
タイトル:『戦後日本のジャズ文化—映画・文学・アングラ』
著 者:マイク・モラスキー
出版社:青土社
初 版:2005年7月
定 価:2,400円+税
アメリカ人現代日本文学の研究者による日本の戦後ジャズ文化論。長年に渡って日米を往復し、時にはアマチュア・ジャズ・ピアニストとして都内のライブハウスにも出没していたという著者ならではのテーマだ。複数の意味でインサイダーとして、アウトサイダーとしての両方の視線を持つからこそ書けた本だろう。何よりも私自身が驚いたのは、完璧な日本語で書かれていることと同時に、本書に書かれている内容にほとんど違和感を覚えなかったこと。それは、本書でいうように「ジャズは男の世界だ」という先入観が先行する日本で、私もある意味ずっとアウトサイダーだったからかもしれない。
小説では、五木寛之の『さらばモスクワ愚連隊』から中上健次、倉橋由美子、大江健三郎、筒井康隆、村上春樹、詩人の白石かずこなど。ジャズというキーワードによって読み解き、作家と作品と時代のジャズをリアルに浮かび上がらせる。頷かされただけではなく、随所で読み流してしまっていたことにも多々気づかされた。文学は著者の専門だけに分析はするどい。映画もしかり、大御所黒澤明から若松孝二まで。石原裕次郎主演の『嵐を呼ぶ男』で、フロイト的な分析まで試みるのはやはり研究者ならではか。しかも、最終章は大友克洋監督のアニメ映画『メトロポリス』で締めくくるというにくさ。これは並の評論家や研究家ならここまで観ないだろう。感心するのみ。とてもユニークだったのは、相倉久人と平岡正明という二人のジャズ評論家を取り上げているところ。彼らは有名専門誌とは別の地平で自らの言説をぶちかましていた。かつて音楽批評活動もまたアクティヴにシーンと関わろうとしていたことを思い出させられる。単なるデスコグラファー的なライターが多い昨今、このような強いキャラクターを持つ評論家はいない。ある意味それはとても寂しいことである。何よりも面白かったのは、『ジャズ喫茶解剖学』の章である。日本にしかないジャズ受容の特殊な空間をクリティカルに分析し、書けるのはやはり外国人ゆえだろう。ジャズ喫茶がある意味、日本人のジャズの聴き方に与えた影響はことのほか大きいと私は思っている。そして功罪も。特にディスク中心の聴き方を偏重するキライがあるところは、やはりその影響を考えずにはいられない。著者の指摘は常日頃私が感じていたところとほんど一致したのが、また興味深かった。ジャズはライブ・ミュージックであると私は思っている。同じ音楽を聴くにもCDによる聴取とは違う体験である。だから、「ライブ重視」という著者のスタンスはよくわかるのだ。この章では特にジャズファン、アマチュア・ミュージシャンの横顔がチラチラ見えてくる。そこがまた普通の研究書にない人間味を出している。また、本書では言及されてはいないが、ジェンダーに対する意識をその視点に持っているのは、日本人評論家にはないところであり、もっと言及してほしかった。
実は、アメリカ人が日本のジャズについて書いた本はこれが初めてではない。『Blue Nippon/E.Taylor Atkins』は日本のジャズ史を俯瞰しようとした労作だ。かなり内容に異論があるが『Jazz Journey to Japan/William Minor』もある。日本のジャズシーンも実は外からの目に晒されているのである。
とにかく、これはジャズファンならずとも興味深い戦後文化論だ。一読の価値は間違いなくある。
JT
(横井一江)
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