#  808

『KANON=高瀬アキ+内橋和久+アクセル・ドゥナー/Beauty Is The Thing』
text by 悠 雅彦


doubtmusic/Meta Company dmf141
2,310円(税込)

高瀬アキ piano, inside piano
内橋和久 guitar, effects and daxophone
アクセル・ドゥナー trumpet

1. A Break into the Clouds
2. Hear It Very Close
3. An Aquatic Plant
4. That Scene of Curving

録音:2007年12月11日@B-フラット・ジャズ・クラブ、ベルリン

ヨーロッパならではの新世代フリー・ジャズ、いや独自に進化を遂げたアヴァンギャルド・ジャズ

 ヨーロッパで今や揺るぎない地位を築いている高瀬アキの新作は、何といっても興味深い顔ぶれに惹きつけられる。先頃、ヨーロッパ・フリー・ジャズの軌跡をたどって、今やヨーロッパがアメリカとは別種のジャズの磁場をつくりあげていることを論考した『アヴァンギャルド・ジャズ』(未知谷)の著者、横井一江氏に事前に訊ねるべきだったかもしれないが、恐らく高瀬の最も新しい活動の一端を実地に示した1作ではないだろうか。2007年10月の録音とあるが、とするとこの3年半の間にこのトリオがどんな活動をしたのか、やはり訊いて確かめておくべきだった。
 試聴盤に添付された簡単な資料だけでは詳細は皆目分からないが、KANON(カノン)をグループ名にしたということは、単に単発のレコーディングのために集まったトリオではないことを示しているだろう。KANON(英語ではCANON)とは音楽理論における対位的手法のひとつで、一つの旋律を複数の声部が模倣していくこと。冒頭の34分を超える「ア・ブレイク・イントゥ・ザ・クラウズ」を聴く限り、トリオでカノンを実地に試行しているとは考えにくい。ただし、3者の1人が提示した1つのモティーフを出発点にして、彼らなりの考え方に基づくカノンのアヴァンギャルド手法で音を撚り合わせていったと推理を働かせたら、彼ら3者の動き、反応、音のキャンバスに表現するサウンド・カラーの一つひとつに、ちょうど映画のコマを追うような妙味を感じて俄然、面白くなった。34分余というとかなりの長さだが、演奏はすこぶる変化に富んでいて耳をそらせない。高瀬のリーダー作という触れ込みだったが、実際は3者が対等に音を発し合い、相手の音をよく聴いて、しかも瞬発的に音を出してフレーズをつなぎ、コマや場面の転換を隙間なくはかっていく。これが3者の言う「KANON」かもしれない。
 「ヒア・イット・ヴェリー・クロース」は恐らく高瀬のオリジナルだろう。というのは、モティーフが耳に入った瞬間、彼女が多和田葉子と組んだ「鏡像」をタイトルにしたプロジェクトを横浜の赤レンガ倉庫で聴いたときの新鮮な思い出が甦ったからだ。あれは一昨年のことだったが、ルイス・スクラヴィスのホットな演奏や川口ゆいのファンタジックなダンスも魅力的で、あのとき一種の大人の紙芝居を楽しんだ気分を私は思い出したのだ。ここでの3者の演奏はそのときに勝るとも劣らない興趣を呼び起こした。
 実際、高瀬、内橋、ドゥナーの3者のプレイの隙のなさといったら、驚くばかり。アクセル・ドゥナーは96年のベルリン・コンテンポラリー・ジャズ・アンサンブル日本公演のメンバーとして来日したが、以後今日に至る活躍ぶりは目をみはらせる。彼のトランペット技法はまさに伝統的なフレーズの即興演奏ではない、音響的な即興を地でいくもの。その多彩な即興的サウンドを一身に浴びるだけでも、この1作を聴いて損はない。それとともに何度も感心したのが内橋和久のプレイ。個人的にはすこぶる興味がありながら彼の演奏を直に聴く機会がなかっただけに、これ以上ない発見があって私には収穫だった。彼がこんなに繊細なギタリストで、勘の鋭いプレイヤーだとは思わなかった。ここでも高瀬の設定した(あるいは問いかけた)?リズムや場面構築に間髪をおかず最もふさわしい音響で高瀬に反応する内橋とドゥナーのプレイは最高の聴きものといっても過言ではない。
 全編を聴き終えて、これぞいかにも自由都市ベルリンらしいサウンドと思わずにはいられなかった。まるで映画を見ているような気分にさせられる、刻々と変化するサウンド。これはヨーロッパならではの新世代フリー・ジャズ、いや独自に進化を遂げたアヴァンギャルド・ジャズである。特に触れなかったが、音楽家として最良の実りの時を迎えている高瀬アキの充実した笑顔が見えるような1作である。(2011年7月3日記 悠 雅彦)

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