George Lewis / SEQUEL
『George Lewis/SEQUEL』

Intakt(スイス) CD 111
NEWJazz MEETING 2004 Baden-Baden - Rottenburg - Basel

Guillermo E. Brown(ds, per, electronics)
Duo 48nord:Ulrich M_ller Guitar(laptop), Siegfried R_ssert(b, vo, laptop)
Miya Masaoka (koto, laptop, electronics)
Kaffe Matthews (electronics)
DJ Mutamassik (turntables)
Jeff Parker (el-g)
George Lewis (tb, laptop, Buchla Lightning)

1 Sequel, A Composition For Cybernetic Improvisors (For Lester Bowie)
2 Calling All Cyborgs (After Sun Ra)
3 Tuning Meditation
4 Octavia's Dream

Recorded at the public dress rehearsal at SWR Studio 1 in Baden-Baden (Track 1)
and at the concerts at Zehntscheuer in Rotenburg (Tracks 2 + 4)
and at Gare du Nord in Basel (Track 3), November 2004

これは21世紀版『Gittin' To Know Y'All』だ。と言っても、少々説明が必要かもしれない。1969年、南ドイツの保養地バーデン・バーデンで開催されているフリー・ジャズ・ミーティング(現ニュー・ジャズ・ミーティング)で、ドイツの著名な評論家・プロデューサーだった故ヨアヒム・ベーレントのプロデュースにより、アート・アンサンブル・オブ・シカゴのメンバーを始めとするアメリカのフリー・ジャズ・ミュージシャンとヨーロッパ・フリーの第一世代と呼ばれているミュージシャン(中にはアルバート・マンゲルスドルフやヨアハム・キューン、ジョン・サーマンもいた)を集めてオーケストラを編成し、共演させるという前代未聞のプロジェクトが行われた。その際にスタジオで録音されたのが『Gittin' To Know Y'All』である。当時はまさにフリージャズ全盛時代、その時代ならではのエポック・メイキングな出来事だった。
ベーレントの企画は、それまで異なった座標軸で活動しており、共演することはなかったアメリカとヨーロッパのフリー・ミュージシャンを集合させたことに大きな意味があった。それが何らかの起爆剤として音楽シーンに作用することをベーレントは密かに意図していたように私は思う。1966年のベルリン・ジャズ祭で、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハに作品を委嘱したのもベーレントである。この時代のベーレントは仕掛人であり、音楽シーンに残るプロデュースを幾つも行っていたのだ。
ところで、なぜ『SEQUEL(続編)』であり、レスター・ボウイへ捧げられているのか。ジョージ・ルイスは、2004年のニュー・ジャズ・ミーティングに出演するにあたり、普段は顔を合わせることのない現代のインプロヴァイザー達、しかもアコースティックとエレクトロニクスを使用するミュージシャンによる共演を希望したのだ。エレクトロニクスを扱うミュージシャンを集めた企画では、キース・ロウのオーケストラMIMEOがあり、『The Hands of Caravaggio』というCDも出しているが、メンバーはほぼ同じフィールドで活躍しているミュージシャンで固められている。しかし、ジョージ・ルイスのこのプロジェクトに参加しているメンバーのバックグラウンドも活動領域もバラバラで、どう考えてもメンバー数人による共演はあり得るだろうが、このような企画でもない限りこの顔ぶれで演奏することはなかっただろう。だが、このメンバーが一堂に会した意味は大きい。
そして、タイトルにもなった《Sequel》はジョージ・ルイスがこのプロジェクトの為に書いた作品なのだ。《Gittin' To Know Y'All》がレスター・ボウイの作品だったように。しかし、1969年はまだモダニズムの時代であり、エモーショナルで純粋な時代だった。背景となる時代は様変わりした。音楽も当然ながら1969年当時のフリージャズとは大きく異なっている。
表層的なサウンドはエレクトロニクス系ミュージシャンの演奏でよく聞かれるストイックなものだが、注意深く聴けば、そこには明確なキャラクターを持つ音楽家が放つ実に様々な音が混淆しているのがわかるだろう。エレクトロニクス、ラップトップのメモリから引き出される音もトロンボーン、箏、ベース、ギターなどの楽器が発する音も有機的に結びついている。立体的に立ち上がるサウンドはイマジナティヴで、不思議なくらい心地よく耳に響く。サウンドの豊かさは演奏者の音楽家としての豊かさの現れであり、そのキャラクターはサウンド・モチーフに如実に現れている。音楽は時代を映し出す水面のようだ。ジャンルの境界線はますます曖昧になり、「ボーダーレス」という言葉はそれだけではもはや何のインパクトを持たない。パラダイム転換が進む中で、ハイブリッドなサウンドが寧ろリアリティを持つ時代となってきているように思う。本作は、そのような現代ならではのクリエイティヴ・ミュージックの可能性を示している貴重なドキュメントである。JT

(横井一江)

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