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『高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット/アクシス〜もう一つの自転するものVOL.1』
doubtmusic dmrp-110 ¥2,310(税込) 高柳昌行(g) 森剣治(reeds) 井野信義(b,cello) 山崎弘(per) 1. FRAGMENT - II 漸次投射 2. FRAGMENT - III パーカッション・ソロ 3. FRAGMENT - VI 集団投射 録音:1975年9月5日 安田生命ホールでのライヴ録音 8月に高柳昌行のCDが3つのレーベルから新譜・復刻盤合計5枚リリースされた。なぜこのどうしようもない暑い季節にフリージャズのCDが、と思った瞬間、『日本フリージャズ史』(副島輝人著 青土社)の冒頭部分を思い出した。新宿ピットイン2階の楽器置場での高柳トリオのリハーサル風景である。それもまた8月末の出来事だったのだ。 正直言って、復刻盤に対する興味は最近とんと失せている。しかし、高柳5タイトルがリリースされるというニュースは見逃せないものだった。今改めてこの時代の録音を聴くと古くさく感じるLPも少なくないのだが、高柳の演奏には時代を超える強さがある。それは彼が独自のロジックとコンセプトを持つ希有なミュージシャンだったからに違いない。「Gradually Projection - 漸次投射」、「Mass Projection - 集団投射」と名付けた2つの概念に基づく即興演奏、そのバリエーションは無限の可能性を含有すると彼は考えていた。トラック1《FRAGMENT - II漸次投射》とトラック3《FRAGMENT - VI 集団投射》で、それら二つの異なる宇宙感を聴くことができる。《FRAGMENT - II漸次投射》における空間構築、《FRAGMENT - VI 集団投射》で山崎が繰り出すパルスの中で放出される怒濤のようなサウンド、そして、その中で変幻自在に泳ぐ高柳のギターはクリシエとは無縁であり、その演奏に古さは全く感じない。スポンティニアスな演奏を可能にしたのは、確立したメソッドがあったからこそだろう。勘違いしてはいけない。フリー・フォームの演奏とは勝手気ままでデタラメな演奏とは違うのだ。ユルユルとした演奏に遭遇することも少なくないだけに、このように張り詰めた緊張感は貴重でさえある。 スピーカーから最後の一音が消えた時、不思議な清涼感に浸りながら、即興演奏を行うミュージシャン、そして、それについて書く批評家にとって、今再び高柳の音楽と向き合う必要性について考えていた。なぜなら彼は日本における即興音楽の嚆矢だからだ。確かにフリージャズが時代の中で熱く発光していたのは30年も前のことである。だが、これは懐かしさの中で聴く演奏ではない。現代の耳でこそ聴いてほしい録音だ。 ついでながら、8月に発売された他のタイトルも記載しておく。 *『高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット/アクシス〜もう一つの自転するものVOL.2』 doubtmusic dmr-111 前述のVOL.1と同日の録音。2枚合わせて聴くとこのコンサートの全貌がわかる。 *『高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット/エクリプス〜侵蝕』 P.S.F. Records PSFD-8025 日本現代・ジャズ・音楽研究会がイスクラレコードという名前で自費出版したLPの復刻。限定200枚しかプレスされず幻のレコードだった。1975年の録音。 *『高柳昌行/ロンリー・ウーマン・ライブ』 Jinya Disc B-08 1982年12月新宿ピットインで行われた『ロンリー・ウーマン』の発売記念ライヴ。 *『高柳昌行ニュー・ディレクション・ユニット/マスヒステリズム』 Jinya Disc B-09、 1983年8月キッド・アイラック・アート・ホールでのマス・プロジェクションのライヴ。 上記のCDはこちらの通販で購入できる。 http://www.japanimprov.com/ japanese/index.html JT (横井一江)
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