『高瀬アキ 井野信義/天衣無縫』
Mobys/地底レコード MC10003 2,625円(税込価格)
高瀬アキ(p, china koto, glockenspiel, vo) 井野信義(b, chanchiki, kokyu, bell, vo)
1.百花繚乱 2.或る宴 3.Song for Che 4.わが心のルネッサンス 5.天邪鬼 6.美は乱調にあり 7.埴生の宿
録音:1985年12月12日13日@筑波学園Nova Hall
ベルリンに住み、ヨーロッパを中心に世界的に活躍している高瀬アキ。その渡独前の代表作が遂にCD化された。本作は、ジャズから即興音楽まで幅広く活躍するベースの第一人者である井野信義とのデュオ・アルバムで、80年代に日本人が録音したジャズ・レコードの傑作のひとつでもある。
なによりも二人の演奏者の音楽への真っ直ぐな対峙の仕方、その明確な創造への意志が、時代を超えて聴く者を捉える。二人のフレッシュな感性は、今なお瑞々しい。それまでのジャズの表現を超えて、その一歩向こう側へ踏みだそうとしている現在進行形の音楽。ジャズの語法とフリー・プレイ、作曲と即興演奏の境界線を行き来しつつ、そのライン上にそれぞれの引き出しに持っている様々な音楽要素が混じりあい、重なりあいながら、それぞれの作品は、短いながらもドラマを創り出している。
<天邪鬼>を聴きながら、1987年のメールス・ジャズ祭でのマリア・ジョアンとのステージを思い出す。ヨーロッパでの成功の足がかりとなったそのデュオでレパートリーとして取り上げられていたからだ。それだけではない。あらためて聴いてみると、その後の高瀬のさまざまな音楽活動に繋がる要素がここにいろいろ隠れていることに気付く。山下洋輔を引き合いに出して語られたフリージャズ的な演奏、よく日本的と評されたリリシズム。そのピアニズムはステップ・アップし、ソロ・アルバム『Shima
Shoka』で大きく評価された。瀬戸内晴美の小説をタイトルにした<美は乱調にあり>を作ったように、文学への興味があってこそ多和田葉子とのコラボレーションに繋がったともいえる。そして、幾つものデュオ作品でドイツ批評家賞を得たように、デュオに面白さを見出し、単なるセッションを超えたダイアローグに音楽表現のひとつのカタチを見出した原点はこのデュオにあるのではないか、などと。
また、井野はジャズ・ベーシストとして第一人者であるだけではなく、単にフリージャズといった範疇に留まることなく、より自由な即興演奏の出来るインプロヴァイザーである。アルコ、ピチカート、そしてヴォイスも交えた多彩な表現、あるいは井野の作品<百花繚乱>におけるユーモラスな発想の面白さ。彼の資質や音楽性に存分に触れることが出来るという意味でも貴重なアルバムだ。
音楽はイメージを喚起する。<Song For Che>ではチェ・ゲバラが、<美は乱調にあり>では大杉栄と伊藤野枝の姿が風景のように浮かび上がってくる。と同時に、録音から二十数年経た今だからこそ、二人の音楽家の辿ってきた道程がそこから立ち上がってくる。ドラマは言葉で書かれたものの中にだけあるのではない。JT
(横井一江)