ライブレポート
#182 目白バ・ロック音楽祭 2008 by 稲岡邦弥

今年で4年目を迎える「目白バ・ロック音楽祭」。今年のテーマは「吟遊詩人」だったが、僕はスケジュールの都合で「こだわりのリサイタル・シリーズ」に出掛けた。JR目白駅から日本聖書神学校まで、目白通り沿いに約10分。なかなかの街並である。伝統的な店構えとこ洒落たデザインの店がランダムに並び、大人の街の雰囲気を醸し出す。気になる蕎麦やに数店でくわし、とうとう最後の店に入ってしまったが、味には裏切られなかった。
事前にネットでチェックした歴史的な建物に代わり真新しい礼拝堂が現れたのには驚いた。今年の3月に竣工した新築の会堂だった。カソリック特有のステンドグラスが目映く、左右のガラス戸からふんだんに光が入ってくる。隣の民家や工事現場も素通しで、これほどオープンな礼拝堂も珍しい。席数140の会堂は独奏や小さな室内楽アンサンブルには最適なサイズだ。
初めて目にし,耳にする古楽器、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ。スパッラはイタリア語でショルダー、肩を表し、「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」は、文字通り、「肩かけチェロ」を意味する。楽器が大きく重いためストラップで肩から吊るし安定させるのだ。ギターを想像すれば良いのだが、バイオリンやビオラと同じように弓で演奏するため、ネックの先端は肩甲骨あたりに当てられている。静かに「4番」の演奏が始まる。その音は何と表現したら良いのだろう。ビオラとも違う。もちろんチェロとも違う。やはり、「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」独特の音としか表現の仕様がない。当然といえば当然だが。ひなびた音と言ったら良いのであろうか。演奏者自身が製作した新しい楽器、ということもある。大きな楽器を抱えて演奏するため、アップライトのチェロのようなダイナミクスが出せないことは当然だ。テクニックも制限されるため、聴き慣れたチェロでの演奏に比べ、表現が地味なことは否めない。ビブラートはほとんどフレーズの最後の音に使われるのみ(これは、他の理由に拠るものかも知れない)。何の飾りもなく淡々としかし軽やかに演奏される組曲。これが18世紀バッハの時代に演奏された内容に近いのだろうか。
「5番」が終わったところで質疑応答の時間が設けられた。「ビオラ・ダ・ガンバとの違い」「5弦の意味」など、積極的に手が挙がる。バデイァロフ氏の説明(彼は日本語も操る)によると、当時、楽器の大きさは一定ではなかったようだ。民衆も好んで手製の楽器を作っていたという話を聞き、昨年、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで見た肩掛けコントラバスを思い出した。フォークミュージックを演奏したこの楽器こそ、チェロ(アップライト)の大きさに近かったと思う。
しかし、帰宅後、ネットで検索した事実こそこの「ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ」を復元した真意を知ることになる。じつは、この試みは1昨年のバ・ロック音楽祭で寺神戸亮氏がバディアロフ氏製作になるヴィオロンチェロを使ってバッハの無伴奏組曲を演奏、大変な評判を呼んでいたのだ。バロック・バイオリンのスペシャリスト寺神戸亮氏によれば、「これはヴァイオリニストとしての僕の夢をかなえてくれる楽器なんです。普段ヴァイオリニストは高音のメロディーを受け持っていますから、チェロの音域のような低音を弾くということに特別な感覚を覚えます」。製作者のバディアロフ氏も寺神戸氏もチェリストではなく、バイオリニストである(じつは、僕は去る4月、高円寺の教会で寺神戸氏がピアノとコントラバスとのトリオで数々の愛らしい創作小品を演奏するコンサートを聴いている)。そのバイオリニスト達が軽やかに弾く無伴奏チェロ組曲。寺神戸氏はさらに、バッハの無伴奏組曲はダ・スパッラのために書かれたのではないかとさえ思いを馳せる。チェロでは不可能な運指がダ・スパッラでは無理なく使えるからだという。
復元された古楽器を聴きに気軽に出掛けたコンサートであったが、思わぬ収穫が得られた“スパッラ”しい一日であった。門外漢故、企画意図を正しく理解するまで遠回りをしてしまったのだが。
ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラをすっかり気に入った寺神戸亮氏はバッハの無伴奏組曲全曲集を録音,今月、コロムビアからCD発売したそうだ。バイオリニストが弾くチェロ組曲、改めてじっくり聴いてみたい。JT


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UPDATED 06.29.2008