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『ルイ・スクラヴィス&キャチュオール・アバネラ/歯車のように』
Alpha/マーキュリー Alpha518 ¥2,730 ルイ・スクラヴィス(cl,b-cl,ss) キャチャオール・アバネラ: Christian Wirth(ss,as,bs),Sylvain Malézieux(as,ss,bs),Fabrizio Mancuso(ts,ss,as,bs), Gilles Tressos(bs,as,ss) 1.歯車のように(アレクサンドロス・マルケアス) 2.期待(ルイ・スクラヴィス)3.ダンス(ルイ・スクラヴィス)4.出会い(ジョエル・メラ)5.ちいさな炎いくつも(アラン・ベルロー)6.あいまいな女たち(リオネル・ボール)7.ドゥルフ(ファビアン・レヴィ)8.分離(ルイ・スクラヴィス)9.黄金のしずく(ヤセン・ヴォデニチャロフ/ルイ・スクラヴィス)10.東風(リゲティの「バガテル 第3番」を固執旋律に据えた即興演奏) 11.水の花(ルイ・スクラヴィス/キャチュオール・アバネラ) 12.その民なりの幼き日(ルイ・スクラヴィス)13.後日談(アレクサンドロス・マルケアス) 録音:2004年10月 サクソフォンとクラリネットによるアンサンブルでこれほど豊潤な音空間を体感できるとは。ルイ・スクラヴィスとQuatuor Habanera(ハバネラ・サクソフォン四重奏団)との共演は、現代音楽、即興音楽、ジャズといったジャンルを超えた音楽表現の可能性を管楽器の響きの豊かさと共に聴かせてくれる。スクラヴィスの魅力はなんといってもその音色にあると私は思うのだが、5名の奏者による木管サウンドが交錯していても彼の音だけははっきりと識別できるから不思議だ。ジャズ系のミュージシャンと共演している時に比べてサウンドはぐっとコントロールされているが、むしろそれゆえにエモーションは内側から高い密度で伝わってくる。リゲティやクセナキスなどの現代音楽やクラシックの作品を演奏し、多くの賞も獲得しているQuatuor Habaneraのテクニックやアンサンブルはさすがに見事。現代音楽作品では、緻密に書かれているだろうと明らかに想像のつくところがある一方、スクラヴィスも結構自由にインプロヴァイズしているのがわかる。ヴィヴィッドな表現は作品に生命を吹き込み、作品と即興演奏のある種の理想的な関係を構築することに成功しているといえよう。スクラヴィスの作品はなぜかすぐそれとわかるが、その音楽言語からはジャンルで括ることのできない独特の感受性の表現とチャームを感じる。リゲティの《バガテル 第3番》をオスティナートとした即興演奏《Vent dEユest》もまた印象深い。ヨーロッパではジャズも即興音楽も現代音楽と隣合わせ。ボーダーレスな試みは、音楽表現をぐっと広げるということにもっともっと気付いてほしいものだ。 ところで、Quatuor Habaneraはなぜスクラヴィスとの共演などということを思いついたのだろうか。フランスの音楽界には確固としたアカデミズムがあり、結構保守的である。もちろんスクラヴィスは、今やヨーロッパでは屈指のサックス奏者として忙しく動き回っている。その彼にしてもこれは異色のプロジェクトだろう。そんなことを考えていたら、5月下旬にベルリンでルイ・スクラヴィスと共演したとピアニストの高瀬アキから連絡があった。とても楽しい即興セッションだったと。何年も前にスペインのジャズ祭のアフター・アワーズ的なセッションで一度だけ手合わせしたことはあったが、オフィシャルな意味での共演は初めてだったらしい。この二人、デュッセルドルフ市で行われている現代音楽、ジャズなどの若手音楽家(35歳まで)を対象としたコンペティションInternationaler Musikwettbewerb f殲 Junge Kulturで共に審査員を務めたことがある。その時にスクラヴィスの音楽に対する考え方に共感を覚えたということを高瀬は言っていた。実はその1997年のコンペティションで第一位を獲得したのが、Quatuor Habanera。スクラヴィスとQuatuor Habaneraの共演のきっかけは、実はこんなところにあるのではないかとふと思ったのである。 JT (横井一江)
*キャチュオール・アバネラは11月来日、全国11ケ所で公演予定です。 |