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ミルバ&アストル・ピアソラ/ライヴ・イン・トーキョー1988
text by Minoru AIHARA

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バウンディ/B.J.L. DDCB-13012/13 (2枚組) ¥3,360円(税込)

ミルバ(vo)
アストル・ピアソラ新タンゴ五重奏団
アストル・ピアソラ(bandoneon)
パブロ・シーグレル(pf)
フェルナンド・スアレス・パス(vl)
オラシオ・マルビチーノ(electric g)
エクトル・コンソーレ(b)

録音:東京・中野サンプラザホール(1988年6月26日)

    Disc1:
  1. タンゲディアIII
  2. わが死へのバラード(6時が鳴るとき)
  3. ルンファルド
  4. 迷子の小鳥たち
  5. もしもまだ
  6. ブエノスアイレスの夏
  7. 孤独の歳月
  8. ロコへのバラード
  9. ムムキ
  10. ミケランジェロ70
    Disc2:
  1. 行こう、ニーナ
  2. 忘却(オブリヴィオン)
  3. チェ・タンゴ・チェ
  4. アディオス・ノニーノ
  5. 3001年へのプレリュード(私は生まれ変わる)
  6. フィナーレ“ブレヒトとブレルの間で”
  7. 天使の死
  8. ミルバの挨拶
  9. ロコへのバラード (アンコール)
  10. チェ・タンゴ・チェ (アンコール)

これほど流布しているピアソラの音楽だが、自分のすぐ脇をこれほど生々しい体感をもって吹き抜けていった経験は初めてだった。レコーディング音源は、1988年6月26日に東京の中野サンプラザ・ホールで行われたミルバとピアソラのライヴ。ピアソラ最後の来日公演にあたる。解説によれば、その模様はNHKが録画し、45分の特集に編集されてオンエアされたが、全体を収めた音源は、その有無さえも不明だったという。新タンゴ五重奏団を従えてやってきたピアソラは日本ツアーを終えた後、トルコ公演の他は未完映画の録音に携わったくらいで、2ヶ月後に以前から体調悪化の要因となっていた心臓のバイパス手術を受け、その際に五重奏団を解散してしまっている。ピアソラの絶頂期をいつと限定するのは難しい。だが、少なくとも1984年秋にパリで始まったミルバとの共演ツアーは、ピアソラの音楽にいま一度熱帯の夜に眼を光らせる獣の匂い立つ鼓動を与えたに違いない。そのことを、2009年2月にカセットテープとして発見されたというこの幻の音源は、臨場感をもって確信させてくれる。

冒頭4曲にして、すでにミルバとピアソラは強靭な経験を礎にしたズシリとした存在感を打ち放ってくる。最初の「タンゲディアIIII」の五重奏団の切れ味鋭いリズムは、迫り来る何物かを感じて緊張を走らせるかのようだ。そして、2曲目の「わが死へのバラード」が1960年代のモダニズムの光を前奏にきらめかせると、ミルバの歌が闇から静かに頭をもたげる。ピアソラといえば、クレーメルやヨーヨー・マらの影響もあって、興味は器楽曲に偏っていたが、今回はミルバの歌を通して開示されるピアソラの音楽の豊穣な言語性に心は酔いっぱなしだった。それはミルバの表現力が、詩的というより演劇的なことにもよるが、このライヴを聴いていると、ミルバの歌の身振りに五重奏団のメンバーが引き込まれ、饒舌にして繊細な抑揚でヴォーカル・アンサンブルさながらにピアソラの音楽を織り上げている。歌にスアレス・パスのヴァイオリンが絡むとまさにデュエット。「ロコへのバラード」はピアソラをして、ミルバ以上に上手くは歌えないと言わしめた歌だが、どこか大げさすぎる気がして、伸びた背筋を感じさせるアメリータ・バルタールの方が好きだった。しかし、今やピアソラの音楽とミルバの歌が結合した時の真価に開眼。もし、ピアソラがミルバを念頭にオペラを作っていたら、21世紀に新しいオペラの水脈がひとつ生まれていたかもしれない。そう思わせるほど、プロデューサーの力量によって日の目を見たこの1988年の東京ライヴは、聴き応え十分である。(相原穣)

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