#  1019

『TReS/ESCUALO(エスクアロ)〜 Dedicated to Astor Piazzolla』
text by 悠 雅彦


ンバギ・レコード〜ボンバ
N-012 \2,625(税込)

TReS: 
永田利樹 (bass)
RIO (baritone sax)
早坂紗知 (alto sax)

1.エスクアロ   
2.クローズ・ユア・アイズ・アンド・リッスン・バイ
3.アビス  
4.フーガ9   
5.バーニーズ・チューン
6.テイク・ケア・オヴ・オール・オヴ・マイ・チルドレン
7.リベルタンゴ

永田・早坂夫妻とRIOのピアソラへの思いが実った聴きごたえある素敵なアルバム

 のっけからバリトン・サックス奏者RIO のプレイぶりから本CDの話を始めるが、それには訳がある。RIO とは永田利樹と早坂紗知夫妻の愛息。彼のプレイぶりについては本Jazz Tokyoの巻頭文で今年の3月に書いた<食べある記>で触れたが、幸運だったというべきかそのときの強烈な印象が脳裏に残ったままの状態で、本作の彼のプレイに滑り込んでいくことが出来たからだ。と言って、RIOが今いくつなのか正確なことは実は知らない。ただ、両親から注がれる愛情を一身に受けて、音楽への情熱を育んできた素直にして、しかし自主性を決して疎かにしない芯の強さを持つ青年として自立した道に目覚め、その信念のもとにプレイヤーの道を選んだ潔さを感じ取ることができた。彼が何故バリトン・サックスを無二の楽器としたかすらも実は知らないが、両親が現役のプレイヤーであるという特異な環境に育ちながら、伸びのびと才能を開花させていったことが、センスのいいそのプレイぶりから窺い知ることが出来る。
 TReS は永田利樹と早坂紗知夫妻、および子息のRIOの3者で組んだ、文字通りのピュアな親子グループ。TReS はむろん、TOSHIKI のT、RIOのR、そして(e) SACHI のSを繋ぎあわせたもの。フランス語ではTres といえば「とても」の意だが、ラテン語系では Tres は3。小気味よく通じ合っている。キューバのソンという音楽に使われる小振りのギターもTres というが、それやこれやでトレス(TRES / TReS )という呼称は親近感を喚起するにとどまらず、そのうえ3人の親子がアストル・ピアソラの音楽に私淑していることとも深く共鳴しあっており、そう考えたときピアソラに捧げた TReS 名義のこの作品への3者の思い入れのほどが強く演奏を貫いていることに納得させられた。1人の特定の音楽家に演奏を献呈する場合、彼が生まれ育った国を肌身で接しているのといないのとでは違う。アルゼンチンに生まれ、米国でも音楽教育を受けてジャズの手法やスピリットを吸収し、自国のタンゴに新しい血を注ぎ込むことに生涯を賭けたアストル・ピアソラの音楽に傾倒してやまない夫妻が、ピアソラに捧げるこの作品を吹き込むに当たって何度か地球の裏側にまで出かけたのは当然だが、そうした努力や献身なくしてはこれほどに音楽的にも充実し、細部にわたって愛情のこもったこの1作は生まれ得なかったと思う。アルゼンチンに住んで夫妻を受け容れたHiro & Masa(日本語の記載がない)夫妻の寄稿文によると、RIOなどは首都から2800キロも離れたパタゴニアの町に単身投宿し、1年間の生活でスペイン語を習得したとか。恐らくRIOという男はタンゴを超えてスペイン音楽や文化へのアプローチに自身の関心を注入したのだろう。夫妻も昨年5月から1ヶ月半ほどブエノスアイレスに滞在し、ときには単独でライヴ演奏を試みたりして追っかけの女性ファンを生むほどの注目を浴びたそうだが、この1作はまさにその成果。永田・早坂夫妻とRIOのピアソラへの思いが実った聴きごたえある素敵なアルバムとなった。
 アルバムはピアソラの「エスクアロ」(鮫)で蓋を開ける。Hiro & Masa 夫妻が薦めた曲だというが、文字通り夫妻のピアソラに向けた眼差しの暖かさが一直線で飛び込んでくる。主題部を構成するアルト、バリトン、ベースのコンビネーションの面白さといい、アンサンブルの気持の通わせ方といい、親子ならではのスムースな展開に引きずり込まれる。
 収録曲7曲のうちオープニングの(1)、(2)、(4)、(7)がピアソラ作品。(3)は永田利樹のオリジナル。(6)はトム・ウェイツの作品。そして(5)がむろんバリトン・サックス奏者ジェリー・マリガンの最も世に知られたオリジナル。「BUDDY」で初めて聴いたとき、RIOがマリガンの信奉者であることを知った曲だが、フリーな展開にまで達する彼の振幅の激しいプレイは、一方でいかにして世紀のバリトン・サックスの偉才を乗り越えるかの課題に立ち向かっている彼のプレイヤー気質を示しているかのようだ。マリガンは生前、ピアソラとの共演吹込も行うほど親しい間柄にあった。マリガンに傾倒するRIOが本作の吹込曲に「バーニーズ・チューン」を選んだのはむしろ微笑ましいというべきか。実際の演奏ではフォー・ビートにのってRIO が先陣を切って闊達なソロをとるが、ここではむしろ早坂のソロの方に軍配をあげたいと思うほど、彼女の年季の入った実に伸びやかなソロが印象深かった。
 演奏としては「エスクアロ」に続く「クローズ・ユア・アイズ・アンド・リッスン」、永田のソロで開始する「アビス」、そして「フーガ」へと展開する前半が素晴らしい。「クローズ・ユア・アイズ〜〜」はまるで3者のライン(ベースはアルコ)が織りなす美しい織物を彷彿させるが、のみならずピアソラ作品でかくもフレッシュなバリトンのソロが聴けるとは想像もしていなかっただけに RIOの繊細なプレイが早坂の思いのこもったエモーショナルなソロと対照的で聴きものとなった。永田の冷静なトーンを思えば、むしろ3者3様のプレイぶりだったというべきだろうが、個人的にはアルト・ソロの終盤でバリトンが絡むくだりがタンゴ独特の郷愁を感じさせて気持良かった。
 また、藤井郷子オーケストラでも永田の縁の下の力持ちぶりにはいつも感心させられるが、このTReS でも彼の下支えはいつも以上に力強い。気合いが入っているのだろう。それは彼のオリジナル・ワルツ曲「Abyss」でのプレイにも発揮されていた。しかし、何といっても聴きものはこの後の「フーガ」で、演奏の出来じたいでも「エスクアロ」や「クローズ・ユア・アイズ・アンド・リッスン」と甲乙つけがたい。バリトン・サックスのラインにアルトが入って構成されるフーガの快感に酔うほどに聞き惚れた。パリでナディア・ブーランジェに師事したピアソラの作曲技法の闊達さが、生前彼の5重奏団の演奏したオリジナル演奏を聴くと、各楽器が担う旋律が対位的に繰り返されていく展開に明らかだが、TReSの場合は3人編成なので3重フーガとして処理した彼らの手腕に感心しながら聴いた。ピアソラのタンゴはいわばジャズのバップに比肩すべきところがあって、クラシックの音楽的技法とジャズの語法を融合させた手法による鑑賞音楽としての新次元のタンゴといってよく、その意味ではジャズの手法と感覚でアレンジしうる面白さを秘めている。さて、ピアソラがこれを泉下で聴いて何というだろうか。最後のピアソラの代表曲「リベルタンゴ」には気持よくうなづいてくれたのではないか。個人的な意見を言わせてもらえば、ピアソラならこの3重フーガには惜しみない喝采を送ってくれるような気がする。(悠 雅彦/2013年8月5日記)

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