacebookに投稿したコメント(ここに採録しておきましたhttp://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20130314)で、トラッドの愛好家には大事件なのだと認識もし、勉強にもなりました。

ブリティッシュ・フォーク・トラッドのECMへの登場というと、ロビン・ウィリアムソン(Robin Williamson)の3枚がありますが、マット・マネリやアッレ・メッレル、バール・フィリップスとセッションさせたりと、スティーブ・レイクの英国即興フィールドに定置させるようなプロデュースが光っていました(レイクはECMで、ハル・ラッセルやジョー・マネリ、エヴァン・パーカーなどのリリースを担ってきましたが、このところレイクの制作盤が途絶えているのが寂しいばかり)。[どかん!レイク制作盤がリリースされてた、後述]

スカンディナヴィアン・フォークのフリーフォート(Frifot)の登場もあったが、割と素のままの佳作ではありましたね。

テイバーのこのトリオは、アイヒャーがプロデュースで、「元に居たジャンル/シーンから一旦引き離して、その奏者のポテンシャルを再編成させる」ような手つきを経て、ECM的なサウンドになっている。ヴォーカリストは「歌う存在」から、楽器のように一旦保留にして、他の楽器と対等に奏でさせる意識とでも言おうか。したがって、ここではテイバーの歌と対等にサックスもピアノも映える映える、とても歌の伴奏にとどまらない鳴りを現出させてしまう。

もちろんジューン・テイバーの歌のアルバムなのだが、サックスにもピアノにも同等の表現が課されているかのようなトリオの強度が果たされているのである。泣きのチャールス・ロイド爺を彷彿とさせ凌駕するようなばふばふ系に活きるバラミーのサックス、そしてビョルンスタやシフに匹敵するセンシビティに歌うピアノ。

ジューン・テイバーの『海へ』(2011)のメンバーからアコーディオンもヴァイオリンも抜いて、ピアノをピックアップしたのではないわけだけど、06年の録音だし、このヒュー・ウォーレン(Huw Warren 1962〜)のピアノ・タッチはここでは尋常ではない。

アイヒャーはこのようにテイバーの音楽を聴きたかったのだ。いや、もしかしたら、ターゲットはこのピアニスト、ヒュー・ウォーレンだったかもしれない。いきなり2枚組でヒュー・ウォーレンのニュー・シリーズ作品集が出ても不思議ではない。

『ステファノ・バターリア・トリオ』


Songways / Stefano Battaglia Trio (ECM 2286)  

Stefano Battaglia piano
Salvatore Maiore double bass
Roberto Dani drums

Euphonia Elegy
Ismaro
Vondervotteimittis
Armonia
Mildendo Wide Song
Monte Analogo
Abdias
Songways
Perla
Babel Hymn

Recorded April 2012

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(5)

このイタリアのピアニスト、ステファノ・バターリア(1965〜)はECM第5作目、このピアノ・トリオでは2作目。

これもまた尋常ではない1曲目12分11秒。ヨーロッパ・ジャズのピアノ・トリオとして聴いては、とりとめもなく着地しないだろう。いわゆるジャズ・ピアノの妙味、スリルには居ない。料理長アイヒャーも予期しなかった「ちょっといいんでね?」トラックがこれだ、たぶん。

クラシックも弾くバターリアは60枚以上のCDに名を連ねている。ピアノ・トリオとして本盤と異なるサイドメンにて『The Book of Jazz Vol.1』(2000)、『同 Vol.2』(2002)を発表しており、ジスモンチ、ジャレットやヘイデンの曲も並べているし、相当のECM好きでもあるようだ。年齢的にもECMで育ったピアニスト。

いきなり表題曲「Songways」でキース・ジャレット・トリオ以上にキース・ジャレット・トリオしているのも、唐突で器用で見事だったりする。真似っこアルバムを問う遊び心もバターリアにはあってほしいとちょっとだけ期待する。

この器用さがバターリアの身上であり、数音鳴らせば個性が聴き取れるヴァーチュオーゾではない、デリケートなコンポジションの多様性に自身が消失してしまう資質に、アイヒャーとのスタジオ・ワークの歓びが読めるような録音となる。隅々にまで書き込まれているコンポジションをたどる的確な指先。ジャズを感じさせるインタープレイ成分と先の読めなさは希薄であって、揺らぎ進むコンポジションの海原をラインを描くようなありように惹かれ続けてしまう。つねにアイヒャーに見つめられている緊張感が、演奏をリラックスさせないでいる。安易な解決やクリシェに陥ることなぞ許されない息詰まる持続。

そこが、美しくたゆたう万華鏡のような作品と言えば済む次元から一歩踏み出していると感じられる。

同じイタリアのピアニストによるトリオだが、モーガンをベースに据えたジョバンニ・グイディ・トリオとは対照的。ヨーロッパ的であり、耳の意識をヨーロッパに埋没させて浮上するように耳に響かせると、その特質の持つソリッドなアクチュアリティが感じられる、そういう作品だ。

『キース・ジャレット|ゲイリー・ピーコック|ジャック・ディジョネット/サムホエア』


Keith Jarrett Gary Peacock Jack DeJohnette/Somewhere(ECM2200)  

 

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(6)

おおー、これはヨーロッパやね、ヨーロッパ。どこやろ、09年7月、スイスのルツェルン。

キース・ジャレット・トリオ「スタンダーズ」の結成30周年記念でのリリースという。ECM番号も2200番が与えられている。2100番はガルバレク・グループのライブ盤、2000番は欠番、1800番と1900番はジャレット・スタンダーズ、1700番はガルバレク〜ヒリヤード『ムネモシネ』、1600番はゴダールのサントラ『ヌーヴェルヴァーグ』、1500番はガルバレク・グループ『Twelve Moons』・・・記念すべき盤に00番は与えられている、・・・

何度でも書くが、ジャレットはその土地や観衆や風土からのインスピレーションで奏でることのできる20世紀でも稀有な演奏家なのだ、まずは。

ジャレットには、アウェーもホームもない。サンベア・コンサートLP10枚組なんて、京都・大阪・名古屋・東京・札幌を憑依して弾き分けた偉業なのだがね。10中8・9は鼻で笑われるような指摘だ(その街を想い描きながら深く聴取したからそう聴こえた青春期だろ?)。

84年にスタンダーズで王道に出てきた以前は、ジャレットはソロ・ピアノが売り物のイカモノ扱いだったのだよ、若いひとは知らないようだけど。そうでしたよねえ、50越えのジャズファンの皆さん。今となっては、スタンダーズの開花のためにあったソロ・ピアノ時代とすんなりと言えてしまうようなところがある。ソロ・ピアノ、まだ演ってるけどね。

09年7月の録音というから、ソロ『リオ』のリリースを、公演の熱狂に興奮して順序を逆にしてまで急遽発表したときに遅らされたトリオのライブってこれだったのか。

いや、やはりジャレットは風土を憑依するプレイヤーなのだ。ソロ『リオ』へのわたしの妄想(http://www.jazztokyo.com/five/five837.html)は正しい、トラック5がそれだ。

さて、『サムホエア』。

1曲目のソロを走らせながら、ゲイリーのベースがインするまでのさすがの名人芸、これはうまくいってるな!わかっちゃいるけどやめられない、衰えてない!興奮しちまうな。

3曲目のイントロ、音を抜かしながら輪郭のポイントを突いてゆくような痙攣美の手法、というのか、このパターンはつぼだわ!抗い難いジャレットの魅力はまだまだ健在ではないか。

ニフティのECM会議室で板頭さんをしていた友人が、3年前のゲイリーの衰えには泣けてきたと書いてましたが、今年の公演では元気だったようです。スタンダーズは今年で最後の来日だとアナウンスされていたのですね。ゲイリーも78さいだよ。キースは68、ジャックは70。スタンダーズ30周年。

昨年のECMで一番売れたのはジャレットのヨーロピアン・カルテットのお蔵出しライブ『スリーパー』2CDだったという。今こそ傾聴すべき内容の演奏だったことは、疑いない。だけれど、充実した近年のECM諸作が勝ててないというのはちょっと寂しい。

これで最後と言っても何度も復活するジャレットたちであるから、また来日してください。

いいかげんスタンダーズじゃない組み合わせで弾いてほしいとか、今のヨーロピアン・カルテットで録音してほしいとか、トーマス・モーガンとスタジオで対峙してほしいとか、ないものねだりを書きたいつもりでいたけど、けして『スティル・ライブ』や『ウィスパー・ノット』を凌駕する水準ではない『サムホエア』は、やはり全体の完成度というのか、09年時点ではパーフェクトな仕上がりなのだと実感する。切り札はすべて並べてある。これ以上、何を望むというのだ。

『ルシアン・バン|マット・マネリ/トランシルヴァニアン・コンサート』


Lucian Ban / Mat Maneri
Transylvanian Concert (ECM 2313)
 

Lucian Ban piano
Mat Maneri viola

Not That Kind Of Blues
Harlem Bliss
Monastery
Retina
Nobody Knows The Troubles I've Seen
Darn
Two Hymns (In memoriam Maria Voda)

Recorded live June 2011

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(7)

ルシアン・バンとマット・マネリの盤がECMから出るとアナウンスをきいて、わたしは即座に「さてはアイヒャーは『Enesco Re-Imaged』を聴いたんだな、さすが手を伸ばしたな」と、よろこんでいた。

タガララジオ17(http://www.jazztokyo.com/column/tagara/tagara-17.html)の<track 098>で取り上げたこの盤は、益子博之さんの四谷いーぐる連続講演「NYダウンタウンを中心とした2010年上半期の新譜特集」のラストで知ったのだった。それにしても凄まじい選曲だな(http://www.enpitu.ne.jp/usr/bin/day?id=7590&pg=20100721&pg=20100721)、こういう歴史はきちんと残して伝えなければ。

ルーマニア出身のバンが同じルーマニア出身の作曲家ジョルジェ・エネスクを素材にした意欲的なライブ盤、『Enesco Re-Imaged』(sunnyside)。
Ralph Alessi - trumpet; Tony Malaby - tenor sax; Lucian Ban - piano; Albrecht Maurer - violin; Matt Maneri - viola; John Hebert - bass; Gerald Cleaver -drums; Badal Roy - tablas, percussion.
recorded live at 2009 George Enesco International Festival, Bucharest, Romania on September 20, 2009.
しかし、すごいメンバーだ。バダル・ロイのタブラがおれには余計だが。1曲目の「アリア」は絶品だった。アイヒャーがこれを狙うというのは至極当然のように感じられた。

しかして、本盤。これは、ルシアン・バンとマット・マネリのルーマニアはトランシルヴェニアでのライブ盤であった。プロデュースはバンとスティーブ・レイクが担っている。英国即興のアンテナに鋭いレイクは、ジョー・マネリやロビン・ウイリアムソン、エヴァン・パーカーなどの企画物に批評性を見せていたが、ライブ録音というとジョン・サーマンとジャック・ディジョネットのデュオ・ライブ傑作『インヴィジブル・ネイチャー』(ECM1796)があったか。

ライブ音源を提案してきたところを、レイクとバンを組ませて任せたか。

微分音温泉ジャズの鬼才ジョー・マネリ(サックス、クラリネット)と、一子相伝であるマット・マネリ(ヴィオラ)。これまでこのラインを、アイヒャーは手がけていない。

サニーサイド・レコーズから『Enesco Re-Imaged』を買い取って、ECMからリリースするというのも、ありだ。

ルシアン・バンとマット・マネリの演奏のクオリティは高く、エネスクの作品は取り上げられていないものの、互いのコンポジションを持ち寄ったインタープレイが素晴らしい。ジャケはまるで夜中の雪原にふたつの不思議な動物に遭遇したイメージを喚起しているが、ジャズでもインプロでもクラシックでも捉え切れない二人の演奏の像と一致している。

これは、序章に過ぎない。スタジオでの化学変化、アイヒャーのサジェスチョンを得てのふたりの変容なり、が、聴かれるはずだ。

『ニコラス・マッソン|ロベルト・ピアンカ|エマヌエレ・マニスカルコ/サード・リール』


Third Reel (ECM 2314)  

Nicolas Masson tenor saxophone, clarinet
Roberto Pianca guitar
Emanuele Maniscalco drums

After All
Furious Seasons
Orbits
Improvisation 2
Bley
Neuer Mond Prologue
Improvisation 5
Miserere
Freeze
Fasten
Ginkgo
Sparrow
Spectrum
Eleventh Winter Tale
Improvisation 4
Neuer Mond

Recorded February 2012

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(8)

ほんとだ!モティアン・サウンドが、なぜにスイス=イタリア・ジミージュフリースタイルトリオに降臨しているのだろうか!

昨日は、

村井康司さんのトークイベント「cosey corner vol.1 アメリカン・ブラック・ミュージックのルーツをさぐる (アフリカ、カリブ、アイルランド…そしてアメリカへ)」@グラウアーズGrauers(神保町)、約20名満員御礼状態。興味深い音源の波状体験。コージーコーナーというネーミングも楽しい。

JAZZBRAT(鈴木正美、岡島豊樹)さんのトークイベント「ポスト・クリョーヒン・スタディーズ2013 no.1:モスクワ最新動向、新譜disc他」@サウンドカフェ・ズミ(吉祥寺)、21名満員御礼状態。なんだこの熱気は。ロシアは来てるのか。

を、ハシゴしてきたのだが、益子博之さんにこの盤のことを耳打ちされたのだった「ベースレスのジミー・ジュフリー構成のトリオ、あれはモティアンのサウンドですよ」、このジャケで欧州プレイヤーなのに?

うへー、カッコいい。2曲目の抑えた轟音ギターを撒き散らしながら、これはまさにモティアンの叩きでもあるし、まったくロヴァーノ=フリゼール=モティアンの80年代「現代ジャズの源流=速度の第二定義革命」を起こした彼らの衣鉢を継ぐような爽快さではないか。

フリゼールやヤコブ・ブロのこんにゃくギター・タイプではなく、リピダルみたいなギター・キッズなスイッチが入るところもちょっと小気味いい。

ここには、アメリカもヨーロッパもないという手触り。このことは、よく聴きながら考えたほうがいいかもしれない。

80年代ECMレーベルの全体に漂っていたこのノータイムで交感的なアトモスフィアの濃厚が、やがて現代ジャズの潮流になるとは。

わたしたちが「世界を再編する静寂」(http://tower.jp/article/feature/2011/11/07/eg_manfred_eicher)で記した、「つねに現在進行形で変貌と深化を遂げる現代のジャズ。気がつけば本場アメリカのブルーズの求心力を失い、ジャズ本来の別の可能性である遠心力に活路を見出そうとしたとき、ECMは突然、周縁でありながら中心でもあるという奇妙な重力場へとせりだしてきた。」という核心のフレーズは、このテキスト全体を見渡して僚友・堀内宏公がすっとマイルスのペットのように潜ませたものだった。

音楽は、わたしやあなたや彼らが勇敢に綴る言葉の中にある。音楽は演奏者と聴く者がいなければ成立しない。そしてわたしたちはやがて、演るもの、聴くものをこえて音楽そのものになってゆくようにできている。

不思議だ。ポール・モーシャンがここにいる。

『ユリア・フルスマン・カルテット/イン・フル・ヴュー』


Julia Hülsmann Quartet
In Full View (ECM 2306 )
 

Julia Hülsmann piano
Tom Arthurs trumpet, flugelhorn
Marc Muellbauer double bass
Heinrich Köbberling drums

Quicksilver
Dunkel
Gleim
Forever Old
Spiel
Richtung Osten
The Water
Forgotten Poetry
Dedication
Snow, melting
Meander
In Full View
Nana

Recorded June 2012

 ニセコロッシ「ECM新譜レビュー・ツアー」(9)

今回のECMレーベル9枚連続レビューをこれで締めにすることにしよう。

ドイツの女性ピアニスト、ユリア・フルスマンは『German Jazz Award』を受賞してECMデビュー『The End Of A Summer』ピアノ・トリオ盤をリリースしていたのだったか。ちょっとピンとこないでいたピアニストだったが、ここでトム・アーサーズというトランペットが加わってのカルテット演奏は実にいい。

ちょうどトマシュ・スタンコの同編成ニューヨーク・カルテットが出ているから、これとの対比でみると、いや比べてしまうのはあちらのインプロヴァイズのレベルの高さ、現代ジャズ世界ランキング1位のトーマス・モーガンががっちり瞬間拡張し続ける横綱盤との対比はキツいかもしれないが。

いや、このフルスマン・カルテットの4者の力量のバランスの良さなのだ。

トム・アーサーズのトランペットのクオリティは、ヨーロッパにもクリス・ボッティは居るではないか?と口をついて出る馥郁さだ。よりによってクリス・ボッティなのか?とハードコアなリスナーは口を歪めるかもしれない。わたしにはスムース・ジャズに対する言われなき偏見はない。

これはECMレーベルの枠組みをはみ出るような盤にも思えるし、隅々までECMが培ってきたサウンドのテクネーに覆われているものでもある。そして、これがヨーロッパ産のホーンカルテットだとは判定できないような、アメリカ/ヨーロッパという感性の断層を止揚するようなところがある。

アメリカ産はやたらタイコがアドレナリンを上げる自己主張で鬱陶しいし、ヨーロッパ産はクラシック・コンプレックスの非力さに留まるし、を、克服しているから?

だろうか。

カルテットの4者の力量のバランスの良さは、4者がそれぞれコンポジションを持ち寄っていることにも、最初のリハーサルで化学反応が起こったという彼らのコメントにも現われている。つまりはこういうことだ、スター・プレイヤーの集合でなくとも相性の良さで大西洋は越えられる。全13曲、70分強、詩情とテンダネスに横溢した考え抜かれた丁寧な演奏が続く。

スタンコ・ニューヨーク・カルテットに最上級のジャズの顕現を宣言しながら、ともに並べてフルスマン・カルテットを手放せないでいる理由はそこにある。

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FIVE by FIVE 注目の新譜


NEW1.31 '16

追悼特集
ポール・ブレイ Paul Bley

FIVE by FIVE
#1277『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』(ピットインレーベル) 望月由美
#1278『David Gilmore / Energies Of Change』(Evolutionary Music) 常盤武
#1279『William Hooker / LIGHT. The Early Years 1975-1989』(NoBusiness Records) 斎藤聡
#1280『Chris Pitsiokos, Noah Punkt, Philipp Scholz / Protean Reality』(Clean Feed) 剛田 武
#1281『Gabriel Vicens / Days』(Inner Circle Music) マイケル・ホプキンス
#1282『Chris Pitsiokos,Noah Punkt,Philipp Scholtz / Protean Reality』 (Clean Feed) ブルース・リー・ギャランター
#1283『Nakama/Before the Storm』(Nakama Records) 細田政嗣


COLUMN
JAZZ RIGHT NOW - Report from New York
今ここにあるリアル・ジャズ − ニューヨークからのレポート
by シスコ・ブラッドリー Cisco Bradley,剛田武 Takeshi Goda, 齊藤聡 Akira Saito & 蓮見令麻 Rema Hasumi

#10 Contents
・トランスワールド・コネクション 剛田武
・連載第10回:ニューヨーク・シーン最新ライヴ・レポート&リリース情報 シスコ・ブラッドリー
・ニューヨーク:変容する「ジャズ」のいま
第1回 伝統と前衛をつなぐ声 − アナイス・マヴィエル 蓮見令麻


音の見える風景
「Chapter 42 川嶋哲郎」望月由美

カンサス・シティの人と音楽
#47. チャック・へディックス氏との“オーニソロジー”:チャーリー・パーカー・ヒストリカル・ツアー 〈Part 2〉 竹村洋子

及川公生の聴きどころチェック
#263 『大友良英スペシャルビッグバンド/ライヴ・アット・新宿ピットイン』 (Pit Inn Music)
#264 『ジョルジュ・ケイジョ 千葉広樹 町田良夫/ルミナント』 (Amorfon)
#265 『中村照夫ライジング・サン・バンド/NY Groove』 (Ratspack)
#266 『ニコライ・ヘス・トリオfeat. マリリン・マズール/ラプソディ〜ハンマースホイの印象』 (Cloud)
#267 『ポール・ブレイ/オープン、トゥ・ラヴ』 (ECM/ユニバーサルミュージック)

オスロに学ぶ
Vol.27「Nakama Records」田中鮎美

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説
#4『Paul Bley /Bebop BeBop BeBop BeBop』 (Steeple Chase)

INTERVIEW
#70 (Archive) ポール・ブレイ (Part 1) 須藤伸義
#71 (Archive) ポール・ブレイ (Part 2) 須藤伸義

CONCERT/LIVE REPORT
#871「コジマサナエ=橋爪亮督=大野こうじ New Year Special Live!!!」平井康嗣
#872「そのようにきこえるなにものか Things to Hear - Just As」安藤誠
#873「デヴィッド・サンボーン」神野秀雄
#874「マーク・ジュリアナ・ジャズ・カルテット」神野秀雄
#875「ノーマ・ウィンストン・トリオ」神野秀雄


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