#  788

『Tigran Hamasyan/a fable』
text by 若林 恵


Verve/Emarcy

Tigran Hamasyan (p, vo)

1. Rain Shadow
2. What The Waves Brought
3. The Spinners
4. Illusion
5. Samsara
6. Longing
7. Carnaval
8. The Legend Of The Moon
9. Someday My Prince Will Come
10. Kakavik (The Little Partridge)
11. A Memory That Became A Dream
12. A Fable
13. Mother, Where Are You?

プロデューサー:Michel Dorbon
録音:John McEntire@Soma Electronic Music Studio,Chicago、2009年5月4日、5日

「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の欄は、日本のアマゾンを見ている限りにおいては、あまり役に立ったことがないのだが、お客さんの絶対数が圧倒的に多いせいか、USのアマゾンのそれは紹介されているアイテム数も多くて実に役に立つ。というわけで、その晩、ぼくはヴィジェイ・アイヤーの新作「Tirtha」を買ったついでに、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」をチェックしていたのである。ヴィジェイ・アイヤーのこの盤に関連づけられたおよそ100枚のCDのなかに、本作の主人公の名をみつけたというわけだ。色んな経緯からアルメニアに興味があって目に留めることとなったのだが(システム・オブ・ア・ダウンのファンなもんで)、苗字の最後につく「an」の文字をめざとくみつけて(セルジュ・タンキアン、ダーロン・マラキアン、アトム・エゴヤン、キム・カシュカシアンなど、アルメニア人の苗字は「アン」の音で終わるものが多い)、このアルメニアンの俊英の存在を見逃さなかったのはわれながら慧眼といえる。

そこで買ったのが、ティグラン・ハマシアン率いる「Aratta Rebirth」というバンドの作品で、これがピアノとゴリゴリのメタル・ギターが奏でる変拍子のリフのうえを、サックスと女性ボーカルが雄たけびをあげながらかけめぐるというなかなかの珍品だったわけだが、珍品というのはあくまでも謙遜であって、アタシ的には、これは「WTF!?」な、最高に狂ったジャズ/プログレ/へヴィロック・アルバムだったわけだ(曲によってはメシュガーみたいですから、マジで)。

調べてみると、ハマシアン氏は、13歳の頃からすでにチック・コリアの目に留まったり、若手の登竜門として昨今プレゼンスが際立つ「セロニアス・モンク・コンペティション」の2006年の受賞者だったりして、ジャズ界における大注目株だということがわかるのだが、そういう(いわば)優等生が、ひずんだメタル・ギターを横にガンガンにヘッドバンギングしながらピアノを叩きまくってるというのはなんとも頼もしいことと思える。3歳の頃からツェッペリンとディープ・パープルを口ずさんでいたというから、さもありなんではあるのだが、なんにせよ、かつてだったら変り種とされていたであろうこうした才能が、いまやコンペの1位を獲得するほどまでにメインストリームの感性もさまがわりしているということを、この人の来歴は雄弁に物語っているとも言えそうだ。だってジャズピアニストといっても、全然ジャジーでないですから。

そんな注目の異才がフランスのヴァーヴからピアノソロ作品でメジャーデビューを飾ったのが今年の2月。ポロロンポロロンと、普通に「ジャズ」を弾かれちゃったりしたらイヤだなあと、聴く前にはいささか懸念もあったのだが、どっこい、アルメニア出身の早熟の才人は凡庸なリスナーの予想を軽く超えていく。
オルゴールを思わせるひそやかな小品ではじまったかと思えば、続く曲ではスピーディかつ変則的なメロディの上に突然口笛とハミングをかぶせて音風景を一変させてしまうような反則技を平然とやってのける。グルジェフの曲を切々と奏でたかと思えば、次いでフォーキーに自作曲を歌ってみては、さらに母国語で民族色豊かなチャントを聞かせ、そこから異教的なハーモニーで「いつか王子さま」を奏じてみせるという多芸ぶり。もちろん、アルメニアの大作曲家コミタスが採集したアルメニアの古謡や、中世より伝わるアルメニアの聖歌も収録されて、大盤振る舞いといえばそうなのなだが、八方美人なところは微塵もなく、凛としてどこかメランコリックなトーンのなかに、アルバム全体が収斂している。

内容的にこれを果たしてジャズと呼ぶべきかは大いに悩ましい。実際、聴いたあとの感触は美しい映画のサントラのようであって、アルバム全体が、単なる「演奏」のプレゼンテーションではなく、起伏に富んだ一幅の絵か、一篇の長編詩であるかのように感じられる。「寓話」というタイトルはおそらくその辺のことを意識してのことだろう。ピアノと声と少しばかりのパーカッションだけを用いて、ハマシアンは、ジャズから現代音楽、民俗音楽、そしていまどきのフォークロックといった多種多様な語彙・感性を出し入れしながらマジカルな物語を織り上げてみせる。

個人的には、ヴァシリス・ツァブロプロスのグルジェフ曲集や、キム・カシュカシアンとティグラン・マンスリアンのアルメニア曲集を強く思い浮かべたが、これらのストイックでシリアスなECMの諸作とくらべるとどこかポップなところもあり、その独特にバロックな音作りは、誤解を恐れずに言えばどこかティム・バートン的なおとぎ話風サイケデリアを湛えているようにも聴こえる。

そんなわけで、ぼくは本作を、素晴らしく音楽的なポップ・インスト・アルバムとして心行くまで楽しんだ。それはピアニストとしてのティグラン・ハマシアンというよりも、ストーリーテラーとしての彼を堪能したということになるのではないかと思う。あえて彼の出自にこだわるならば、民族の(重く、暗い)歴史を背負った物語や風景が映しこまれた一冊の絵本として本作を聴くことも可能だろうが、あえてそこにこだわらなくとも、アルバムのすみずみにまで豊かな物語性が息づいているのはたちどころにわかるはずだ。

うっかりピアノがうまいだけに、「超絶技巧」なんて言い方で、その才能がプレイにのみフォーカスされてしまうことがあるのとしたら、ちょっと残念に思う。そうしたばかげた評価をあえて避けるためにも、もし幼少時代にピアノに触れずに、代わりにギターを手にしていたら、ティグラン・ハマシアンは一体どんなミュージシャンになっていただろうと想像してみるのは個人的にはちょっと楽しい。

ジェフ・バックリーやエリオット・スミスのような、ヴィジョナリーなソングライターになっていたか。あるいはカエターノ・ヴェローゾがブラジル音楽においてやったことをアルメニアの音楽の土壌のなかでやってみただろうか。それとも、ザッパになっていたか、はたまたアルメニアのキング・クリムゾンかレディオヘッドのようなバンドを率いていただろうか・・・って勝手な夢想をめぐらせているうちに、いつのまにか話が冒頭に戻ってしまう。そうでした。ハマシアンは、すでにそういうバンドを率いていたのでした。なので、この人をロックミュージシャンと規定してもあながち間違っているわけでもなく、結局のところ、この感性を「ジャズ」とか「ロック」といったジャンルで規定すること自体が無意味だということになろう。

なんにせよ、いまのご時世、音楽の地平を新たに押し広げていくことになる新たな才能は、予想だにしないところから、予想だにしない感覚をもって飛び出してくるというのが相場だ。それをいちいち20世紀のジャンル分けやタームでわかった気になろうとしても、どだい無理な話なのだ。たとえばヴィジェイ・アイヤー from インディア。あるいはヤロン・ヘルマン from イスラエル。はたまたアンドレ・メーマリ from ブラジル。そしてティグラン・ハマシアン from アルメニア。それをつかまえようとする言葉をはるか遠くに置き去りにしながら、21世紀の「ジャズ(仮)」はますます面白いのである。(若林 恵)


Aratta Rebirth
http://www.youtube.com/watch?v=8ZcrlVu0q50&feature=related
http://www.youtube.com/watch?v=cwOAGfzph5o&feature=related

WEB shoppingJT jungle tomato

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NEW1.31 '16

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