『浅川太平/Taihei Asakawa』

ローヴィング・スピリッツ RKCJ - 2032 ¥2,500(税込)

1.パルサー 2.慈眼の波 3.ゲート・オヴ・ウィングス 4.ヴァシレーション 5.スノー 6.ジンガ 7.深い河 8.キャパ 9.ロンバルディア 10.インカーネーション 11.白夜奏

浅川太平(p) 鉄井孝司(b) 鈴木カオル(ds)

プロデューサー:加藤真一
録音:スタジオ1970、2007年4月9日&10日

 デビューまもないブラッド・メルドーを初めてヴィレッジ・ヴァンガードで聴いた折りのこと。彼の左手と右手が自在に交信しあう魔術を目の当たりにしたとき、ジャズのピアノ奏法はおそらくはある種の頂点に達しつつあり、ジャズのイディオムとテクニック(演奏技法)の次元での革新はもはやほとんど望みえないのではないかと感じたことを思い出す。だが、いま改めて思い直してみると、この楽器は演奏する人の感性や意識、のみならずその演奏者の生き方や日々の思考を含む、じつにさまざまな多次元的な要素を糧にして生きているらしいと、ことに最近、痛感することしきりだ。最近とはメルドー以後と言い直してもいいが、いわゆるモダン・ジャズ・ルネッサンスの波が高まりだした80年代末から90年代全般を通して明らかになったジャズ界の世代交替、すなわち有能な新鋭の台頭と活躍が大きな話題となりはじめて以後のこと。その最大の弾き手がメルドーだった。楽器の中でもこのピアノという楽器は完璧と洗練の極みにあるが、演奏者が高い目的意識、ピアノという美の神に献身する心構え、そしてピアノに宿った神が手を差し伸べてくれた瞬間に応える感性次第では、この楽器にはまだまだ私たちの想像の及ばぬ無限といいたいほどの可能性があり、それに向かって謙虚な心で応えようと必死に努力し、巨大なスピリットと交信しえた者にはピアノの神が微笑むという数々の例を、次々に出現しては新しい風を巻き起こしている新鋭や最近のピアニストの演奏に見いだしてきた。その意味では、ジャズのピアノ奏法の進化がジャズの表現形態と密接な関係にあるのはいうまでもないが、それ以前の演奏者の楽器との対峙の仕方とかスピリットの発揮がどのようなものかに、私の関心は移っていかざるをえない。進化はまた深化である。技術的な進化をむしろ超越し、精神的な達成を通して音楽を深化させる時代を迎えたのではないかと、最近の有能なピアニスト(新鋭ピアニストに限らないが)の演奏を聴くたびに思う。かつてハービー・ニコルスが黒人音楽家の先天的創造と西洋の教育システムの叡智を統合する未来を希求しながら薄幸の生涯を終えたことを思えば、今日の演奏家はその限りでは何と幸せなことかとつくづく思う。
 浅川太平というピアニストの、むろん初リーダー作というこの1作を聴きながら、作品や演奏の評価は後回しにしてちょっと脇道にそれてみたくなった。わが国のジャズ界に限ってもこの10年ほどの間に才能豊かなピアニストが次から次へと登場し、それぞれに熱い視線を浴びている。その中の何人かはピアノという楽器への取り組み方に従来にない新鮮なアプローチを持ち込んで、自身の進化をピアノ演奏に反映させる極めて意欲的な姿勢を押し出している。ブラッド・メルドーの出現でジャズ・ピアノ奏法が技術的に頂点に達したとの考えに、正直なところみずから留保をつけざるを得なくなった。ジャズのピアノ奏法にはもっと別の展開法があって、近年のピアニストたち、たとえば現代の若い俊才たちがこぞってそうした新しい展開法の実践に乗りだす時代をいま迎えつつあることが、どうやら真実らしいと分かってきたのだ。
 この点を踏まえて浅川太平のこの演奏を評すれば、一言でいって空恐ろしい能力を持ち、しかもみずからが自覚した表現法を堂々と展開しながら、たとえば一幅の絵画にするだけの先天的なアーティストたるまぶしいほどの光を放っている演奏には、端的にいって唖然とさせられる。解説者の「驚異の新人登場」といういささか陳腐な言葉も、この浅川に限っては陳腐に響かない。クリーンなタッチ、豊穣なピアノの響き、ハードなリズム感、多彩なハーモニーなど、すべてに新人離れしている。頭でっかちなところがなくもないが、この豊かな美しさを1音にこめて、しかもオペラのアリアで圧倒するかのような演奏にはしばらく聞き惚れた。
 経歴を見ると、30歳になったばかり。若いといえば若いが、かつて松永貴志がデビューしたときのように10代というわけではない。翻って、ではなぜ過去に噂のひとつも呼ばなかったのか。プロデュースしたのはベース奏者の加藤真一だが、まさか浅川が自分と同じ北海道出身だというよしみでプロデュースをかってでたわけではあるまい。浅川の抜きんでた能力に着目した彼はデュオ演奏の機会をつくったりしたという。つまり、調教したということだろう。加藤にいわせると、発見当時の浅川トリオは暴れ馬状態でレコードにするには無理があった。調教がうまく運んだところでこのデビュー吹込となったということだろう。加藤の狙いは浅川の曲の面白さとピアノの魅力をストレートに伝えることだったという。私も安易にスタンダード曲を中心にした選曲でデビュー作を飾らなくてよかったと思う。このオリジナル曲集を耳にすれば、スタンダード曲でも斬新な編曲と構成の手腕を発揮するに違いないと確信する次回作以降でやればいい。頭脳偏重の演奏に堕すことだけは厳に戒めてもらいたいと思うが、彼の作曲の才がこのデビュー作でも存分に味わえることだけは間違いない。変拍子を多用しながら頭でこねくり回した印象を与えることなくスムースな展開を達成しているあたりは彼の非凡な才能を示しているといっていいし、この達成に寄与した鉄井孝司と鈴木カオルの好演も称賛に値するだろう。
 ブラッド・メルドーの影響を指摘されて、浅川がそれを認めながらも「本当に好きなのはマリリン・クリスペル」と告白しているのはとても興味深い。1曲だけソロ・ピアノだが、他のオリジナル曲の中には明らかにクラシックの作曲家、たとえばショパンやラヴェルへの共感を示した作品もあり、その意味での統合作業や繊細さからダイナミックな演奏にいたる起伏に富んだ表現の展開など課題も少なくないが、それだけに期待もある。とにかく筋がいい。キラキラ光る何かがある。刮目したい。
 気になったのは、2曲目だったと思うが、ピアノのピッチに狂いが生じて演奏の傷となっていること。せっかく加藤真一が目と耳を光らせているのだから再調律すべきだったと思うが。JT

(悠 雅彦)

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