『Mederic Collignon/Porgy and Bess』
Minium 6130222(仏)
Mederic Collignon(pocket cornet, bugle, vo), Frank Woeste(fender rhodes), Frederic Chiffoleau(b), Phillipe Gleizes(ds)
1. My Man's Gone Now
2. The Buzzard Song
3. Bess, You Is My Woman Now
4. Gone
5. Gone, Gone, Gone
6. I Love You, Porgy
7. Bess, Oh Where's My Bess
8. Prayer (Oh Doctor Jesus)
9. Fisherman, Strawberry And Devil Crab
10. Here Come De Honey Man
11. My Ship
12. It Ain't Necessarily So
13. Mood
Recorded June 2004
これはマイルス・デイヴィスとギル・エヴァンスによる『ポーギーとベス』へのメデリック・コリニョンからの回答である。
メデリック・コリニョンはルイ・スクラヴィスのプロジェクト“ナポリの壁”などに抜擢されて広くファンにも知られるところになったが、フランスの30代のミュージシャンでは傑出した存在である。大先輩であるスクラヴィスやクロード・バルテルミーの国立ジャズ・オーケストラだけではなく、自身のプロジェクト“コレクティーフ・スラング”などでも今どきの感性で同世代の共感を得ており、フランスで再注目の若手ミュージシャンの筆頭といっていい。
『ポーギーとベス』におけるギル・エヴァンスのアレンジは秀逸であり、言うまでもなくマイルスの存在は絶対である。果たしてそれにコリニョンがどうチャレンジするのか。ただし、楽器はトランペットではなく、ポケット・コルネットである。以外なくらいにギル・エヴァンスのアレンジを踏襲している。もちろん編成が違うから同じというわけにはいかない。しかし、ベースとドラムスの他にフェンダー・ローズを採用したことが功を奏した。管楽器アンサンブルに劣らない背景と味わいを付加しており、初期エレクトリック・マイルスをも多少意識しているようにも思う。時々、いまどきのミュージシャンらしいアプローチもチラホラと見せているのがいい。コリニョンの演奏を私個人は2回見ている。しかし、これほど上手い奏者であったとは。改めて感心するばかり。しかし、サウンドの陰翳や色気はやはりマイルスには叶わない。ふと、映画『Play Your Own Thing』でマイルスの想い出を語る時のジュリエット・グレコのきらきらした瞳を思いだした。いにしえのパリに似合うのはマイルスのほうかもしれない。とはいえ、今は既に21世紀。コリニョンの時代なのだ。彼の響きには往年のトランペッターの閃きがある。マイルスが音階だけで演奏したという<ポーギーとベス>ではエモーショナルで見事なスキャット・ヴォーカル、彼にはマイルスにはない芸を持っているのである。部分的な多重録音もその意図にハマった。
生き生きとしたコリニョンのプレイに『ポーギーとベス』という楽曲の新しい名演が生まれたと思う。ノスタルジックな心をくすぐりながらも今日的であり、何よりもブリリアントでブルージーなニュアンスまで聴かせてしまうコリニョンの演奏がいい。このアルバムからはストレート・アヘッドなミュージシャンという印象を持つかもしれないが、口三味線ならぬスキャットも自在に操るとてもユニークなキャラクターの持ち主でもあることを一言付け加えておこう。
数年前のメールスで見た時はスクラヴィスのバンドだった。その時、あるドイツ人トランペッターがこういった。「次のバンドに出るメデリック・コリニョンはいいペットだよね」と。つまりそういうことなのだ。いいペットだ、いいジャズ・ミュージシャンだということをこのアルバムで再認識したわけである。
実はこのアルバムは一年以上前にリリースされていた。しかし、ディストリビュータの澤野工房がなかなか取り扱ってくれず、注文さえも出来なかったのだ。今フランスでは最注目のミュージシャンのひとりなのになぜ?と思う。澤野ブランドのジャズと違うからと言われればそれまでだが、世の中にはいろいろなジャズがあるのである。それよりも可笑しかったのは、澤野のHP上に「一部難解な表現が含まれます。一度試聴されてからのご購入を強くお勧め致します」とあったこと。『ポーギーとベス』はジョージ・ガーシュインの楽曲であり、前述したようにマイルスが演奏したギル・エヴァンスの編曲を下敷きにしていて、とってもマジメな演奏なのだ。本当の意味で難解なある種の現代音楽ではないし、爆音が炸裂するわけでも、高周波のサウンドが流れるわけでもないだけに、意味不明。好き嫌いは絶対だし、ブランドのカラーを大事にするのもよくわかる。試聴できるのはもちろんいいことだ。しかし、いささか誤解を招きかねないこの表現に異議あり、と申し上げたい。JT
(横井一江)