
今回の東混定期公演は、非常に明確なメッセージを打ち出したプログラミングだった。委嘱新作2曲を包み込んで配された、リゲティと三善の作品が打ち鳴らす、永遠の闇に向かう問い、虚無の鐘。しかし、その「空」を徐々に浸して、個々の支流は小さくとも、やがて「祈り」としての大きな流れとなるためには、まず、目を逸らさずに立ち向かい、しかと凝視めるべき個を超えた暗色の風景があるべきで、そして一方に、他者の景色に抱かれて、許される自分に問いかけながら向かうべき“夢の意味”があるはずだ。前者は、鷹羽弘晃作品が、後者は、上田真樹作品が呈示したものであった。
上田の『夢の意味』は繊細な光と蔭があやなすトーナルな響きが青空に輝く雲。鷹羽の『ブルレスカ』はより大胆な音響に踏み込んで、詩の言葉の内実に響きを寄り添わせつつ、だが、単なる絵画的な描写を超えた心理劇を打ち立てた。だが、この二作の作曲技法上の外見の相違、そこに着目する音楽の聴き方に、果たしてどれほどの意味があるのか。そう思われる地点で、この夜の演奏会は、聴かれるべきものだった。つまりそれは、今、この時代において、歌われるべき作品としての必然性、といったものである。
リゲティの『永遠の光が』は、1966年、リゲティ43歳の時の作品である。ベトナム戦争が開始された直後。62年のキューバ危機など、世界の先行きは暗かった。しかし、人間の幸福が政治システムの改革を通じて得られるとした近代のプログラムは、共産主義の非人間的抑圧によって完全に破綻し、もはや政治は、巨悪による単なる「お芝居」の場所であることが露顕していた。東側からの亡命を余儀なくされたリゲティ自身、その絶望からの“祈り”は、いかばかりのものであったか。『永遠の光が』を聴くためには、このくらいのことは押さえておかないといけない。ミクロポリフォニーの音響の素晴らしさを楽しむだけの音楽ではないのだ。そこには、人間の、闇と、光と、祈りがある。ならば、近代が破綻した今の時代において、人間は、何を凝視め、何を願い、何を祈ればよいのか。音楽が、人と人を、生者と死者とを、結びつけるための、想念の紐であるのなら、それは、相手が結び目を引き継ぎ、受け渡してくれることを信じて、その紐を手元で撚って、投げ渡す、という行為であるだろう。ひとつひとつの紐が合わさって、響きを奏でる。その意味で、音楽とは、孤独な魂が、孤絶した闇の彼方に耳をすまし、そこに呼びかける人間の行為のひとつの在り方である。(もちろん、すべての「音楽」がそうだというのではなくて、いわば、こうしたかたちでしか成立しえない人間の行為が、「音楽」という形式においても許されている、という恩寵を言いたいだけである。そしてまた、このような精神に触れる「音楽」は、もちろん、ジャンルなどで括れるものではない。)
この日の公演で演奏された作品は、すべてが「未来への“祈り”」というテーマ、すなわち、この困難な時代、いかにして「未来が有り得るか」という問いを経過せずには祈りさえ立ち上がらない厳しい時代において、魂が光を求めて進む道筋を、出来合いの投光機やレーダーや理論ではなく、手元の燭台だけに頼って描き出したものであることが、心に届き、響き合うものだった。四曲とも、それぞれが、投げかけられた紐を受け止めて結び、次に受け渡していきたい思いとなって、私を、内部から深く突き動かし、満たしたのであった。
各曲の演奏についての詳細は、これ以上はあまりに長文になるので、省略したい。注目された三善作品について言えば、原曲のオーケストラを2台ピアノ(編曲スコアには、ピアノ1台用の編曲も並記されている)にリダクションした新垣隆の仕事は、この一回限りの演奏で終わるのでなく、今後全国各地で演奏されていくことを前提として(たとえば、東混が毎年行なっている林光の「八月の祭り」のように、今後、年一回、三善晃作品だけのフェスティヴァルを開催して『レクイエム』を必ず演奏する、というふうにはならないものか?)讃えられるべきだが、だがしかし、この編曲版をお聴きになった方なら分かると思うが、原曲のオケ版が訴える響きの世界は、巨きく削がれている。それは当然というべきで、最初から、ピアノ2台(または1台)に収まる、あるいは、代替して済む響きではない。そんなことは、出版社も、新垣隆も、東混も、そして三善晃も、みんなが最初から分かっていたことだ。その上で、編曲が行なわれ、こうして演奏された。なぜか。やはり、この名曲を歌う機会を増やしたい、という、それだけの理由だろう。だが、その理由が、あまりに切実だったということ。『レクイエム』を歌う、聴く、ということが、今ほど、求められている時はない、という、関係者たちの思いに、私は、心の底から共感する。(本来であれば、原曲が、繰り返し演奏されるべきではあるが、何事も経済抜きに語れない昨今、採算を度外視したプロジェクトを組むことの苦労は推して知るべきである。もちろんこれは文化全体の問題である。)
……『レクイエム』、第三楽章の最後の音が、静かに、消えて行った。指揮者、山田和樹は動かない。静寂。ふつうならば、曲が終わって、せめて10秒。だが、そのまま、微動だにしない。30秒。まだ動かない。舞台上も客席も、しわぶきひとつない沈黙。凍りついた時間が続く。演奏者たちの顔が、菩薩のように、表情を超えた表情のまま、指揮者を見ている。その顔を、観客が見ている。私は、その時、三善の『レクイエム』が呼びかけた夥しい戦争の死者たち、そしてまた、今この時も世界各地で行なわれていて無残な死を生きねばならない人々の魂を思い、瞬時に、黙祷した。しばらくして眼を開けると、まだ指揮者は動かないままだ。これは、一体、なんだろう。その時、思った。この凄惨な、血だらけの音楽の演奏は、新しい生命を産み出す行為、出産でもあったのだ、と。この産声は、無から始まり、無へと帰る。私たちは、沈黙の叫びを、ことほぐ者だ。ああ、医者が必要だ。誰か、この指揮者をすぐに看護しなければ。彼は今、自分の産み出した沈黙の子供にのみ込まれて動けなくなっているのだ……。60秒経って、指揮者の首ががくんと前に垂れた。さざなみのように小さく拍手が起こり、ゆるやかにクレッシェンドしていった。客席に振り返った指揮者が、救いを求めるように席を見渡し、誰かを捜している。そこには、病をおして会場にかけつけた作曲者三善晃がいた。折れそうな細い体躯を杖に預けて、客席の椅子から立ち上がる。ステージを降りて歩み寄る指揮者。そして、そのまま、三善の手をとると、深く、その手に頭を垂れて、動かない、そのまま全く動けない。客席の聴衆も、舞台上の演奏者たちも、その指揮者の姿が、自分自身の心を写したものであると思ったのではなかろうか……。神話の一シーンのようであり、一夜明けた今でも、私自身、いまだ夢のような思いにとらわれている。
正直に告白すると、開演前は、プログラムの最後が三善作品で、しかも2台ピアノに混声合唱とくれば、アンコールはやはり『唱歌の四季』から何か聴けるだろう、と期待していたのだが、終演後にいつまでも続く拍手のなかで、私は、もう、このまま終わってほしいと思い始めていた。そして、何度ものカーテンコールの後、東混と指揮者山田和樹は、アンコールを行なわずに、この日のコンサートを静かに終わらせたのだった。JT
[ Back Number ] [ HORIUCHI's INDEX ]