
陶磁の街、多治見の笠原町(多治見駅から車で15分ほど)にあるスタジオFは、藤井医院院長、藤井修照氏創設の高床式コンクリート打ちっぱなし構造で、いわば空(そら)に浮いたオブジェ、重厚モダンのサイコロ風。「笠原町からジャズを!」の情熱のもと、17年続く氏主宰の「F
CONCERT」の第102回は「高橋アキ MEETS 森山威男」だ。
今回の笠原行きの目的は2つ。このライブを録る及川公生・伊藤秀治氏の仕事現場の取材と、「アキ&森山」の組み合わせ(現代音楽のトップランナー&山下洋輔トリオで名を馳せたドラマー)への強烈な興味。
したがって、リハーサルからの見学ゆえ、私の通常の批評意識(この場この時、ステージ1本、いざ真剣勝負!)とは異なるレポートであることを前もってお断りしておく。
スタジオ入りが大幅に遅れた森山氏。ピアノと一瞬手合わせの後、「モニタ、ないの?」・・実は、ピアノの音を森山用モニタに返すためのマイクを、事前に撤去している。録音用のマイクの他に、ピアノに首を突っ込んでいるマイクの存在を、アキ氏が気にした。「聴こえないなら聴こえないで、いいじゃない? 昔はそんな機械なしで皆やったんだから。」
そうだそうだ、と及川、伊藤両氏うなずき、そうだそうだ、聴こえないなら、聴こえるようにプレイすべきでしょ、と内心私も、思いっきりうなずいた。
どんなジャンルであれ、互いに「聴いて」こそ成り立つのが「音楽」ってものだろう。なんて、クラシック的発想なんだろうか、とは思いつつ。
で、撤去の時点で、ワクワクした。ピアノをどんなに鳴らそうが、ドラムを思い切り叩かれたら、お互い、生音で聴こえるわけがない。そうじゃない音楽を、創る他ないのだ。それは、どんな音楽になるだろう?
顔を見合わせるスタッフに、森山氏、言葉をついで、「ピアノ、全然、聴こえないよ。・・・じゃ、形、見て演(や)るか。」
アキ氏の動作を読んで反応する、ということだ。聴こえないなら、見る。
「うーん・・・んじゃ、ピアニシモで演るか・・・だけど、ピアニシモってものすごく難しいんだよね。こういう楽器じゃあ。」
いや、どんな楽器だってピアニシモほど難しいものはないし、音楽はそういうところにこそ宿る。むしろ、そこからしか生まれない、と私は心中固く、手を握りしめる思い。
「ま、昔はモニタなんかなくてやったんだものね。」
ほっとした空気がスタジオに流れた。
さて、無理すれば180人は入るというスタジオはもはや、ぎゅう詰めで、演奏者も客の間を縫うようにして登場だ。(以下、演奏者呼称は高橋、森山とさせていただく)
前半は高橋のピアノ・ソロ。サティを含め、代表的なCDからの抜粋を網羅し、アキ・ワールドを拡げる。中で、『ハイパー・ビートルズ』から、残響効果(ソステヌート・ペダル)を使っての西村朗『ビコーズ』が新鮮だ。こういうところで、自分の音世界をくっきり見せることに西村は長けた作曲家だ、と改めて思う。水滴のような音が、輪を拡げ、紋様を描き、原曲をあわあわと彩る。
一柳慧『ピアノ・メディア』は、70年代当時の前衛の空気を伝えるが、反復パターンの繰り返し音型に、若い女性客の身体が微妙にノッてくるのが分かる。このパターンは、コンピュータ世代にすんなり馴染むのだ。あるいはゲームに伴走する音のあのピコピコ感。
30年前の一柳らは、それをすでに知っていた・・・そうして、高橋の音質のいくぶんの湿り気は、今日の「メディア」の殺伐・乾燥・不毛を、そっと告発でもするようだった。
聴衆が最もシンパシーを寄せたのが早坂文雄『戀歌第4番』であることは、休憩でのCD売り切れでも明らか。早坂が、敗戦の日々に紡いだ濃厚なロマン。清白なポエジーに濡れた音が、胸に染みてくる。
私は、森山のステージは、初めて。何人かの人が「凄いですよ・・・驚きますよ。」と請け合ってくれる。
どう、凄いんだろう? 物狂いには驚かないし、特殊なパレットと筆の持ち主なんだろうか?
ともあれ、本体の弦をサワサワかき鳴らしはじめる高橋に、目を閉じ、じっと耳傾ける森山。響きの波が、寄せては返す。切れ切れなフレーズが波間に浮かび、と思えばあとはおぼろ。そういう、いわば薄墨色の世界に、ただ、たゆたう風だった彼が、「ここ」と瞬時に分け入っていったその「時」の間合い。その色合い。
それは、いわば「書」みたいだった。ふいと筆をおろし、が、その筆先の着地はなめらかに滑り、着点をつくらず、つまり、そういう形跡を残さず、でも、鳴りだし、やがてピアノとドラムは、時々に筆力を変え、やがて混然と一つの「書」の表裏を撚ってゆく、と言ったらよいか。
彼は、高橋の音を吸い込んで吸い込んで、とにかく胸いっぱいまで吸い込んで、とにかく身体の全細胞にまでそれを行き渡らせて、それから「ここ!」と分け入った。
それは、「時・人・音」の結晶体にすっと忍び込む極意の一太刀みたいで、なるほど、これが「凄さ」の正体、と私は思った。
「音楽ってのは、時の忍び、みたいなもんだぜ!」
そんな台詞が聴こえた気がして、めっぽう嬉しい気分。
1曲目は、つまりそのように、ほとんど弱音(ときおり超絶ピアニシモ!)で描かれる三十一文字世界。
「いやー、久しぶり、背筋が冷たくなる緊張感!」と、森山は言い、客席が沸いた。
次が快刀乱麻になるのは当然の成り行きで、鍵盤の上、砂塵に竜巻、土砂降り、時雨と、音の飛雲にのって緩急自在に行き来するピアノに、やはり聴き入っての森山、ここでも高橋を毛細血管にまで汲み尽くし、のち、ドッとはちきれ、手足をはじき飛ばした。
引き絞った弓からピシパシ連射される矢もあれば、ピアノの瀑布を切り裂く一閃まで、ガッガと間断ないギア・チェンジで高橋の周囲を駆ける、駆ける。
であっても、両者、見計らいの糸は終始ピンと張られたままで、リハの折りのドラム完全制圧状況(客席でもピアノが聴こえない)は、一瞬たりとも生じない。
実は私は思っていた。この2人なら、互いに聴くこと、と、聴こえなくなること、とが、ごっちゃになる騒乱状態の現出があろうかと。
リハでの、単なる音量的かぶりの意味ではない。
聴くうちに、聴こえなくなり、自分の音、もしくは相手の音に、ズブズブのめり込んでいったって、それはそれ。それは「聴かない」のではなく、「聴いた」結果の成り行きだ。そこまで行っての、ぐちゃぐちゃ夢現状況。騒乱というより、そんな音と意識の往来こそが、時と音と人との遭遇の生成そのもの、いわば音楽というもののダイナミズムの根源ではないか。それが、ひょっとして見えるかと。
が、最後まで騒乱は起きず。張った糸をいきなり断ち切って、両者ひっくり返るくらいの大胆不敵が欲しかった、というのが正直なところ。
アンコールは「『見上げてごらん夜の星』を叩きます」と、森山のソロ。それからサティ2曲を2人で。彼が「サティ、いいなあ、それ、やりましょう。」と言って。
『Je
te veux おまえが欲しい』のワルツと、『グノシェンヌ(遺作)』からの1曲。
ワルツは、森山のとろんとしたステップの「ため」が色っぽくつやっぽく、どちらかというと先を急ぐ風の高橋にまといつき、私は楽しんだ。こんな風に口説かれたら、女はイチコロよ、とか思いつつ。
2曲ともドラムがオブリガード風に動き、サティの楽曲枠が破れなかったのを物足りなく思うひともいたろう。が、これがサティの力というものだ、と見せつけられた気が私はした。それは、高橋、森山両者の音楽背景(2人とも芸大ほぼ同期)のなせる業、とも言えようが。
この顔合わせ、今回で3回目とか。帰りがけ、外科医だろう、年配客の1人が「いや、いいものを聴かせていただいた。久々にオペ(手術)がやりたくなりました。」と藤井氏に語りかけるのを耳にした。その気持ち、なんだかわかる。「腕と年齢」の微妙な関係。当夜の2人の演奏に、何か奮い立たせるものがあったのだ。
「現代音楽」が輝いてみえた70年代。その先端を駆け抜け、今なお、疾走する筋金入りのアーティスト2人の刻む、刻一刻は、コンクリート打ちっぱなし空間に良く似合った。JT
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