UPDATED 01.09.2006
Derek Bailey

デレク・ベイリー
Derek Bailey
1930—2005

Photo: Courtesy of European Free Improvisation Pages
http://www.shef.ac.uk/misc/rec/ps/efi/efhome.html

追悼 デレク・ベイリー


■『追悼 デレク・ベイリー』ブルース・リー・ギャランター

■『デレク・ベイリーそしてSABU、ブロッツマン〜「足穂」の想いで』望月由美

■『反重力の夢──デレク・ベイリーの音楽』堀内宏公

■『宙吊りにされたサウンドの軌跡』横井一江

■デレク・ベイリー・インタヴュー
 『古い思い出と新しい音〜日本のデレク・ベイリー』

■[LIBRARY] デレク・ベイリー著『インプロヴィゼーション〜即興の彼方へ』

■[NEW DISC #63] 『Derek Bailey/Music and Dance』原田正夫

■反重力の夢 ── デレク・ベイリーの音楽
堀内宏公

 「Incus 26」とナンバリングされた《COMPANY 4》(1976)、スティーヴ・レイシーとのデュオ・アルバム。サフラン色のジャケットがまぶしかった。ここに彼が残した至高の音があると断言したい。[収録曲は、〈Once upon a time〉(12:09)、〈Abandoned 1〉(1:04)、〈Abandoned 2〉(5:16)、〈Step 1〉(3:26)、〈Step 2〉(2:25)、〈Happily ever after〉(12:25)、以上6曲]
 表現が何かを描出することを前提としたり、作曲・演奏の現場において理性や方法論を取り入れることは、記譜・伝達・構築的意志を規範とする西洋的音楽システムのなかでは多かれ少なかれ当然とされている。しかし、もちろん世界にはさまざまな音楽があり、むしろ記譜に頼らない口承と即興による演奏実践のほうが多い。そこでは音楽家はすぐれた直観と間を読む能力、音の連続が生み出すエネルギーの支配者であることが要求される。
 デレク・ベイリーは、自らの経歴をジャズから開始したとはいえ、完全なる即興音楽(Freely Improvised Music)に取り組むようになって以降、もはや「ジャズ」というジャンルとは訣別していた。それは、邦訳された彼の著作『インプロヴィゼーション〜即興音楽の彼方へ』(竹田賢一、木幡和枝、斉藤栄一 訳)[工作舎]を読めば納得されよう。そこではインド音楽、フラメンコ、バロック音楽、教会オルガン音楽、ロック、聴衆、ジャズ、現代音楽について、さまざまな証言が集められ論じられた後に、自らが体験してきた試行錯誤について詳しく述べられているが、彼とその仲間たちが取り組んでいたのは、従来の規則や原理にたよらない別の創造行為および共同体の設立だったことが分かる。
 新しい音楽の方法論と組織論を求めていた間章が、そのようなデレク・ベイリーの存在の仕方に強い影響を受けたのは当然だったろう。音を介在として世界認識のありかたを変革しようと試みる先駆者として、魂の極北を目指して地図なき未踏の地を進む殉教者として、次第に間章はデレク・ベイリーを神格化していった。間にとって「ジャズ」はもはや閉塞した国家になぞらえられるまでになっていたが、彼の内部でジャズがたとえ否定のためであれ不滅であったことが、すでに個として自在な境地に入ろうとしていたベイリー自身との乖離を象徴していたのではなかったろうか。(そんなベイリーではあったが、愛用していたギターはジャズを演奏していたときと同じギブソンES-175であった)


 ベイリーの次なる来日は、オブジェ・マガジン『遊』を率いていた松岡正剛による「MMD計画」においてであった。MMDとは、舞踏家の田中泯、ミルフォード・グレイヴス、デレク・ベイリー、この三人の頭文字を取ったもので、身体と即興のスポンティニアスな回路が構想されたが、明らかにミルフォードだけが異質であった。彼の存在感と重力は途轍もないもので、本来的に「気配の交感」をもとめる他の二人とは調和できなかったように思えた。ミルフォードと共演するためには、磁場をコントロールできる裁量の持ち主であるか、逆にミルフォードの表現世界を舞台として受け入れる必要がある。
 私が愛聴するデレク・ベイリーのもう一枚のレコードは、その田中泯とのデュオを収めた《Music and Dance》。1980年、パリの廃工場でのパフォーマンスを収録したものだが、当日は雨だったらしく、屋根をたたく雨音や雫の響きがかすかに聴こえてくる。聴こえない音までも聴いている気になる濃密なコラボレーションであるが、しかし息が詰まるような緊張感というのではない。消えかかっては点灯する電球のふるえるような持続のあたたかさ。重さのないエネルギーの存在感。彼ら二人のあいだには非常に好ましい同質性があって、ベイリーのギターも他のコラボレーションとは明らかに異質な触覚的な趣を湛えている。「田中泯との共演は、自分にまったく聴衆の視線が集まらないという通常では起こらない状況をもたらすので、とてもやりやすい」とも述べていた。
 75歳での逝去であるが、一昨年はデヴィッド・シルヴィアンのアルバム《Blemish》への参加で、素晴らしい演奏を聴かせてくれた。(このアルバムでデレク・ベイリーを初めて聴いたという人も多かったかもしれない)
 これほどまで一音のなかに無垢な輝きを添えて指先から飛ばしたギタリストはいない。表情豊かな音色。フィーリング。テンポと間。あらゆる音の背景から構造の論理を遠ざけ、物質そのものが光の振動であることを示唆したその演奏は、中心や参照点を回避することによって反重力的な響きの運動体となり、これは矛盾した言い方だが、つねに軽やかな重みを漂わせていた。
 メロディ・リズム・ハーモニーを音楽に絶対必要な要素だと早合点して、即興音楽の醍醐味と出会う楽しみを遠ざけているとしたら、もったいないことだと思う。いま《COMPANY 4》を聴き直してみたが、そのあまりの美しさ、豊かさ、暖かさ、繊細なエネルギーの交感に陶然となり、正直戸惑っている。
 音楽は、聴き手の心にエネルギーとなって届く。演奏するその場、その瞬間に、このエネルギーを空中から掴み、取り出し、角度を変え、色を塗り、ぼかし、シャープにエッジを立て、ねかせ、すっと置いて、光を当てる。デレク・ベイリーは、響きのコミュニケーションの真の達人だった。

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