#  830

『Iro Haarla Quintet/Vespers』
text by ビル・シューメイカー


ECM 2172

Iro Haarla (piano, harp)
Mathias Eick (trumpet)
Trygve Seim (tenor- and soprano saxophone)
Ulf Krokfors (double-bass)
Jon Christensen (drums)

1.A Port On A Distant Shore
2.Vesper
3.A Window Facing South
4.The Warm Currents Of The Sea
5.Doxa
6.Satoyama
7.The Shimmer Of Falling Stars
8.Returning Home
9.Adieux

録音:2010年2月@レインボウ・スタジオOslo
エンジニア:ヤン・エリック・コングスハウク
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

フォード・マドックス・フォードの小説『The Good Soldier』(邦題:武藤浩史訳『かくも悲しい話を...情熱と受難の物語』彩流社)は次の素晴らしい書き出しで始まる。「これは私が耳にした最も悲劇的な物語である」。驚くほど深遠な晩鐘の響きで始まる<A Port On A Distant Shore >(遠岸の港)についても、イロ・ハールラ(イロ・ハーラ)が同じセリフを吐くであろうことは想像に難くない。まず、トランペッターのマティアス・エイクが柔らかにテーマを奏でる。裏ではハールラのハープが一瞬ギターかと聴き紛う乾いた音色でハーモニーを付ける。メロディの終りは明瞭ではないのだが、とにかくトリグヴェ・サイムのサブトーンを帯びたむせぶようなテナーサックスを導き出す。錨のように重たいウルフ・クロクフォルス(註:2002年来日時はウッフェ・クロクフォルシュ)のベースと遠くでうねるようなヨン・クリステンセンのシンバルを背にエイクとサイムが悲痛極まりないテーマの中心部を奏でていく。そして、逆流にのまれたかのようにふたりは離れて行き、サイムのソロとなるのだが、その音色といえば、むせびとアジア的な嘆きの鼻音の間を往き交っているといえばよいのだろうか。サイムのソロの裏では、ハールラとクロクフォルスのはじき出す一音一音、クリステンセンのたたき出す一音一音が規則正しく、控えめではあるが劇的な緊張感を終始醸し出していく。再びエイクが入ってきて最後の感情の昂りをみせる。<The Great Wave off Kanagawa>(「神奈川沖浪裏」/註:「波間の富士」として知られる葛飾北斎作「富嶽三十六景」の一)をジャズ・クインテット用にアレンジしたものと考えればよいだろう。つまり、迫り来る破壊の細密な描写である。 この曲は、主要楽器となるハールラのハープがクインテットの配色を決定的に変えてしまうという意味で、アルバム全体の調子を決め込むトラックといえる。
従来、ハールラにとってハープは間違いなくピアノに次ぐ第2の楽器であったが、同時にそれはハールラの音楽にとって重要な役割を担っているのであり、その関係はアリス・コルトレーンの場合と同じといえる。つまり、ハープはピアノでは果たし得ない役割を担っており、3曲目の<A Window Facing South>(南向きの窓)で聴かれるように上行するハープのカスケードが柔らかな光彩を生み出しているように、ハープならではの効果に着目すべきである。さらにいえば、ハープを伴った2曲を冒頭に持ってきたことで、彼女の夫である故エドワード・ヴェサラがいわゆるフィンランド・ジャズに初めて持ち込んだ独特の色彩を2006年制作の彼女のECMデビュー作『ノースバウンド』(ECM1918)に比べてより顕著に出すことに成功しているのだ。そしてそのことはアルバムを通して彼女のピアノ演奏を彩る結果にもつながっている。アリス・コルトレーンとの類似はヴァンプが推進力となる<Doxa>(ドクサ)でハールラが援用する激しいブロック・コードやトリルについても指摘することができる。ちなみに、この曲ではエイクとサイムの間でも白熱のチェイスを聴くことができる。アルバムの後半分ではハープの使用が抑えられるが、<Satoyama>(里山)で聴かれるサイムの激しいソプラノを優しく包み込むハープは、海の物語というアルバムのテーマをさらに浮き彫りにしている。このあとに続く<Adieux>(アデュー〜さよなら)、この曲もハールラの真情が吐露された感動的な作品であるが、で終わる3曲は底流のように静かで落ち着いている。
ハールラの音楽の感情的な起伏は共演者の力に負うところが大きい。エイクとサイムは見事にバランスのとれたフロント・ラインで双方の駆け引きにも長けている。クロクフォルスとクリステンセンもスペースとダイナミクスの点でうまく拮抗している。彼らは何れも優等生的演奏に優れているという点では共通している。ハルラの作品にもう少し過激なテーマがあれば、彼らもそれに応じた過激な演奏をしていただろう。しかし、このアルバムに満点を付けるべきだろうか。表現の面で手堅く行き過ぎてはいないだろうか。ハルラが設定した方向が内省的であったことに起因するのではあるのだが。(ビル・シューメイカー/Point of Departure)
*Point of Departure: http://www.pointofdeparture.org/

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NEW1.31 '16

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