#  885

『菊地雅章トリオ/サンライズ』
text by 堀内宏公


ECM/ユニバーサル
UCCE-1131 2,600円(税込)
4月4日発売予定

菊地雅章(p)
トーマス・モーガン(b)
ポール・モチアン(ds)

1. Ballad 1
2. New Day
3. Short Stuff
4. So What Variations
5. Ballad 2
6. Sunrise
7. Sticks And Cymbals
8. End Of Day
9. Uptempo
10. Last Ballad

録音:ジェームズ A.ファーバー@アヴァター・スタジオNYC 2009年9月14-15日
プロデューサー:マンフレート・アイヒャー

とびかう意識の速度と切れ味は半端なく凄まじい

 本作は菊地雅章のリーダー作だが、全10トラックすべてが共作名義となっている点からも明らかなように、三者による即興演奏(インプロヴィゼージョン)に重点が置かれている。高純度の美しく短いモチーフのまわりに熱をおびた薄片と粒子がまとわりつき、結びつき、そしてほどかれてはゆっくりと舞い落ちて、ふたたび巻き上げられる。その動きは、リスナーによっては、懐かしく甘美なスノードームの夢の世界を彷彿させるかもしれない。だが、とびかう意識の速度と切れ味は半端なく凄まじい。遠くからはなれて眺めれば霧がわきたつ大気の緩慢な揺らめきであり、近づいて見れば瀬音を発し飛沫(しぶき)を上げる急流でもある。つまりはスケールが大きいのだが、しかし同時に親しみやすさにもあふれ、押しつけがましいところがまったくない。余分なものを切り捨てながらも枯淡には向かわず、新鮮な息吹を感じさせている。

 三人の演奏者による瞬時の「ずらし」と「揃(そろ)え」の切り結びで絶妙に展開される本作『サンライズ』の成果は、レディ・メイド(既製品)のフレームを複写・転移して提示される音楽とは、まったく対極的なたたずまいを見せている。特徴的と思われるのが、生体内部のミクロな活動を電子顕微鏡で見ているときの体験にも通じる、特定の個体活動であると同時にそれが種全体においても共通する出来事であるという二重の認識を喚起させるはたらきである。

 元来、菊地雅章の音楽は聴いていると関わり合う音同士を認識する直感力が自然にきたえられていくといったような、聴き手のなかにひそむ野生の直感力を涵養(かんよう)する側面があるように思う。組織的で祝祭的な姿を見せることもあれば、求心的でありつつ覚醒した姿を見せる場合もあるが、いずれにせよ、そこには極微なレベルで発生する変化の予感とともに、未知の世界へと誘い込まれていく妖(あや)しい気分が立ち籠めている。おそらくは、演奏上の実践的な探究(その一端は推移するコードの作り出す重力へのアプローチの仕方やリズム細胞のふるまいなど)によってもたらされる効果や作用ではあるのだろうけれども、イメージとしては、中心と絶えず一定の距離を取りつつ、音の色彩と重力との駆け引きをくりかえす不連続の軌道や軌跡といったものを感得させられる。そこではしなやかな瞬間性と可塑(かそ)性が力を発揮しているが、個性的な語り口は独自の文法のようなものを形成しており、おぼろげな形式(フォーム)が樹間に姿をのぞかせてもいる。つまり、足どりはさまよいながらも確固とした方向性と力強い推進力は失われてはいない。醒めながら夢をみるための可能性のひとつのかたち。

 昔、1972年11月26日(日)に渋谷のエスパース・ジローで開催された「20世紀音楽を楽しむ会 秋季III」(世話役は作曲家の入野義朗)で、菊地雅章が武満徹の図形楽譜作品『ピアニストのためのコロナ』を高橋悠治と一緒に演奏したことがあった。この作品は図形楽譜とはいえ非常に厳密な指示と音の詩学が交差したものなのだが(2006年にはジム・オルークが同作品のすぐれた解釈をCDで発表しており、同年のJazzTokyo年間ベスト・アルバムでも複数の選者がこれを挙げていた)、当日客席で聴いていたピアニストの高橋アキによれば、菊地雅章は最初のうちはきちんと楽譜と向き合っていたものの、途中からは楽譜から触発された自由な即興演奏を始めて終わらなくなってしまったという。普段は自作の解釈に対して厳しい武満徹が、このときばかりは「こういうのもいいね」と喜んだとのこと。武満徹はジャズをパーソナルな動機に発する内面的体験と関連づけ、言葉では定義できない“日付のある音楽”として理解していた。武満自身も作曲家としてパーソナルな音楽を作ることをつねに意識したが、同時にみずからの音楽が自然と宇宙の内部における匿名の部分(パーツ)となることをも強く願った。個体から発する「個性」と、そうした個を超えた自然の仕組みのなかへと融合していく「無名性」。この個性と無名性は、武満徹にとっては、まったく矛盾ではなかった。そこに、菊地雅章の音楽が発信するシグナル、すなわち個体性と普遍性の共存の提示もしくはそうした二重性の喚起との重なりを感じるといえば、いささか牽強付会(けんきょうふかい)が過ぎるだろうか。

 念のために記せば、本作『サンライズ』ではメロディもハーモニーもリズムも厳しく破砕されているが、触発から変化へ向かうジャズの言語をしゃべっており、少しも現代音楽的なサウンドではない。内面的な体験に発しながらも私的な感情や感傷にもたれかかったり気分を束縛したりすることはなく、解放感と親しみやすい性格が刻印された優れたインプロヴィゼーションの記録(ドキュメント)である。また菊地雅章のトレード・マークでもある演奏中の奇怪な唸り声は、本作では録音・編集時にうまく目立たなく処理されていて、聴いていてそれほど気にはならない。

 なお、本作のジャケット・ワークは音楽の内容と強く共振した、ECMらしい見事なもの。そして、三人の演奏者のなかでは他の二人ほどの知名度はないかもしれないが、ベースのトーマス・モーガンがとても良い演奏を聴かせているように思う。以前彼が参加したジョン・アバークロンビー・カルテットの2010年のECMリリース作『ウェイト・ティル・ユー・シー・ハー』がJazzTokyoのディスク・レヴューでも取り上げられていたが、本作『サンライズ』でトーマス・モーガンを聴いて関心をもった方にはこちらもぜひお薦めだ。(堀内宏公)

*『ジョン・アバークロンビー・カルテット/ウェイト・ティル・ユー・シー・ハー』
text by Yumi MOCHIZUKI
http://www.jazztokyo.com/five/five653.html

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