#  080

Steve Dobrogosz | スティーヴ・ドブロゴス
コンポーザー/ソングライター/ピアニスト
http://www.dobrogosz.com/

1956年、アメリカ・ペンシルヴァニア州ベルフォントの生まれ。1961年、ノース・カロライナ州ラレイに移住。クラシック・ピアノのレッスンを受けるが、後に独学。
1978年、ストックホルムに移住、現地の音楽院に学ぶ。ポップス、ロックを聴いていたが、キース・ジャレットを聴いてジャズに目覚める。1979年、ジャズのトリオでプロ・デビュー。1982年、ノルウェーの歌手ラドカ・トネフと共演したアルバム『フェアリー・テイルズ』(Curling Legs)で評判を呼ぶ。90年代に入り、クラシックにシフト。1992年に発表した『ミサ』(合唱、ピアノ、弦楽のための)が大きな支持を受け、30ヶ国以上で演奏される。生涯の作品数はすでに800曲を超えている。2008年、『ミサ』等を演奏のため初来日。2010年3月発売の『ゴールデン・スランバー〜plays レノン/マッカートニー』(Curling Legs/Bomba)が大きな話題を呼んでいる。


2010年3月 via e-mails
Interviewer:Kenny Inaoka (JazzTokyo)
Photo: Johs. Boe
協力+写真提供:Bomba Records, Tokyo

新作『ゴールデン・スランバー〜playsレノン/マッカートニー』(Curling Legs/Bomba)が話題のピアニスト、スティーヴ・ドブロゴスに50の質問をぶつけてみた。回答は1週間も経たずに返ってきた。


♪ 家系はポーランドとイタリアのミックス

JT:ドブロゴス家はどんな家族でしたか?音楽一家でしたか?

SD:いや、ミュージシャンになったのは僕が初めてだった。

JT:(ドブロゴスという姓はあまり馴染みがないのですが)ドブロゴス家のバックボーンを教えて下さい。

SD:たしかに、ドブロゴスという姓はありふれてはいないね。ポーランドの姓だ。僕の祖父がポーランドのワルシャワ生まれだった。他方は全員、イタリア系だったけど。両方の祖父がヨーロッパからアメリカに移住したんだ。

JT:(ペンシルヴァニアで生まれて)サウス・カロナイナに移住したのはいつですか。環境はどんな風に変わりましたか?サウス・カロナイナからは多くのアフロ・アメリカン系ミュージシャンが輩出されていますね。

SD:僕が5歳のときに親父がノース・カロライナで職を得たんだ(サウス・カロライナは質問者の勘違い)。それからはほとんどそこで過ごした。

JT:どんな子供時代を過ごしましたか。

SD:素敵な子供時代だったよ。音楽を聴き出してからすぐに魅了されていった。そしていつも曲を作っていた。短い曲だけど。そう、ノース・カロライナからはジョン・コルトレーンや何人かのジャズ・ミュージシャンが生まれているけど、僕がジャズを知ったのは大分あとになってからだ。だけどジャズが僕の興味の中心になったことはなくて、僕が好きだったのはポップスやロックだった。ビートルズやエルトン・ジョン。それから、ドビュッシーなどのクラシック。僕にとって最初のジャズはキース・ジャレットだった。



JT:音楽の勉強はどのように?


SD:クラシックのピアノのレッスンを受けたんだ。優秀だったよ。だけど、ほとんどの音楽の技術は独学だ(その方が僕には進歩が速かったからね)。

JT:プロとして初めて演奏したのはいつですか。

SD:最初の仕事は1979年、スウェーデンでだった。僕自身のジャズのトリオを持っていたんだけど、ノルウェーとスウェーデンのバンドにも 加わっていたんだ。

JT:ストックホルムで音楽を勉強しようと思った理由は。

SD:ボストンにいた時にワイフに出会ったんだ。彼女がスウェーデン人だったんだよ。ストックホルムの音楽院のピアノ科に入学したけど1年で辞めてしまった。

JT:スウェーデン語で講義を受けるのは不便ではなかったですか。授業は英語だったのですか。

SD:スウェーデン語を勉強したよ。

JT:当時はどんなジャズを演奏していたんですか。

SD:僕が1980年に制作した最初のアルバムを聴いてご覧。<ロード・ソング>という曲だけど、これが当時の僕の典型的な演奏だ。
http://dobrogosz.com/mp3z/Road%20Song.mp3

♪ ラドカ・トネフとは1976年に出会った

JT:ラドカ・トネフとの出会いは?

SD:彼女とは、1976年の「ヨーロッパの即興音楽」というシンポジウムで出会った。たまたま彼女が自分のバンドのピアニストを探していたんだ。

JT:ラドカとの『フェアリー・テイルズ』のレコーディング・セッションはどのように進行しましたか。

SD:スムースに行ったよ。2日間で終わった。ノルウェーで最初のデジタル・レコーディングだったと思う。

JT:ラドカはどんなパーソナリティでしたか。

SD:仕事上の付き合いしかなかったから。いつもとてもフレンドリーで僕の演奏に対してもとても協力的だった。

JT:ラドカのあとにも、ベリット・アンダーソンやジャネット・リンドストローム、アンナ・クリストファーソンなどのスウェーデンの女性歌手と共演していますね。シンガーとの共演は好きですか。

SD:そう、良い歌手と演奏するのは大好きだよ。僕のスタイルがぴったりなんだよ。僕が歌手と録音したなかではアンナ・クリストファーソンとのアルバムが頭抜けているよ。コラボレーションでも最高の出来だと自負している。

JT:スウェーデンに居を定めた理由は。

SD:スウェーデンが仕事をするのに便利だからだよ。とくにストックホルムという街は音楽に向いているんだ。

JT:90年代にジャズからクラシックにシフトしましたね。

SD:僕の作曲したかった音楽が単なる「歌」を超えていたから、オーケストレーションを勉強する必要があったんだ。オーケストレーションを独学で勉強して<My Rose and Requiem>(最近、日本で初演された曲だけど)など編成の大きな曲を作曲できるようになったんだ。



JT:『ミサ』は30ヶ国以上で演奏されるなど大きな支持が得られましたが、この曲を作曲するイマジネーションの源泉はどこからきましたか。

SD:当時共演していたコーラスから長尺ものの作品を委嘱されたんだ。『ミサ』は自分が今まで経験したことのない領域の作品だった。意図的に他のミサ曲は一切聴かずに音楽的にまったく白紙の状態から書き始めた。テキストの意味を改めて考え直そうと努めたんだ。

JT:あなたの『ミサ』が30ヶ国以上で演奏されるほど支持された理由はどこにあると思いますか。

SD:いい質問だけど僕にも分からない。『ミサ』が実現したスタイルの混淆とリズム面かなとも思うけど、それが理由なら他にも同巧の作品はいろいろあるしね。
合唱界でのクチコミと草の根的な活動で人気が広まって行ったんだね。

JT:あなたの作品は生活している環境の影響を受けていると言えますか。

SD:そうは思わないね。

JT:クラシックの作曲家では誰が好きですか。あるいは、誰の影響を受けましたか。

SD:僕がいちばん興味があるのは、音符の背後に潜んでいるものなんだ。だから、ベートーヴェンの作品の深奥に潜んでいる精神や思考を“聴きとれる”ようになったときは、彼が好きな作曲家になった。僕が楽しんでいるクラシックはほとんど20世紀以前の作品だね。

JT:現代の作曲家では誰が好きですか。誰かに影響を受けましたか。

SD:まだ好きな作曲家が見つかっていないんだ。だから、影響を受けた作曲家もいないね。最近ではテイラー・スイフトを楽しんで聴いているけど。

JT:2008年に初めて来日されたときの印象は。

SD:素晴らしく印象深い旅だった。モダンでうまく組織化された文化と人々がお互いに示し合う尊敬の念。また近いうちに出掛けたいと楽しみにしているんだ。

JT:日本の演奏家たちはどうでしたか。

SD:日本で共演したコーラスやオーケストラの人たちは素晴らしい仕事をしてくれた。楽しい仕事だったよ。

♪ レノン/マッカートニー作品集は5年前から暖めていた企画

JT:レノン/マッカートニーの作品集をソロで録音するプロジェクトは誰の提案ですか。

SD:カーリング・レッグス・レーベル(ラドフとの『フェアリー・テイルズ』を制作したレーベルだ)がソロ・アルバムの録音を勧めてくれた。マテリアルは僕が選んだ。レノン/マッカートニー作品集は5年程前から暖めていた企画で、いつでも録音できる状況にあったんだ。

JT:ビートルズの大ファンですか。

SD:そう。アマチュア・レヴェルのエキスパートと言えるかな。レンン/マッカートニーの作曲技法についてはすいぶん勉強してきた。ビートルズの録音群はポップ・ミュージックの最高峰だと信じて疑わないね。

JT:録音にあたってはどのようにレパートリーを選んだのですか。

SD:リストはできていたから、ある日の午後、それぞれ3テイクづつくらい録音してすべてが完了した。

JT:『ホワイト・アルバム』(『ザ・ビートルズ』)を締めくくる曲<グッドナイト>でアルバムがスタートし、同じく『ホワイト・アルバム』の中の<アイ・ウィル>でアルバムが閉じられていますが。

SD:音楽的に考えたらそういう結果になったんだ。正しい選択だと思わないかい?

JT:ビートルズの音楽のどこに最大の魅力を感じますか。

SD:彼らの最高の出来の録音の場合、そう、67年から69年の間だけど、 単なる音楽ではなく、時代を超越した何かマジックのようなレヴェルに到達していると思うんだ。言葉ではうまく説明できないんだけど、自分で作曲しているといつもそのことを強く感じるんだ。

JT:録音にはオスロのレインボウ・スタジオへ出掛けましたね。レインボウ・スタジオにはヤン・エリック・コングスハウクがいます。

SD:レコード会社がノルウェーの会社だからオスロで録音しても不思議ではないよね。ノルウェーじゃもちろんスタジオもピアノもレインボウが最高だからね。カーリング・レッグスのクヌートはロンドンのアビー・ロード・スタジオを勧めてきたんだが、僕はアビー・ロードのピアノを知らないんでね。ヤン・エリックと彼のスタインウェイが素晴らしいことはよく知っているから。

JT:セッションに入る前にヤン・エリックとどんなことを話し合いましたか。

SD:セッションの前には彼とは何も話さなかった。



JT:ところで、アルバムのプロデューサーは。

SD:音楽面では僕が仕切り、カーリング・レッグスのエグゼクティヴ・プロデューサーはクヌート・ヴェルネスだ。

JT:サウンド的にはECMのピアノ作品とは違った面が出ていますね。

SD:そうね、『ゴールデン・スランバー』はECMのアルバムではないし、マンフレート・アイヒャーの仕事でもないからね。多分、僕のピアノのタッチに拠るところもあるんじゃないかな。

JT:ECMでは誰が好きですか。

SD:ECMで聴いているのは初期のキース・ジャレットだけだね

JT:何れにしてもこのアルバムは音楽と録音が見事にマッチした最高の例だと思います。結果には満足していますか。

SD:(日本語で)ドーモ・アリガト。もちろん満足している。皆がこのアルバムをとても誉めてくれるので驚いているんだ。それほど期待はしていなかったのでね。

JT:今後もジャズとクラシックの活動を並行して続けていきますか。

SD:確実に言えることは、今後僕の中からどのような音楽が流れ出ようと、僕が係わっている様々な種類の音楽が新しいやり方で混ざり合ったものになるということだ。それは計画してできることではないんだ。重要なのはスタイルではなく、アイディアが僕にとって興味があるかどうか、心を掻き立てるものであるかどうか、そして僕がそれに全精力を傾注できるかどうかなんだ。同時に、僕にとってまったく新しいスタイルやフォームで作品を書いてみたい気持ちもある。たとえば、iTunesで配信を始めた『World』という新作CDだけど、これは6手のピアノのためのフーガを基本とした即興、あるいは、現在作曲中の僕にとっては未経験の“ワールド・ミュージック”の影響下にある新曲など、ね。

JT:これからもジャズを弾き続けますか。

SD:もちろん。だけど、新しい方向を目指したいと思っている。まだ見えないけど、導かれるままにね。

JT:最後に夢を聞かせて下さい。

SD:あと25年間くらいは、いつもさらに高いレヴェルで、作曲と録音を続けて行けること、だね。

*関連リンク:
http://www.jazztokyo.com/five/five671.html(CDレヴュー)
http://www.jazztokyo.com/column/oikawa/103/column_103.html(録音レヴュー)

■ヤン・エリック・コングスハウクのコメント

稲岡:スティーヴ・ドブロゴスの『ゴールデン・スランバー』を聴きましたが、音楽と録音が見事にマッチした素晴らしい作品だと思いました。あなたがエンジニアリングを手掛けるいつものECMのピアノ録音とは異なる局面を聴き取りました。いつも以上のエッジとパワーを伴った明確な音像と,同時にスタジオ録音とは思えない自然で豊な空気感。これは単に演奏者のピアニズムの違いだけではなく、あなたがECMのアイヒャーのディレクションを離れて果敢なチャレンジを試みたのかなと思いました。できれば使用マイクの機種も含めて回答いただければ嬉しいのですが。

ヤン・エリック:久しぶりだね。『ゴールデン・スランバー』を気に入ってくれたようで嬉しいね。僕も素晴らしいアルバムだと思っている。僕のレコーディング・テクニックについて言えば基本的には以前と変わってはいない。メイン・マイクは ショップスのCMC-1で、ポジションもほぼ同じだ。場合によっては(ドブロゴスの場合もそうだったけど)、ルーム・マイクをペアで使うことがある。
それより、新しく入れたスタインウェイが素晴らしい楽器で、これがキー・ポイントだね。それにスロン・アービー(Mr.Thron Irby)という調律師、これがまた素晴らしいんだ。
すべての録音のサウンドが異なる表情を持つのは当然だよ。まず、ピアニストのタッチがそれぞれ違う。それに僕が使うリバーヴの種類と量にも拠る。そして、最終的に音を決めるのはアーチストとプロデューサーの個人的な好み、というわけだ。

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