
タイトル:『ピアニストが見たピアニスト 名演奏家の秘密とは』
著 者:青柳いづみこ
出版社:白水社
定 価:¥2,100
ピアニストで物書き、といえば中村紘子が知名度ダントツだろうが、青柳いづみこの直覚に基づく知と理、学究性を軽やかに言葉に載せるセンスは他の追従を許さない。
本書もまた丹念な資料の読み込みに、ピアニストそれぞれの個人史と時代状況を踏まえたうえで、自身がピアニストでなければ見えないような演奏の背景や胸中にまで分け入り、なるほど、と思わせる。ありがちな、ステージの袖から見る演奏家の背、的側近視点でなく、対象に常に適切な距離と愛情を保っているところに本書の矜持があろう。
取り上げられるのは6人。山のようなエピソードと分析から、それぞれ一つだけ拾っておく。
<リヒテル>ワーグナーの全楽劇のテキストと音楽が頭に入っていたほどなのに、晩年、照明を落としたステージでスコアを立てて弾くようになったのはなぜ? ここで青柳、「暗譜」をフランス語では「パル・クール」(心を通して)と言う、と。うーむ、深い。
<ミケランジェリ>若き日は朗々と『サンタルチア』を歌いあげていたのに、急に「人がいない」演奏になったのはなぜ? 春からいきなり冬になる必要がどこにあったの? 大戦時の『戦場のピアニスト』もどきの経験、人間不信などなど。
<アルゲリッチ>なぜ、ソロを弾きたがらない? アルゲリッチいわく「私ははじめないわけ。他の人がはじめると、うん! 私ってことになるの。私って、いつも反射的に動くの。」 ソリストらしくあるための協演者ってこと。
<サンソン・フランソワ>シャンソン、ジャズ、ブルースの溢れるピガールのキャバレー(友人バルビゼの仕事場)に毎日現れたフランソワ。バルビゼがデートのときは、代わりに朝まで弾いたって。おひねりがすごく多かったんだそう。だろうな。
<バルビゼ>青柳の師。「トランスパランス(透明さ)とクラルテ(明晰さ)」を理想とした師から学んだデュオでのピアノのありかた。師とクリスチャン・フェラスとの黄金のデュオを、漫才の「やすきよ」のようだった、と。
<ハイドシェック>時流、マネージャー、レコード会社など、周囲との不協和に苦しむ友人ハイドシェックを描く彼女の筆、自分も同じ世界に身を置きながら、たじろがず。
全編に時代、人、音楽の流れ、そして演奏家の抱える現実が透けて見える。批評家たちの批評への「批評」もぬかりなく嵌め込み、それとない業界、時流批判も随所に覗く。
ディスク、DVDなど見聞きしつつの分析、感想もずらり並ぶ。その「演奏家の耳目」とともに、音や画像に並走してみるのも一興だろう。
JT
(丘山万里子)
[ OKAYAMA's INDEX ] [ LIBRARY Back Number ]