UPDATED 12.05.2005
INTERVIEW
vol.31 ブーカルト・ヘネン(concert producer)
2005年9月17日 インタビュー&写真:横井一江
ブーカルト・ヘネン

 今年(2005年)9月、東京芸術見本市(TPAM)の招きで、メールスジャズ祭の前音楽監督ブーカルト・ヘネンが来日した。メールスジャズ祭は、ドイツで最も重要かつ注目されるジャズ祭のひとつであり、その独自のプログラミングは、少し前までは時代の先を読むアンテナだったといえる。そのメールスジャズ祭の音楽監督を34年間務め、今年で退任した彼が、ジャズ祭にまつわる諸事情と本音を語ってくれた。


— 今年(2005年)を最後にメールスジャズ祭の音楽監督を退任なさいましたが、その理由をお話いただけませんか。

この10年間、メールス市やケルンのラジオ局は、プログラミングに影響力を持つようになったんだ。私の裁量部分であるプログラミングに口を出されるのは不快だった。自由が侵害されたからね。音楽家がステージ上で演奏する時にあれこれ言われて妥協しなければいけないように、私もプログラミングのコンセプトや制作面で妥協せねばならなくなってしまった。その背景は、ラジオ局はもっとリスナーに受けようとイージーリスニング的な音楽を求めていたからだ。メールス市も、より多くの聴衆を得ようとイージーリスニング的な音楽を求めた。でも、冗談じゃない。フェスティヴァルのチケットはこの数年売り切れで、テントのスペースだって限られているというのに。この手の議論はもうオシマイ。34年間のメールス市とのパートナーシップは終わったんだから、もう振り返らないことにしている。来年はケルンのラジオ局をバックの人間がオーガナイズする。(皮肉っぽく)きっと素晴らしいフェスティヴァルになるに違いない。

— ケルンの放送局と言えばまず名前が浮かぶのがWDRです。以前はスポンサーにその名前がありましたが、今年はありませんでした。WDRがスポンサーから消えたのに何か理由があるのですか。

WDRとは2年前に切れた。彼らが全部仕切ろうとしたんだよ。リストを見ながら、これはOK、これは駄目、彼らのリストを見せてこれを入れろとか。だから、拒否したんだ。でも、去年だってチケットは売れたし、そんなに問題はない。宣伝面で、彼らは貢献したけど。でも、オランダの放送局NPSやベルギーのラジオ局、ルクセンブルグのラジオ局でいろいろ宣伝してくれたので、今年はベネルクスから沢山の人がきたよ。(注1)


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