Concert Report#544(Extra)

川村結花&田中邦和デュオ
渋谷バーdress
2012年9月16日(日) 20:00
Reported by 神野秀雄

川村結花(p, vo) 
田中邦和(ts, ss)

1. 星の果て 
2. 今年の恋
3. アンフォゲッタブル
4. ATOKATA
5. バナナ

6. 君を見た最後の場面
7. 愛で満たせば
8 私が知ってる
9. 後半もお楽しみに
9. 朝焼けの歌

10.マイルストーン
11.遠くの星と近くの君

東急東横線渋谷駅が副都心線とともに地下ホールへ移り、渋谷の人の流れが変わり、ヒカリエから渋谷駅南西側のエリアの再開発の動きも見えてきた2013年6月、ビルからの立ち退きにより「渋谷バーdress」(渋谷区渋谷3-20-15 サエグサビル3F)が静かに閉店した。旧東横線渋谷駅ホームを望み、渋谷川沿いにあった、20人も入れば一杯になってしまう小さな店だが、週末には個性的なジャズライブシリーズを提供し、平日も含め森谷義則店長による美味しい料理をワインとともに、を楽しむことができた。ジャズライブシリーズは、オンリーワンの魅力を持ち、枠に捉われない創作活動を続けているミュージシャンたちを厳選してのもので、森谷の耳の確かさも示している。少し前のもので恐縮だが、このライブレポートを以って「渋谷バーdress」を貴重なライブ空間として記録に留めたい。

SMAP<夜空ノムコウ>の作曲をはじめとして、たくさんのアーティストに素晴らしい作品を提供し続けている川村結花。2010年にはFUNKY MONKEY BABYSと共作の<あとひとつ>で、「第52回 輝く!日本レコード大賞」作曲賞を受賞している。そして自らもピアニスト、シンガーソングライターとして数々の名曲を生み出し、ピアノソロ弾き語りを中心にライブを続けている。東京藝術大学作曲科で塩谷哲や岩代太郎の同級生にあたるが、早稲田大学モダンジャズ研究会のレギュラーバンドのピアニストを務めたことがあり、矢野顕子にも通じることだが(川村は矢野にも作品を提供するとともに共演もしている)、ジャズピアノの自由な表現力と感性を持ちあわせながら作編曲と演奏を行っていることで、一線を画す密度の高いライブパフォーマンスを聴かせてくれる。塩谷哲とは、2004年12月「Saltish Night」で共演、<バナナ>で驚異的な連弾を披露し、そのグルーヴとインタープレイは、塩谷と小曽根真との連弾のインパクトにも負けないものだった。川村は影響を受けたミュージシャンとして、パット・メセニー、ケニー・カークランド、ウェイン・ショーター、リッキー・リー・ジョーンズ、ベンフォールズ・ファイブらの名前を挙げている。
そして、川村の学生時代からの音楽仲間であるサックスの田中邦和。東京大学ジャズ研究会の出身で、5年間の会社員経験の後、ジョー・ロヴァーノらに見出され、プロミュージシャンへの道を選ぶ。最近CD『ELEGY』をリリースしたASA-CHNAG(ds)、高瀬裕(b)との田中邦和Jazz Trio(なおNHKで放映され好評だった「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」の2010年5月放送「ジャズ」編では毎回、坂本龍一+田中邦和トリオの演奏で締めくくられていた)、沖 祐市(p, 東京スカパラダイスオーケストラ)とのユニット「Sembello」、 、スタンダード・ムード音楽ユニット「ブラックベルベッツ」、バリトンサックス11人による「東京中低域」などさまざまな活動を精力的に行っているが、田中のサックスの豊かな音質と繊細な表現力がその活動を強く印象づけている。
川村結花と田中邦和によるデュオ「田中君と川村さん」は、渋谷バーdressで2011年6月25日に始まり何度か行われた。dressほどの小さいハコでの演奏は極めて異例で、むしろシークレットライブに近い。実際、川村&田中デュオコンサートは、大阪・梅田フェニックスホールをソールドアウトにして行われたことがある。また11月30日に行われた川村、田中に、石成正人(g)、tatsu(b)、玉木正昭(perc)が加わった「川村結花Power of 5」での目黒ブルースアレイジャパン公演でも満席となっている。2011年4月9日のdressでの田中と林正樹(p)のデュオライブを川村が聴きに来て、「久しぶりに一緒にセッションしたいね、居心地のよいこの店で」ということで、公演という以前に自分たちの大切な時間として実現したものだ。なお、田中と林正樹のデュオは、渋谷バーdressで何度かライブの機会があり、アルバム『Double Torus』として実を結んでいる。これらは「3・11」後の時間の流れの中のことでもあった。

<星の果て>からライブが始まる。日曜劇場『華和家の四姉妹』主題歌として、観月ありさに提供した曲のセルフカバーだ。星の果てで、虹のふもとで、時空を超えて愛する人を見つけ再び出会う、という壮大な世界観をしっとりと歌い上げる。2013年公開の映画『クラウド・アトラス』がまさに時空を超えて何度でも出会うというストーリーだったが、その世界観も先取りしたような曲。映画『火天の城』エンディングテーマとして中孝介(あたりこうすけ)に提供した<空が空>でもそうだが、川村は日常の感覚や映像作品のもういくつか上の壮大な世界観からの詞を書くことがあり、それを支えるだけの高い質の作曲によって成立し、映像作品にまた違った感動を添えることになっている。川村によるセルフカバーでの自ら発せられる心からの歌に、田中の豊かな音に触発される形で、より表現が深まっていく。
<今年の恋><ATOKATA><君を見た最後の場面>は、これまでライブで聴く機会があまりなかったが、夏の終わりに生で聴いて、曲の美しさ、せつなさが心に沁みる。田中とのインタープレイで新しい命を得て、CDとはまた違った素晴らしい音になっていた。川村の名曲には気持ちのよい「せつなさ」がついてまわる。<愛で満たせば><後半もお楽しみに>は未発表の新曲で、最近のライブでたびたび演奏されている。
アンコールでは<マイルストーン>と<遠くの星と近くの君>を。いずれも1999年に発表され名盤との評価が高いサードアルバム『Lush Life』(Epic Records Japan)から。いずれも気持ちを前向きにさせてくれるコード進行と歌詞。「遠くの星と近くの君」では田中の吹くカウンターメロディーが、川村の声に美しく絡みながら、インプロビゼーションを繰りひろげエンディングに向かい、この貴重な時間を楽しい余韻にかえてくれる。演奏が終わってもホームパーティーのように優しい穏やかな時間が流れ続けていた。

このライブを川村と田中から数mのところで、2011年6月のライブではわずか1mのところで聴くことができた。学生の頃は、自分の好きな音は、アメリカやヨーロッパなど遠いところで、個人的には知らない偉大なミュージシャンによって生まれ送られてくるものだった。こんなに近い手の届く距離にいちばん好きな音楽があり、それが生まれる瞬間に立ち会える幸せに感謝している。しかも私が学生時代に接点を持つことのできた二人が大好きなミュージシャンであることをとても嬉しく思う。

現在、川村はアルバムのレコーディングを行っており、2013年秋の発売を予定している。『a half note』をリリースしたのが2005年11月で、アルバムとしては8年間もの長いブランク。しかしその間、実にたくさんの歌に命を吹き込み、たくさんのアーティストによって表現されてきている。東京・大阪の川村のライブにアクセスできる人なら、ピアノソロ弾き語りライブでたくさんの元気と優しさをもらうことができたが、「3・11」以降の東北で、日本中で、川村の歌を必要とする人、これから出会うべき人がたくさんいる。これまではアルバムとしての音創りとライブでの音創りをある程度分けてきた気がするが、今回に限らず今後の制作活動の中で、その場のインタープレイから生まれる魔法や、バンドの持つテンションや躍動感をどのようにレコーディングに持込んだり、反映させるのかも楽しみなところである。また、この川村と田中のデュオは永く続く特別なものであり、渋谷バーdress閉店後もこのデュオを聴けるチャンス、それを聴ける空間があることを期待している。そして、今後の川村と田中の活動と生まれてくる音楽に注目していきたい。

【追記】
<マイルストーン>――「MILESTONEに通い詰めていた学生時代へのノスタルジー。将来に希望が持てず、その癖、わかったような正論をぶちまけていた」
アンコールで演奏された<マイルストーン>は『Lush Life』1曲目で私の大好きな曲、初めてCDをかけた瞬間から引き込まれた。今回、ネットで調べていて「川村結花本人による全曲解説」というのを見つけ、当時配られていた無料サンプラーCDに記載されていたということもわかった。この曲名は驚くべきことに高田馬場のジャズ喫茶「MILESTONE」に由来するという。今までそれを知らずに、マイルス・デイヴィスの曲名の方に関連あるかなとは思っていたのだが。そういえば私も同じ頃、学生時代、高田馬場「MILESTONE」にそこそこ通っていた。たしかJBLスピーカーがあり、高田馬場の中では、ECMが充実していて、ECMやパット・メセニー、キース・ジャレットをリクエストしやすかったような記憶がある。川村が影響を受けた一人、パット・メセニーについて言えば、1984年『First Circle』(ECM1278)を最後にECMを離れ、川村が通っていたのは『Still Life
(Talking)』『Letter from Home』(Geffen)の時期と思われる。思わず時空がつながり、そうかこの曲への不思議な共有感はそこにあったのか。今と昔が交錯する高田馬場にあって「MILESTONE」は今も変わらずにそこにある。

【関連リンク】
川村結花「日々のサビ」
http://www.kawamurayuka.com/
田中邦和 公式ウェブサイト
http://kuni-kuni.net/
渋谷バーdress
http://dress-2f.com/
ジャズ喫茶「マイルストーン」
http://jazz-milestone.net
観月ありさ「星の果て」(Avex公式YouTube)
http://youtu.be/HO5jvAvE99M#aid=P9VH2Rtt4kw








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