#  826

『Becca Stevens Band/Weightless』
text by 若林 恵


Sunnyside SSC1275

Becca Stevens (vocals, guitar, ukelele, charango)
Liam Robinson (accordion, keyboards, vocals)
Chris Tordini (bass)
Jordan Perlson (drums, percussion)
Gretchen Parlato (vocals)
Larry Campbell (guitar, cittern)

1. Weightless
2. I’ll Notice
3. There is a Light That Never Goes Out
4. Traveler’s Blessing
5. The Riddle
6. Kiss From a Rose
7. How to Love
8. Canyon Dust
9. My Girls
10. No More
11. You Can Fight
12. Each Coming Night

今年に入って話題のボーカリストといえば、グレッチェン・パーラトということになるんだろう。最新作『The Lost and Found』では、ロバート・グラスパーをプロデュースに迎え、ジャズともR&Bともつかぬサウンドで大きな注目を集めているが、彼女がニューヨークを拠点とするふたりの女性シンガーとともに、Girls Gone Mild というユニットを結成していることはあまり知られていないかもしれない。グレッチェンとレベッカ・マーティン、そしてベッカ・スティーブンスがそのメンバーだ。もっとも、ユニットの正体について実態はよくわかっていないのだが、YouTubeに唯一あがっている映像ではリードをとっているのは最年少のベッカ嬢で、実力派のふたりを従えてひときわ可憐な存在感を放っているのが気になるといえば気になるわけで、そこから当然「この子、誰よ?」となる。

ベッカ嬢のデビューアルバム『Weightless』は、音だけ聴くとまったくジャズっぽさはない。彼女が演奏するのはアクースティックギター、チャランゴ、ウクレレ。4人編成のバンドにおいて最も耳を惹くのはアコーディオンの音色で、加えて練り込まれたコーラスワークがバンドとしての特性を作り上げている。肌触りとしてはフォーク、あるいはシンガーソングライターの作品に近い。取り上げている曲もザ・スミス、シール、アニマル・コレクティブ、アイアン&ワインと、ジャズファンには馴染みのないアーティストの楽曲ばかりだから、彼女の作品を「ジャズ」の文脈で語るのはかなり難しい。とはいえ、グレッチェンのお仲間であることからもわかるように、その人脈は、かなりジャズ寄りではあるのだ。

たとえば、グレッチェンの最新作にも参加していたピアニスト、テイラー・エイグスティの2010年作『Daylight at Midnight』ではボーカル曲をすべてベッカ嬢が担当していたことにハタと思い至るジャズファンはいるだろう。ジャズ臭のしないクリーンなその歌声は、ジャズミュージシャンが手がけるボーカルもののありように、新しい可能性をもたらすようなものだった。エレピとのデュオで演じたアルバム収録の「Little Bird」を聴いてみて欲しい。ジャズではないけれどジャズミュージシャンにしか間違いなく紡ぎだせない「歌」がそこにはある。

あるいは、ニューヨークのサックス奏者トラヴィス・サリヴァンが率いるビッグバンド「ビヨーケストラ」を聴いてみてもいい。バンド名が示す通り、ビヨークの楽曲を18人編成のビッグバンドで奏するというものだが、ここで「ビヨーク役」をつとめるのがベッカ嬢なのである。ここでも彼女は、ジャズのフォーマットとビヨークの音楽を橋渡しする重要な(にして難しい)ファクターとして、十全な機能を果たしてみせる。彼女は、無二の声とメロディをもったアイスランドの天才の歌を正確にポートレイしながらも、決して難解になったりヘヴィーになったりすることなく、軽やかに歌い上げてみせる。オリジナルをしのぐポップネスが、その声を通して立ち現れてくる。

さらに、今年の3月11日にニューヨークのカーネギーホールでブラッド・メルドーがコンポーザー・イン・レジデンスとして演奏した際に、ジョシュア・レッドマンなどと並んでただひとりの共演ボーカリストとして招かれたのもベッカだったことをお知らせしておくもの無駄ではないだろう。なんにせよ、ことほどさように、ニューヨークのジャズ界隈で、ベッカは相当な人気者なのである。アルバムが出た際にニューヨークタイムズが「ニューヨーク最大の秘宝」と呼ばれたのもうなずける話だ。

音楽一家に生まれ2歳で初ステージを踏み、10歳でミュージカル「秘密の花園」の主演を張り、全米公演を行ったりもしている。その後、パフォーミングアーツ系の高校でクラシックギターを学び、次いでThe New School for Jazz and Contemporary Musicでジャズボーカルと作曲を学び、在学中にベッカ・スティーブンス・バンドの面々と出会っている。音楽的な素地ということ言うならば、まごうことなきサラブレッドと言って間違いない。オールドスクールな感性と、オルタナティブな指向性とが雑然と入り混じるニューヨークの音楽シーンの混沌を、いか伸びやかなサウンドのなかに溶かし込んで、ほかの誰にもできないアクースティックミュージックをつくりあげながら、そこになんの気負いも感じさせないのは、なるほど、育ちのよさのなせる業なのかもしれない。あるいは、世代もあるかもしれない。なんにせよ、その自由で大胆な感覚は、ジャンルによる規定をあらゆる文脈において拒んでいる。

今年に入ってからニューヨークの女性合唱団の委託による声楽作品を発表したりもしているというから、この新人のポテンシャルははかりしれない。その八面六臂の活躍、神出鬼没な活動領域、柔軟な音楽性を見るにつけ、ベッカ嬢をアーティストとしてどう理解し、どう位置づけるのかはかなり困難な作業になるには違いない。しかし、彼女の顔出すところには、確実に面白い音楽がありそうだということは言えそうだ。ベッカ嬢を中心にニューヨークの音楽地図を書いてみたら、そこに予想だにしない新しい「ジャズシーン」が浮かび上がってくるような、ほんの近いうちに、そんなことになるような気がしてならない。少なくとも僕自身は、この娘に色んなことを期待したくてしょうがない。(若林 恵 Kei Wakabayashi)

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