来日直前インタヴュー #169 「ヴァネッサ・ブレイ」 

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Vanessa Bley  piano, guitar, vocal

Interviewed by Kenny Inaoka via e-mails

4/17 渋谷・サラヴァ東京で一夜だけのライヴを予定している

Jazz Tokyo: 1ヶ月後にあなたのピアノの生演奏を東京で聴けるという突然のニュースに接し、たいへん驚き、喜んでおります。それにしても急な話でしたね。
Vanessa Bley:また日本に行けるというのでとてもエキサイトしています。初めて東京で演奏したのは2013年、六本木のビルボード・ライヴでした。今回はピアニストの藤井郷子に渋谷のサラヴァ東京を紹介してもらいとても感謝しているの。

JT:もうレパートリーは決まっているのですか?
Vanessa:決まっているとも言えるし、決まっていないとも言える

JT:ピアノで何を表現するつもりですか。
Vanessa:言葉では伝えにくいことのすべてね。

JT:ステージを分ける山口コーイチに関する知識

Vanessa:コーイチと私がそれぞれソロを演奏して、最後に1曲だけふたりで4手をやろうと思っているの。お互いに生で聴くのは初めてよ。楽しみだ

JT:2度目の日本ということですが、日本の印象は?
Vanessa:日本は魔法の国ね。今回は幸いにも東京の他に、夫と京都、名古屋、神戸、札幌を回ります。夫はRefugio Ranch Vineyards というワイン醸造所を経営するビジネスマンです。
http://www.refugioranch.

JT:初めて音楽に興味を持ったのは何歳ごろでしたか? そして、その音楽は?
Vanessa:私が3歳の時に遊び仲間にピアノで即興演奏を聞かせている姿を母がビデオで撮ってくれていたのね。それを見ながら次に何を演奏するか決めていたのよ。だから、物心がついた頃から音楽と演奏することに興味があったと言えると思う

JT:最初に演奏した楽器がピアノということになりますね?
Vanessa:そう。自宅にあったグランド・ピアノよ。学校ではフルートを習い、独学でギターともちろんヴォイス

JT:父親(ピアニストのポール・ブレイ)がプロのピアニストであることを認識したのは何歳でしたか?
Vanessa:小さい頃から家で父のアルバムを聴いていたけど、父がプロのミュージシャンであることを認識したのは父の演奏を初めて生で聴いた時ね。多分3歳の時だったと思うけど、両親に連れられてNYCに行き、スイート・ベイジルで父がジミー・ジュフリーと演奏するのを聴いた時ね。クラブに出かけて、最初から最後まで通しで聴いたの。それが当たり前の生活だと思ってたわ。モントリオール・ジャズ・フェスティヴァルにも父の演奏を聴きに何度も出かけた

JT:ピアノは父親に習ったのですか?
Vanessa:父は会話を通して教えるのが好きでした。父の音楽を耳で聴いて多くのことを学びました。気に入ったパートを耳で覚えて演奏してみました。中学生の頃に数年間、クラシック・ピアノを学んだことがありますが、インスパイアされたのはもっぱら即興演奏と作曲からで

with Paul Motian

JT:幼少の頃からジャズに馴染んでいたことになりますね。
Vanessa:そうね、呼吸する空気の中にジャズがあったと言えます。それからクラシック音楽もね。11歳の時には、NYのグリマグラス・オペラ館で「タウリスのイフィゲニア」や「リゴレット」の脇役を務めていました。エクスペリメンタル・テレヴィション・センターでは母親のキャロル・ゴスが披露するビデオ・アートの音楽を担当したり。私にとっては、即興こそ作曲の技法のひとつでした。父親のポール・ブレイ、ポール・モチアン、ジミー・ジュフリー、ゲイリー・ピーコック、チャーリー・ヘイデン、スティーヴ・スワロウらが子供の頃の私のヒーローでした。エレクトロ・ミュージックに興味を持ち始めたのも自然の成り行きでした。15歳の時には両親とフランスのツアーにも出かけたことがあります。その時は父はエレクトリッキ・ギターのマーク・オレアリーと演奏していました。IAI(Improvising Artists Inc:両親が運営していたレーベル)の中では『JACO』が好きですね。私の中では、楽器とフォームは別次元のものではなく、選択肢なんで。

 

 父親としてのポール・ブレイ
with Paul (Bley)

JT:父親の作品の中で好きなアルバムをあげてください。
Vanessa:

“Open, to Love”
“Alone, Again” IAI
“Solo in Mondsee” ECM
“Jaco” IAI
“Nothing to Declare” Justin Time
“Paul Bley with Masahiko Togashi” Sony
“Basics” Justin Time

JT:プロの音楽家になろうと決心したのは?
Vanessa:選択の余地は無かったわ。当然の成り行きね。17歳でNYに移住したときね。

JT:父親に相談したのですか?
Vanessa:相談する必要はなかったわ。彼が反対する理由も無かったし。高校を1年早く退学するように勧めてくれたのだから。

JT:音楽的に父親の影響を受けていると思いますか?
Vanessa:もちろんよ。会話を通してだけど。

JT:父親のアドヴァイスでいちばん印象に残っているのは?
Vanessa:失敗を恐れない。ミスもためになるものである。間違いは正しい。自分が次にどこへ向かおうとしているかを知ることよりも、自分の進歩を押しとどめているものを取り去ることの方が大切である。

JT:ポール・ブレイの生徒だったピアニストの藤井郷子さんによれば、ポールはいつも「自分の音楽の進歩を記録するためにできるだけたくさんのCDを作りなさい」とアドヴァイスしてくれたということです。彼のアドヴァイスを忠実に守っている彼女は毎年5、6枚のCDを制作しています。そして、還暦を迎えた今年は「月刊藤井郷子」と称して毎月1枚ずつCDをリリースしています。1月にはソロ、2月にはカルテット、そして今月はベルリンのオーケーストラという具合です。あなたにはどうでしたか?
Vanessa:私も同じでしたよ。「さあ、レコーディングを始めなさい。心配することはない。前進あるのみ!」という具合でした。

JT:ポールは自宅ではどんな感じでしたか?
Vanessa:私たちの家族はNYのアップタウンに住んでいたのですが、いつも幸せそうでした。家族を支えるために一生懸命仕事をしていましたので、レコーディングやツアーが終わって自宅にいるときは静かに物思いにふけっていました。人が考え事をしている時ってあらゆる感情が交錯しているものなんですね。

JT:父親の楽曲を演奏したことはありますか?
Vanessa:自分なりの解釈でね。

JT:これからも?
Vanessa:多分ね。

JT:これからはピアノ中心で行きますか?
Vanessa:そう思います。最高の音楽をインスパイアすることをやり続けると思うわ。

JT:例えば、ベースとドラムとのトリオによる“ジャズ”を演奏したことはありますか?
Vanessa:NYCで、サックスのヘイズ・グリーンフィールド、ベースのジュリアン・スミスのトリオで演奏しました。1950年代のスタンダードにインスパイアされたオリジナルを演奏する
バンド Twin Dangerを仲間と結成し、Deccaからアルバムをリリースしたこともあります。

JT:最後に夢を語ってください。
Vanessa:美しい人生を体験し続けることね。

L:Vanessa(p) Hayes Greenfield(sax) Julian Smith(b) @Rockwood Music Hall,5.27.2016
C:Twin Danger
R:Twin Danger CD (Decca)

♫ライヴ情報
https://www.facebook.com/events/1634143226667346/


🎵ソロ・アルバム『Colors』
https://itunes.apple.com/us/album/colors/1369692135

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稲岡邦彌

稲岡邦彌

稲岡邦弥 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。音楽プロデューサー。著書に『改訂増補版 ECMの真実』編著に『ECM catalog』(以上、河出書房新社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。Jazz Tokyo編集長。 https://www.facebook.com/kenny.inaoka?fref=ts

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