音階の発見からシンセサイザーまで、音楽と科学のスリリングな道行きを歴史を遡って読み解く書。決して読み易くはないが、「へー」とか「ほー」とか単純にびっくりできるエピソードもたくさんあって、「なに、錬金術とストラディとどういう関係?」的なノリで手にした人でもそれなりに楽しめる。むろん、私もその口。
科学者ニュートンは、錬金術にはまっていた。なぜって? 卑金属を金に変えるこの「術」は、自然を一度解体分析抽出し、そこにあれこれ人為を加え、別の自然を創り出す操作なわけで、たとえばフレスコの中でのミクロな変容の過程は、実は宇宙自然のマクロな変容そのままだってこと。「真に目指していたのは、自然を支配する力、世界に充満する本質的な真理についての知識」であって、「金をつくる能力などはたんにそれを確認するものにすぎないような英知」なのだ。だからニュートンは、ひそかに古代の老僧の実験などを逐一研究したのだった。
それがストラディとどんな関係があるかと言うと。真の偉大な科学者はそのように、常に大いなる自然の変容に畏敬を持ちつつ(ここが大事!)、そこに法則を発見し、その法則を証明するために様々な装置、器具を発明し、それが科学文明の発達を促す。でも彼らはそれらの装置を「絶え間なく変化する世界をなんとか理解するよう強く促す機械」でしかなくて、つまり、それくらい世界はいつまでたっても訳わかんない、という認識を持っているわけ。だから、装置で世界を解釈、計量したって、数式や測定値の集合から世界を再構築はできないってことを知っている。
ここでやっとストラディになる。大ざっぱに言うと、ストラディという楽器を科学装置でどう分析解明測定したところで、同じ楽器は作れない。なぜって? 木という生きた自然を相手にしたものだから。手にした木はたった一つ、それ限りのもので、ストラディヴァリウスという職人も、もちろんそれ限りの「操作」「変容」を加え、「育てた」から。ストラディの音の秘密は膠だの何だの、いろいろな分析、説明もあるから、それはそれで面白いが、でも、とどのつまりは木という自然と人間という自然のたった一度の出会いが生んだもの、そこがポイント。まさに錬金術の極意、ここにあり! ということらしい。
にしてもこの著者、なぜかヴァイオリンじゃなく、チェロで話を進める。ちょっと肩すかしって感じだけど、きっと、チェロが好きなんでしょう。私は「育てる」という言葉が気に入ったし、そこにこの著者の音楽への深い見識と愛を感じたからそれで良し。もう一つ、こんな文章。「平均律で調律された楽器は民主主義の見本みたいなものだ。鍵盤上のどの音もわずかにずらされ、全域にわたってゆがみが平均にばらまかれており、そのことによってすべてのオクターブの関係が鍵盤の端から端まで、まったく不協和でないよう保たれる。」 なるほど、それが民主主義か、と妙に納得してしまった。
JT(丘山万里子)
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