— もう音楽監督はなさらないのですか。
それも可能性のひとつ。ドイツ国内外、いろいろリクエストはあるんだ。でも、今すぐ新たな音楽監督の任につきたいとは思わない。ひとつだけ確かなのは、もうメールスのようなフェスティヴァルはオーガナイズしないということ。どういうことかと言うと、この10年ぐらい、メールス市にフェスティヴァルを小さくしようと言っていたんだ。この数年は、フェスティヴァル自体が音楽的とは無関係なものになってしまった。公園に来る80%の人はコンサート・チケットを買わない。ヒッピー集会みたいになってしまったんだ。それを望んだわけではないのに。もし、私の望みどおりのフェスティヴァルが出来るとしたら、小さくても音楽が真ん中にあるもの。即興音楽中心で、ダンスや詩人、美術家なども参加する総合的なものもいいね。この2、3年のエレクトリック音楽はエキサイティングだ。TPAMで見た伊東篤宏のオプトロンも面白かったね。ポスト・コンテンポラリーだ。芸術それぞれツールは違うが、みな近いアイデアを持っていると思う。ミュージシャン、画家、ダンサー、みんな違うツールを使っているが、基本的なコンセプトは似通っている。それらを一緒にできたら面白い。それによって何か新しいものを創造できるかもしれない。でも、キャパとしては、1000人から1500人が限度だろう。
大規模なフェスティヴァルは妥協の産物だ。音楽的なこと、スポンサー、メディア、もう妥協は十分したよ。うーん、スポンサーはそんなに問題ではないかな。私の経験では、スポンサーはアートについてよくわかっている。メールスのスポンサーのビール会社もポスターに大きな文字で社名を入れろとは言わない。そう、大事なのはクォリティなんだ。私にとって、この30数年で一番印象に残った広告はIBMで、ドイツで最も重要な雑誌であるシュピーゲルに掲載されたものだった。真っ白いページの真ん中に小さくIBMとタイプライターで打った文字があった。大いに話題になったね。もっと沢山情報を載せるべきだと馬鹿なことを言う人もいたが。そこにあったIBMという文字がメッセージなんだよ。