
北浪良佳
サンデー・アフタヌーン・コンサート、副題を「日曜お昼間 歌とピアノのコンサート in 松濤」といい、パンフレットには“北浪良佳の声と石井彰のピアノが日曜日の午後をブリリアントにする日”とある。この日は前日からの雨も上がって久しぶりに雨上がりの新緑の中、閑静な松濤の街並みを楽しみながら会場に向かった。
ビルの一階、ガラス越しの「タカギクラヴィア」。どこかお洒落なサロンと云った趣で、60席ほどの落ち着いた空間にはハンブルグ・スタインウエイが鎮座し、日曜日の昼下がりとあって、遠方から駆けつけた熱心な北浪ファンや子育て真っ盛り、幼い子供がいて普段は滅多に行けないコンサートに今日はちょっと近隣に子供を預けて出かけてきたという若い女性などが集い補助席や立ち見も出るほどの盛況ぶり、開演前の団欒も弾み(vo)と(p)のデュオには正に格好の環境。ピアノの響きもよく、北浪の体全体が楽器になったような豊かな声量が心地よく、その伸びやかな唄いっぷりが昼下がりの空間を爽やかに満たした。
スタートはアルバムの冒頭に収められていた<I Wish You Love>、続いて2曲目、ガーシュインの<How Long Has This Been Going On?>石井の明るく弾力のあるテンポ設定によって軽快に唄い、ピアノが絡む。二人のコラボレーションは名盤「duet/christy,kenton」(capitol)でのジューン・クリスティとスタン・ケントン( '55)以来の清新な香りを漂わせ聴くものを二人の世界に誘った。

石井彰(p) 北浪良佳(vo)
昨秋、1stアルバム『リトル・ガール・ブルー』(Videoarts Music) のリリースを機にエグゼクティブ・プロデューサー、ビデオアーツの海老根久夫さんの発案により隔月のペースで目黒「ブルース・アレイ・ジャパン」等でのバンド・ライブとアコースティックな空間でのデュオのコンサートを交互に試みてゆくことになった。海老根さんは嘗て高橋悠治がニューヨークから帰国した直後('72年〜)、その活動に賛同し高橋悠治のコンサートを主催、また高橋悠治を通じて武満徹等現代音楽の作曲家と交流を深め「トランソニック」の組織にも関わり、季刊誌の発行等にも力を注いでいたと伺っている。とりわけ高橋悠治の昼下がりのコンサートは好評だったことが印象に残っていて、それが今回のアイデアにつながっているという。確かにコンサートが終わって外に出た時にもまだ陽があるのは素晴らしい。
この日はその昼下がりのコンサートの「デュオ・バージョン」のスタートである。
今回のデュオ・パートナーは石井彰さん。彼はアルバム『リトル・ガール・ブルー』のミュージカル・プロデュースを手がけており、北浪のパーソナリティーを最も分っている適任者、北浪もそれ故かリラックスして唄っており、全身から唄う喜びが伝わってきた。

声と手の動きも美しく
アルバム『リトル・ガール・ブルー』でプロデユース、アレンジを担当、北浪の潜在的なポテンシャルを引き出し見事なデビュー・アルバムをつくりあげた石井彰はこの日もデュオというどのピアニストも演っていそうで、実は最も難しい役回りをその卓抜のセンスでいとも容易く演じてみせてくれた。CDではリシャール・ガリアーノ七重奏団を使ってタンゴのアクセントが効果的だった武満徹の<燃える秋>では、ピアノだけでタンゴのリズムをキープしながらエッジの効いたタッチで激しい昂揚感を生み出し北浪を一歩高いステージへといざなうくだりはとてもスマートだ。そして武満徹/谷川俊太郎のコンビの曲<見えないこども>では限りなく澄んだ透明なタッチで北浪を、聴き手を幻想の世界にいざなう。ソロといいバッキングといい深く洗練された世界を築き上げるあたりも絶妙である。デュオというフォーマットを選んだ時の石井は装飾をとり除き最もシンプルな状態でデッサンを描くように音の陰影をつけてゆき、更に北浪との対話の中から鮮やかな色彩を塗りこめて行く。そう、この日の石井彰は単なる歌伴ではなく、全く対等なデュエットとしてアレンジ、構成、ソロ、バッキングそのすべての局面でジャズのフォルムを超えた斬新なプロセスを展開してくれた。

クールに燃える石井彰
今回は北浪の持っている幅広いレパートリーを手広く唄いこんでゆくのではなくCD『リトル・ガール・ブルー』で取り上げた曲をデュオのアコースティック・バージョンでやったらどうイメージが変わるかを機軸にトライしたということだが、その勘所を押さえた選曲は初夏の風のように爽やかな気流をつくりだし、日曜日の昼下がりを快適な空間とした。 一部ではアルバムから<ソー・イン・ラブ>などCD収録曲4曲と武満徹の曲を演奏したがとりわけ武満徹の曲<つばさ>、<丸と三角のうた>、<小さな空>は新鮮で、もしかしたらこのデュオから新しい音に出会えるのではという期待が、そっくりそのまま実体験できたのである。

コミュニケーションは唄の原点
3年前のある日、石井彰の大阪のライブに飛び入りで唄ったのが最初の出会いと伺っているが、お二人は大阪音楽大学の先輩、後輩という間柄でもあり、さらに武満徹に関心を寄せている点においても共感し、これまでにも何度か二人で武満作品を演奏する機会を重ねているという。北浪は武満の曲に自分の感情を湧き起こし、唄うということが生活の中で呼吸することと一緒だと訴えているようでもあり、その伸びやかでピカピカに明るい声は磨き上げた宝石のように輝いていた。

武満作品を唄う北浪さん
北浪良佳は現在、関西と東京を行き来しながら活動の場を広げている。ライブ・ハウスではピアニストとの交流も多く、井上ゆかり、後藤浩二、西山瞳、安藤義則、渋谷毅等々とセッションを重ねている。そうした中で石井彰とのプログラムは歌の原点でもある発声、声量の豊かな北浪の素材をあらためてテーブルにのせた上で音楽と言葉を呼吸させ、二人が互いに伝えたいものをより的確に伝え合いコミュニケートする、そしてそこから新しいものを見出しチャレンジする、チャーミングで余韻の深いコンサートであった。

石井彰・北浪良佳 デュオatタカギクラヴィア
北浪の隔月毎の定例コンサート、7月は再び石井彰とデュオ・コンサートを12日(土)恵比寿の「アート・カフェ・フレンズ」で決定している。石井とのデュオ、次回はどのような展開になるのか楽しみである。(08.6.11)
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