UPDATED 8.30.2015

追悼 ジョン・テイラー
R.I.P.: John Taylor (1942-2015)

追悼 ジョン・テイラー John Taylor 1942-2015
photo: W.Patrick Hinely/ECM Records


1942年9月25日、イギリス・マンチェスターの生まれ。ピアニスト。 正規の音楽教育は受けておらず、オスカー・ピターソン、ビル・エヴァンス、ハービー・ハンコックの影響を受けつつ自己のヴォイスの探求に励んだ。 1964年ロンドンに出て主にトリオで歌伴を務めた。1972年、歌手のノーマ・ウィンストンと結婚。1977年、ノーマ、ケニー・ホイーラー(flgh) と「アジマス」を結成、ECMに同名のアルバムを録音、ピアニスト、コンポーザーとして一挙に注目を集める。その後、ジョン・サーマン(sax)、アリルド・アンデルセン(b)、ミロスラフ・ヴィトウス(b)、ケニー・ホイーラー、ヤン・ガルバレク(sax) など多くのECMアーチストのレコーディングに参加、その名を不動のものにした。 本年7月17日、フランス西部スグレで開催中のジャズ・フェスティバルに出演中、心臓発作で倒れ病院に搬送されたが死亡が確認された。 1994年10月、東京、神戸、名古屋で開催された「ECM25周年フェスティバル」にジョン・サーマン・イングリッシュ・カルテットの一員として来日、2012年には Meadowの一員として来日。


ECM ● John Taylor (1942-2015)
神子直之 ● 複雑な音楽作りと多様性のピアニスト。安らかに。
西山 瞳 ● イギリスの巨匠の突然の訃報に、驚いています。
林 正樹 ● 「into your whirlpool」
巻上公一 ● どの靴がジョンのだろうか?
仲野麻紀 ● 対称的な音の連なりの空間に消えるジョン・テイラー
三ケ田美智子 ● 理想の響きのイメージ
神野秀雄 ● Azimuth Live at Fat Tuesday’s 1987
Roberto Masotti ● Azimuth
Archives ● ECM 25th Anniversary Festival
(到着順/arrival sequence)

ECM ● John Taylor (1942-2015)

John Taylor (1942-2015)

The great British pianist John Taylor has died, aged 72. When Taylor came to ECM in 1977 as keyboardist, leader and composer of the trio Azimuth with singer Norma Winstone and trumpeter Kenny Wheeler, he was already much admired on the UK jazz scene for his improvising capacity as soloist and for his unfailingly sensitive and creative accompaniment. As his reputation spread internationally, these skills served him well as a member of the groups of Jan Garbarek, Miroslav Vitous, Arild Andersen and Peter Erskine and on some exemplary recordings. In 1992, US drummer Erskine formed his trio, completed by Palle Danielsson, largely for the pleasure of hearing John Taylor play ballads in a post-Bill Evans idiom, as illustrated on the albums You Never Know, Time Being, As It Is and Juni. “John Taylor is rhythmically so open,” said Erskine at the time, “that it’s really stimulating to play with him. He’s always improvising, no matter where we are in the tune.”

One of Taylor’s most enduring associations was with John Surman. Taylor and Surman played together from the 1960s onwards, in many contexts, and ECM captured some of the extremes, from the improvising quartet on Stranger Than Fiction to Surman’s oratorio Proverbs and Songs which found Taylor at the organ of Salisbury Cathedral. Kenny Wheeler and Taylor were similarly friends for life, in and out of each other’s groups for decades, and John contributed to some of Kenny’s best albums, including the landmark Music for Large and Small Ensembles.
In the 21st century John premiered his “New York trio” with Marc Johnson and Joey Baron on the album Rosslyn to widespread critical acclaim, and also appeared with violinist Mark Feldman on What Exit. One of his priorities in recent years was the trio Meadow with saxophonist Tore Brunborg and drummer Thomas Stronen.
Taylor always stayed interested in what the next generation was doing, and was noted for his gentle encouragement as teacher at Cologne’s Hochschule fur Musik und Tanz, York University and elsewhere. Many younger pianists on ECM were influenced by him and former students included Julia Hulsmann, Benedikt Jahnel and Wolfert Brederode.

ジョン・テイラー(1942~2015)

偉大なイギリスのピアニスト ジョン・テイラーが逝った。享年72。1977年にテイラーが、歌手のノーマ・ウィンストン、トランペッターのケニー・ホイーラーと共にトリオ「アジマス」のキーボード奏者、リーダー、コンポーザーとしてECMに参加してきたとき、彼はすでにソロイストとしての即興能力、共演者としての確実な反応能力と創造性においてUKジャズ・シーンでは大いに認められた存在であった。彼の評判が国際的に広まるにつれ、これらのスキルが功を奏し、彼は、ヤン・ガルバレク、ミロスラフ・ヴィトウス、アリルド・アンデルセン、ピーター・アースキンのグループに抜擢され、またその他いくつかの注目すべきレコーディングにも参加していくようになったのである。1992年、アメリカのドラマー ピーター・アースキンがパレ・ダニエルソンを加えたトリオを結成したが、『ユー・ネヴァー・ノウ』、『タイム・ビーイング』、『アズ・イット・イズ』、『ユニ』などのアルバムで聴かれるジョン・テイラーのポスト・ビル・エヴァンス・イディオムによるバラード演奏が大いなる楽しみではあった。アースキンによれば、“ジョン・テイラーはリズム面でとてもオープンなんだ。だから彼と演奏するのはとても刺激的だ。また、曲のどんな場面でもつねに即興することを忘れないんだ”、ということになる。

テイラーのもっとも長い付き合いのひとりがジョン・サーマンである。ふたりの共演は60年代に始まりさまざまな場面を実現しているが、ECMでは、『ストレンジャー・ザン・フィクション』の即興カルテットからテイラーがサリスベリー・カテドラルのオルガンを弾くサーマンのオラトリオ『プロヴァーブズ・アンド・ソングス』を両極として幾つかの共演をアルバムに残している。ケニー・ホイーラーとテイラーもまた障害の友で何十年にもわたって折りに触れお互いのグループに参加している。テイラーが貢献したケニーのベスト・アルバムのひとつに記念碑的存在の『ミュージック・フォー・ラージ・アンド・スモール・アンサンブル』がある。

21世紀になっての初顔合わせは、アルバム『ロスリン』を残したマーク・ジョンソンとジョーイ・バロンとの“ニューヨーク・トリオ”で、この作品は広い支持を集めたが、『ホワット・イグジット』ではヴァイオリニストのマーク・フェルドマンとも共演している。近年彼がプライオリティを置いていたのはサックス奏者のトーレ・ブルンボルグとドラマーのトーマス・ストレーネンとのトリオ Meadow(メドウ)であった。テイラーはつねに次世代の動きに注目し続け、ケルンの音楽舞踊専門高校、ヨーク大学などでの教職の仕事にも彼の穏やかな人柄が生かされていたであろうことが偲ばれる。ECMに登場する多くの若手ピアニストがテイラーの影響を受けているが、先輩連にはユリア・ヒュルスマン、ベネディクト・ヤーネル、ヴォルフェルト・ブレデローデがいる。

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神子直之 ● 複雑な音楽作りと多様性のピアニスト。安らかに。

John Taylorの訃報に接し、昨年のKenny Wheelerの時の喪失感とはまた違う感慨を覚えた。音楽を行う上での精神的支柱、あるいは新作を心待ちにするファン心理にWheelerの時には気付かされたが、今回のTaylorの場合は一人のクラフトマンが長年作ってきた作品を思い出してお疲れ様でしたと言いたい気持ちである。
 ECMの諸作で日本のジャズファンにJohn Taylorはお馴染みである。私がはじめて彼のプレイを聴いたのはAzimuth with Ralph Towner 『Depart』(ECM 1163)で、実は購入した2枚目のECMのアルバムだった(1枚目はGarbarek 『Dis』)。冒頭から流れる拍の取りにくい、徐々に構成音を変えていくメジャートライアドと通常は用いない音のベースによるパターンが繰り返され、そこにインプロヴィゼーションが乗る。通常のコードネームの表記に乗らないいわゆる分数コードの連続、テーマは曲によってあったり無かったり。それはあたかも時が流れる中での森羅万象の存在を想起される如くのものであった。Taylorのピアノのフレーズは、沈黙から浮かび上がって来るつぶやきのようで、そのような音楽作りが可能であることに衝撃を受けた。方法論としてはジャズに近いが、その音の肌触りは全く異なる。ドラムとベースを欠くこのユニットは1977年3月録音の第1作John Taylor, Norma Winstone, Kenny Wheeler『Azimuth』(ECM 1099)に始まり、ECMにアルバムを5枚残した。私は、非常にユニークなこのユニットの音世界に生で接することは出来なかったが、初めて聴いてから30年以上を経た今でも自分の中で最重要な音楽である。
 しかし、John Taylorがそれだけのピアニストでないことを、1982年8月刊の「ジャズ批評No.42 ジャズ・ピアノvol.1」掲載の星野秋男氏の文章で知ることになる。いわく、それまでに彼はリーダー作を弱小レーベルturtleとドイツのMPSから出しており、さらにブリティッシュ・ジャズの主要人物であるJohn Surman、Alan Skidmoreのバンドで活躍している、とのこと。これらの録音を聴いてみると、フリーを経験した音数の多いプレイ、Azimuthとは全然違う演奏である。当時のロンドンのジャズの状況は、ポストフリーの混沌が一つの特徴であり、60年代のジャズへのヨーロッパからの回答とも考えることができる。Taylorは時にジャズロックを手がけ、誘われるバンドに参加し、その場その場で優秀なプレイを披露する傍らで自分の語法を突き詰めて行ったに違いない。例えば、1980年頃のSoft Machine『Land Of Cockayne』は彼が参加した唯一のSoft Machineのアルバムであるが、<Panoramania>では彼のエレピによる流暢なソロを聴くことができる。
 彼の音楽はその後も多様性を維持しながら、1984年にはAzimuthの3人にPaolo Damiani (b)、Tony Oxley (dr)、オマケでPaolo Fresu (tp)が加わったイタリアでのライブレコーディング『Live At Roccella Jonica』(Ismez Polis LP 26003)で素晴らしいアドリブソロを展開し、1986年にはNorma Winstone『Somewhere Called Home』(ECM 1337)で静謐な音を聴かせ、同年と1989年にはDavid Sylvianとのコラボレーション、1990年にはKenny Wheeler『Music for Large and Small Ensembles』(ECM 1415/16)への参加、と枚挙に暇がない活躍を進めた。
 彼が普通のピアノトリオ・フォーマットでの録音に帰るのは1991年の『Blue Glass』(JHCD020)で、翌年からのPeter Erskine trioを経て、2006年の『Giulia’s Thursdays』まで続く。レパートリーの主要部分はオリジナルで、中でも1993年11月録音のPeter Erskine『Time Being』(ECM 1532)で取り上げられたAmbleside(初録音は1992年7月John Taylor with John Surman『Ambleside Days』(ah um 013)のAmbleside Days)は佳曲で、その後何度も録音された。
 彼のピアノは前述の通り、音数の少ないつぶやきから、複雑なコードシステムを前提に前のめりでゴリゴリ弾くタイプのソロまで多様で、それは生涯変わることはなかった。しかし、彼の書くオリジナルは、複雑なコードから成るピアノによるパターンで時を刻む、あるいは長三度や短三度進行にテクニカルなメロディを乗せたものが多かった。それが1990年頃からはテクニカルなコード進行により魅力的なメロディが乗るようになり、独特な魅力を放つようになった。ロンドンでの研鑽から、ドイツ、イタリア、ノルウェー、チェコ、さらにはアメリカ等の様々な気候や風土のミュージシャンとの共演を経て、自分の音楽と世界の折り合いをつけて行ったのだと思う。それは時に自分の中への深い深い旅の手助けとなり、あるいはヒラメキに満ちたフレーズや和声で爽やかさを喚起することになる。これからも彼の音楽への探求を続け、彼がその時々で感じた音楽の追体験や、音世界形成のプロセスを辿って行きたいと思う。ご冥福をお祈りします。(ピアニスト)

参考リンク;
http://www.jazztokyo.com/live_report/report724.html
http://www.jazztokyo.com/rip/wheeler/wheeler.html

神子直之(Naoyuki Kamiko)

1963年(昭和38年)東京生まれ。東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。高校生時代に出会ったECMミュージックがやりたくて東大ジャズ研に入る。今もピアニストとして年に十数回のライブを東京および京都で行っている。「Azimuth」の大ファンで、ネットでKenny Wheeler (incomplete) discographyを執筆・公開した。好きな作曲家はマーラー、オネゲル、デュティユーなどなど。

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西山 瞳 ● イギリスの巨匠の突然の訃報に、驚いています。

エンリコ・ピエラヌンツィとともに憧れていて、参加作はほぼ集めていた、私の個人的な二大ピアニストでした。一昨年前に来日した際は、自分のバンドのツアーと全部予定が被っていたもので、せっかくの初来日なのに一ヶ所も行けず、悔しい思いをしました。生で一度も聴くことができなかったことを、とても悔やんでいます。彼の音色こそ、同じ場所の空気の振動で、感じてみたかったです。
私がジョン・テイラーを聴きはじめたのは、2000年頃です。最初に聴いたのは『Rosslyn』か『Decipher』のどちらかだったと思います。硬質な響きの中に熱いエナジーがあり、コンポジションも複雑なパズルのようでありながらメロディックで、一気に魅了されました。特に近年の、穏やかでありながら厳しいピアニズムは、他にないものでした。 私がジョン・テイラーのリーダー作でよく聴いたアルバムは、昔のものだと圧倒的に『Blue Glass』ですが、近年のCAM Jazzからリリースされているものは、どれも本当に充実していて、『Whirlpool』の演奏は目が覚めるように素晴らしかったですし、『Angel of the Presence』の「Dry Stone」という曲を聴いた時には、バラードでありながらコンポジションの恐ろしいテンションの高さに、自分の作曲の目標はここだ!と、心躍りしました。そして、Azimuthには大変影響を受けました。ジャズ・ヴォーカルの世界を一気に広げてくれて、後に自分のオリジナルをヴォイスで表現するユニット(東かおるvocalと共同名義でCD『Travels』をリリース)を始めるにあたって、Azimuthの影響は、色濃くありました。 ピーター・アースキン名義の一連のECM作品も外せません。『You never know』はミュージシャンの中でも鉄板のアルバムですが、ジャケット美術の美しさと相俟って、素晴らしい世界を創り出していました。DVDも持っていますが、「アースキンはいいからジョン・テイラーの手元を映してー!」と叫びながら観ていました。(アースキン名義の映像なので、仕方ないのですけども) 最近の作品は特にどれも充実していて、まだまだご活躍できる年齢だっただけに、とても残念です。(ピアニスト)

西山 瞳 Hitomi Nishiyama

ピアニスト。エンリコ・ピエラヌンツィに影響を受け、2006年スウェーデン録音作品でデビュー。以降13枚のアルバムを発表。2015年10月には、『New Heritage Of Real Heavy Metal』(APLS 1510/Apollo Sounds)をリリース予定。ホームページ http://hitominishiyama.net

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林 正樹 ● 「into your whirlpool」

2012年11月のmeadowの来日公演にて、憧れのジョン・テイラーの音楽にようやく生で触れる事ができた。
会場はStar Pine’s Cafe と SARAVAH東京といういずれも自分もよく出演させてもらっている空間。
様々なライブ、コンサートに足を運ぶが、中でもこの二日間は特に印象深いライブとなった。
PAを使わなければ客席に音が届かないと、おそらく誰もが思っていたStar Pine’s Cafeにてピアノ、サックス、ドラムからなる彼らmeadowは演奏者の傍に置くモニタースピーカーはもちろんのこと、完全にアコースティックな環境でライブは行われた。
三人の音は見事に、バランス、調和のとれた1つの美しい音楽となって僕の心に届いた。
二日間感動に包まれた僕は、SARAVAH東京でのライブ終演後ジョンと話しをさせてもらった。僕の質問にとても優しく紳士的に答えてくれた。
モニターに関する話の中で彼は「こんなに大きなボディから生まれるピアノの音が、こんなに小さな箱から出てくる訳ないだろう?」
これはアコースティック音楽を追求していこうという自分にとって、あまりにシンプルで力強い言葉だった。その瞬間ものすごく強い力で背中を押された感覚がした。いまでも胸に留めている大切な言葉となっている。
その後メールで交わさせてもらったイギリスで再会する夢は叶わないままになってしまったが、彼の言葉と彼の残してくれた素晴らしい作品はこれからもずっと僕の中に生き続ける。(ピアニスト)

林 正樹 Masaki Hayashi

1978年東京生まれ。大学在学中の 1997 年 12 月に、伊藤多喜雄&TakioBand の南米ツアーに参加。音楽家としてのキャリアをスタートさせる。現在は自作曲を中心とするソロでの演奏や、生音でのアンサンブルをコンセプトとした「間を奏でる」、田中信正とのピアノ連弾「のぶまさき」などの自己のプロジェクトの他に、「渡辺貞夫カルテット」、「菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール」、「Salle Gaveau」,「Blue Note Tokyo All-Star Jazz Orchestra directed by Eric Miyashiro」など多数のユニットに在籍。
多種多様な音楽的要素を内包した、独自の諧謔を孕んだ静的なソングライティングと繊細な演奏が高次で融合するスタイルは、国内外で高い評価を獲得している。2015年9月〈SPIRAL RECORDS〉より「コンポーズ」を主眼に置いたソロ・アルバム、≪Pendulum≫ をリリース。公式ウェブサイト http://www.c-a-s-net.co.jp/masaki/

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巻上公一 ● どの靴がジョンのだろうか?

靴を集めてみようか。
ジョン・テイラーは、そう言って肩を組み、輪になって足を揃え、みんなの靴を写真に撮った。箱根神社の参道でのことだ。熱海から長野県の茅野に移動中だった。
5人で10足の靴のサークル。どの靴がジョンのだろうか。
赤いカバーのiPhoneで撮るのは、いつもいたずら心に溢れたものだった。人柄というのは滲み出るものだ。いつもきちんとした身なりで、穏やかな表情を忘れることが出来ない。そしてきりっとした佇まいは、彼のピアノの振る舞いそのものだとおもう。この人にしか弾けないピアノがあった。
ぼくはメドウの日本ツアーを企画した。2012年の秋のことだ。
メドウは、ピアノのジョン・テイラーを中心にしたグループで、サックスのトーレ・ブルンボルグ、ドラムスのトーマス・ストレーネンのトリオ。
彼らを日本に招くことになったのは、長年交流を続けているトーマス・ストレーネンからの依頼だった。トーレとトーマスはノルウェー人、そしてジョンはイギリス人である。
彼らを結びつけているものはいったい何だろうか。まさかの靴紐なのか?
その秘密を知っている音楽家は、世界広しといえども多くはあるまい。なるほどどおりで裸足で演奏しないわけだ。
とにかく彼らの演奏を聴きながら、その柔らかな心に魅了されっぱなしだった。
ジョンは、ツアーのオープニングデュオでのぼくと佐藤芳明、水谷浩章、佐藤正治、そして嶋村泰の演奏にも深く耳を傾けてくれていた。 今年のはじめぐらいに北欧のジャズ祭で、ジョン・テイラーに会った方が、彼がぼくの話をしていたというのを聞いて、早くまた会いたいと思っていた矢先だった。訃報を聞いたのは、ちょうどこの写真を見ていた時だった。
5人で10足の靴のサークル。どの靴がジョンのだろうか?

参考リンク;
http://makigami.com/makigaminews/2012/09/ecm.html

巻上公一 Koichi Makigami

1956年、静岡県熱海市出身。音楽家、プロデューサー。作詞、作曲家であり、歌手に留まらないヴォイス・パフォーマーとして国際的に知られている。演奏は、口琴、テルミンなどの特殊なものから、コルネット、ベース、エレクトロニクスなど複数の楽器をこなす。1978年よりノンジャンル・バンド「シカシュー」主宰。「JAZZ ARTせんがわ」総合プロデューサー。
http://www.makigami.com

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仲野麻紀 ● 対称的な音の連なりの空間に消えるジョン・テイラー

空間の中にぽつりと音を置き、そこに流れる時をとめてしまう様な。
あるいは音の連なりをオーギュメント・スケールで対称的な永続性を与えてくれる様な。

パリ・シャトレ劇場のフォワイエで数年続けてBleu Sur Scene という連続演奏が開催されたのが確か2004年だったか。
グループでの出演者たちは劇場内での演奏。
フォワイエでは、Marc Ducret やBobo Stensonをはじめソロ単位のコンサートが催された。
セーヌ河を南に、ガラス張りのフォワイエには、フランス夏時間19時の光が差し込んでいる。
(2003年SKETCH MUSICからの発表『Insight』のプロモーションを兼ねていたのかも知れない。) 

彼の弾くヘキサトニック6音音階はミニマルに水平的に、あるいは垂直的な和声は時間軸の中に構築され、左右の手は対称的に会話をしている。いみじくもカリンバの音を彷彿させるミニマルさ。

ライブは演奏者のその躍動に私たち聴き手が感応され、ある時を共有するというその一瞬の出来事に感動さえする。
あのシャトレ劇場の、劇場内ではなく、フォワイエで、ロゼを片手に演奏者の目の前の席で号泣してしまったことを、想いだす。この“ふるえる感じ”が、目の前にいるジョン・テイラーを聴きながら起きた出来事で、彼の生演奏との出会いだ。

近年私は西アフリカの音楽家と演奏する機会が多い故に、ペンタトニック5音音階のシンプルな可能性に始源的音の可能性を見いだしているが、例えばチェレプニンが西アジア、あるいは東ヨーロッパの音列への興味から9音階を創造したように、あるいは、コルトレーンがスロニムスキーの解釈によるスケールから<ジャイアント・ステップス>の発想を得たように、“ジャズ的”な響きは、演奏者それぞれがもつ興味の延長線から生まれるフォルクロール=オリジナリティーに帰結する。
ジョン・テイラーの興味の先には何があったのだろう?
サックスが単音の音の連なりを奏でる限界の中で、スケールを吹いたところで相対的な支えが無いが故の自由を知りながらも、想像の中でジョン・テイラー、彼が奏でるシンメトリックな世界の中でサックスが浮遊することを何度夢見た事か。
例えばE7上でDの短三度ではじまるヘキサトニック、あるいはシンメトリー・オーギュメント、という感覚。
音は着地点を提示せず、空間の中に消えていく印象を与える。

2010年代からフランスのベーシストStephane Kereckiとの演奏により、より多くフランスで彼の演奏を聴く機会に恵まれ、今や30年を迎えるバンリュー・ブルース・フェスティヴァル (Festival Banlieues Bleues) の本拠地であるDynamoという会場で彼らの演奏を聴いたのが、2015年3月。Nouvelle Vague (ヌーヴェル・ヴァーグ) のタイトルCDにはそのムーヴメントの中でのジャズマンの姿。
そこにスポットを当て、企画したのがこの作品の由来だ。
ヌーヴェル・ヴァーグという確固としたテーマの中でも、ジョン・テイラーは果てしなく続く音列を我々に投げかけ、音による飛翔を体現していたと思う。
後日、彼との共演を現実のものとし、英語でのラブレターを書いた。
サックスとピアノ、そしてペンタトニック・バラフォンよる音の可能性を綴って。

今や、残された音源から彼の音を読み取ること、これが、演奏者に残された、希望である。(サックス奏者)

仲野麻紀 Maki Nakano

5歳から電子オルガンを、15歳でサックスを始める。2002年渡仏。パリ市コンセルバトワールJazz科にてサックス、編曲を修了。主に即興を主体とし、他者と音を紡ぐスタイルで活動。過去フランスの植民地であったマリ、ブルキナファソへ渡りバラフォニスト、ムーサヘマ等アフリカ・ミュージシャンとのプロジェクトを開始。またマグレブ諸国のミュージシャン、ロマとの演奏を通じ、音がもつ本来の力を紹介する形で日本へ招聘する。在学中から、人種と人種、異文化と異文化の出会い、融合、即興という音符、楽譜という“コード”を必要としない方法で、様々な類のミュージシャンとの演奏を実現し、かつ自己のフォルクロールを探求するユニットKyを主宰。同ユニットでフランスでは主に小学校での授業参加科目で演奏を続け、日本では福祉施設、小中学校(東海地方)にて参加型の演奏をする。世界に溢れる自然の音に触発され紡ぎだされる音を、saxを通しての表現をめざす。フランス在住。

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三ケ田美智子 ● 理想の響きのイメージ

私はジョン・テイラーを語れるほど多数の作品を聴いてはいないのだけれども、数作品はしつこく繰り返しヘビーに聴いていたので勝手に大ファンのつもりでいる...。最近は2011年のソロピアノ作品。『IN TWO MINDS』を改めて繰り返し聴いていて、その聴き方は自分がピアノ調律師であり、録音現場フェチ?!なのでついつい分析的なオタクな聴き方をしているのかもしれないけれども、それにしても繰り返し何度も聴いても飽きないので、やっぱりジョン・テイラーのピアノの音色の理由が知りたくてまた聴いてしまう。

  生演奏を聴けたのは2012年に来日された際に私の住んでいる名古屋では公演はなかったけれども熱海での公演に伺う事ができて、それが最初で最後のライブ体験となってしまった...。その時に主催された巻上さんとはその場でご挨拶できたので誤解をおそれずに発言すると…その公演でのピアノの状態は決してベストではなく調律もされていないような雰囲気だった。それにもかかわらず、ジョン・テイラーの身体、指を通してピアノの音が発せられると音色はどんなに音数多く激しく叩かれるように見えても、刺激的なテンションコード、不協和音の羅列があっても、なぜか最終的に耳に届く部分は健康的な響きの印象がして、演奏をいくら聴いても疲れない聴き終えた心地の良さに魅了された。

  自分にとっては、ピアノ調律も会場やピアノ選びもそんなジョン・テイラーのような最終的には健康的ないつまでも聴いていたい響きを作れたらなぁという理想のイメージであり、それはジョン・テイラーの生演奏が聴けなくなってしまったとしても、多数の録音物からまだまだ私にとっては音色から感じ発見することが沢山ありそうで、また人生のBGMとしてもこんなに素敵な音楽に出会えた事に感謝するばかり。(pianohouse.mmg 主宰)

三ヶ田美智子 Michiko Mikata

1975年生まれ。ピアノ調律師。
大学在学中にスタインウェイ・ピアノ特約店に見習いとして入り、ピアノの販売、修理、調律の仕事を始める。2004年より名古屋を中心にフリーのピアノ調律師として独立。自らの修理工房でオーバーホール、ピアノの販売をしながら、家庭、コンサート、録音の調律を行う。 2008年頃から年に数回コンサートを企画、主催。
2011年、ブラジルのピアニスト アンドレ・メマーリを日本に招聘、日本ツアー全4公演を企画、招聘、主催。
2011年11月、pianohouse.mmgとして、アンドレ・メマーリの2枚組CD『Canteiro』の日本語対訳付き、特別仕様日本版を制作。
2012年11月、ECMレーベルを代表するポーランドのピアニスト、マルチン・ヴァシレフスキ・トリオの名古屋公演の主催、およびピアノ調律。
2013年9月 、『奇跡のレーベルECMの魅力を探る』と題してトークイベントを開催。
その後も有名無名に関わらず、本質的に素晴らしい作曲家、演奏家を紹介するコンサート、音源制作などにも積極的に関わっている。

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神野秀雄 ● Azimuth Live at Fat Tuesday’s 1987

夏のニューヨークでジョン・テイラーの追悼文を書いている。1987年夏、大学生のとき、ヨーロッパから飛び、初めて降り立ったニューヨーク。二十数年を経て、大学生の娘と「バードランド」でスティーブ・キューン、スティーブ・スワロー&ジョーイ・バロンを聴き、セントラルパークの野外無料コンサートに行く(1987年はライヴ盤になったアストル・ピアソラ五重奏団だった)。同じ年頃の大学生と当時と同じようなことをしていることが不思議に思える。1987年9月の初NYで、情報紙「ヴィレッジ・ヴォイス」でジャズライヴを探し、期せずして聴くことができたライヴ、そして人生で最も思い出に残るライヴのひとつが、今は無き「ファット・チューズデイズ」でのジョン・アバークロンビー・トリオ&アジマスだった。

John Abercrombie Trio and Azimuth
September 4-6, 1987. 20:00, 22:00, 24:00
Fat Tuesday’s (190 Third Avenue, at 27th Street, New York)
John Abercrombie Trio: John Abercrombie (g), Marc Johnson (b) and Peter Erskine (ds)
Azimuth: Norma Winston (vo), Kenny Wheeler (tp, flgh) and John Taylor (p, keyb)

高校生で聴いた『Azimuth』(ECM1099、1977録音)。シンセサイザーとシーケンサーの第一印象が強く、ジャケットの「ブイが波に揉まれる」イメージが脳内で回り続ける。そしてどこまでも自由で美しいピアノとヴォイス、フリューゲルホーン/トランペットのやりとり。スタジオで構成された人工的な音と感じていたので、ライヴで聴けることが意外だった。<O>、<Siren's Song>、エグベルト・ジスモンチの<Cafe>などが演奏された。3人の親密な距離感の中で音楽が紡ぎ出され、研ぎ澄まされた緊張感と穏やかな安らぎが同居するアジマスのサウンドをその場で聴くことができた。アルバムとライヴの音響が一致していたことが驚きだった。人工的に思えていた「ECMサウンド」はリヴァーブでオリジナルを歪めるのではなく、アコースティックな空間を再現するためのものだったことに気付かされた。BBCが制作したケニー・ホイーラーのドキュメンタリー番組に1977年オスロでの『Azimuth』録音風景とおぼしき映像があり、「ファット・チューズデイズ」でもこの風景そのものなので、ぜひ参照されたい。

終演後、ジョンと話した。「曲名の<O>とは何ですか?」の問いに、「文字通りアルファベットのOという意味だけど、円環という意味も込めている。」と語るなどひとつひとつ丁寧に答えてくれた。イギリスの住所を教えてくれて、自宅に遊びに来るように言ってくれたが、こんな貴重な申し出を実現しなかったことが悔やまれる。さきほど、アルバムとライヴの音響が一致する、と書いたばかりで矛盾するようだが、それでも、ジョンのピアノ、アジマスのサウンドには、生音でなければわからない拡がりとニュアンスがあり、アジマスと時間と空間を共有し、生音に触れられたこと、3人と話せたことは一生の宝物にしたいと思う。

アジマスは、この1987年までに、『Azimuth』(ECM1099、1977年)、『The Touchstone』(ECM1130, 1978年)、『Depart』(ECM1163, 1979年)、『Azimuth ‘85』(ECM1298、1985年)の4枚をリリースしていて、最終アルバム『How It Was Then...Never Again』(ECM1538)を1994年に録音しているので、少なくとも17年間活動した息の長いプロジェクトだった。

このときがジョン・アバークロンビー・トリオとアジマスの初の積極的な出会いかどうかはわからないが、このファット・チューズデイズ・ライヴ以降にこの6人の間でさまざまなケミストリーが起こる。なお、ジョン・アバークロンビー・トリオの当時のアルバムは『John Abercrombie / Marc Johnson / Peter Erskine』(ECM1390)になる。ピーター・アースキンは、ジョン・テイラー、パレ・ダニエルソンと“ECMトリオ”を組み、ケニー・ホイーラーは、ピーター・アースキンを『Kenny Wheeler: Music For Large & Small Ensembles』(ECM1415)、『Kenny Wheeler Quintet: The Widow In The Window』(ECM1417)に起用する。レコーディングされていないと思うが、ケニー・ホイーラー、ジョン・アバークロンビー、ジョン・テイラー、パレ・ダニエルソン、ピーター・アースキンという夢のようなケニー・ホイーラー・バンドが存在した。幸いその動画がYouTubeにアップされている。そして、ジョン・テイラーは、マーク・ジョンソン、ジョーイ・バロンと“NYトリオ”を組み、2002年に『John Taylor Trio / Rosslyn』(ECM1751) を録音する。1987年9月の3夜はこの6人にとっても深い意味があったことと思う。貧乏学生の悲しさで確か1セットか2セットしか見なかったが、今なら9セットの大人買いをしたいくらい。もしかして、終盤には交じってのセッションとかあったのだろうか?

遡ること、私の印象に残るジョンのプレイには、ヤン・ガルバレクとの共演がある。ジョンは『Places』(ECM1118, 1977年)から参加、ここではオルガンを多用しながら空間の広がりを表現する。『Jan Garbarek Group / Photo with Blue Sky, White Cloud, Wires, Windows and a Red Roof』(ECM1135, 1978年)の1曲目<Blue Sky>のイントロ、エバーハルト・ウェーバーのよく伸びる電気アップライトベースと、ヨン・クリステンセンのシンバル・レガートに載る、軽やかなピアノの高揚感と色彩感に心を鷲掴みにされる。そして、ビル・コナーズの浮遊感のあるギター。それに続くすべての曲でもジョンのピアノはジャケット写真そのものの美しい世界観を創り出す(なお、ヤンの時系列的には『Keith Jarrett / My Song』(ECM1115, 1977年)の1年後に当たる。また、このアルバムは録音後にマンフレート・アイヒャーが写真を持ってきて、それに合わせて各曲のタイトルをつけたと言う)。そしてとても個人的には、東京大学の学園祭で神子直之(p)、有田浩二(g)らが<Blue Sky>を演奏しているのを聴いたのがきっかけで、東大ジャズ研に入り、その因果関係というか、後から東大に入学するので、音楽だけではない人生にも深い因縁のあるアルバムになっている。またこの時期では、『Miroslav Vitous / Journey’s End』(ECM1242, 1983録音)におけるジョン・サーマン、ヨン・クリステンセンとの<Windfall>、『Norma Winstone / Somewhere Called Home』 (ECM1337)も印象に残る。

そして、ジョンとケニー・ホイーラーには多くの共演があるが、その中でも最も心を打たれる演奏のひとつが、1987年の『Kenny Wheeler / Flutter By Butterfly』(Soul Note)の一曲目<Everybody’s Song But My Own>。特にジョンの美し過ぎるイントロからの導入が心を打つ。

ジョン、パレの参加したピーター・アースキン・トリオでは『You Never Know』(ECM1497、1992年)に始まり、『Time Being』(ECM1532、1993年)、『As It Is』(ECM1594、1995年)、『Juni』(ECM1657、1997年)の4枚を残している。実は最も聴いたのはビデオ/DVDで発売された『Live at Jazz Baltica』 (Hudson Music)で、ケニー・ホイーラーの名曲<Everybody’s Song But My Own>を動画で見ることができるのが嬉しい。

日本のファンへの最高のそして最後のプレゼントとなったのが、2012年11月のMeadowでの来日。ご縁があったらしくヒカシューの巻上公一が招聘してくれる形となり、ジョンを永遠に失った今となっては、巻上にはいくら感謝してもし過ぎることはない。メンバーは、トーレ・ブルンボルグ(sax)、トーマス・ストレーネン(ds)。Star Pine’s CafeとSARAVAH東京での生音での演奏。3人の緻密で自由なインタープレイ、ジョンの音響と音楽の素晴らしさを再認識する。そして1987年と変わらず、ファンと丁寧に会話をするジョンの暖かい人柄が嬉しかった。

おそらく最後の録音となったソロアルバム『In Two Minds』(Cam Jazz、2014年)を聴く。1曲目<Coniston>から美しい世界が展開される。ECMにあっても名脇役的な印象もあったジョンだが、ピアノソロの素晴らしさに今頃気付く。最近ソウルまでソロピアノに来ていたと記憶するが、なぜ行かなかったのか悔やまれる。

私の人生で、ずっと響き輝き続けてきたジョンのピアノの音。ありがとう。さようなら。(コントリビュータ)

【関連リンク】
John Taylor 公式ウェブサイト
http://www.johntaylorjazz.com
Cam Jazz - John Taylor
http://www.camjazz.com/f/display_artist/John%20Taylor/
makigaminews: ECMレーベルを代表するジョン・テイラーのピアノトリオ来日
http://makigami.com/makigaminews/2012/09/ecm.html
Norma Winstone 公式ウェブサイト
http://www.normawinstone.com
BBC Omnibus - Kenny Wheeler (1977)
http://www.youtube.com/watch?v=F5ZjcLkaTmg
Kenny Wheeler Group - Everybody's Song But My Own
https://youtu.be/f7p5dUxAnmY

【JT関連リンク】
『Norma Winstone /Dance Without Answer』(ECM2333)
http://www.jazztokyo.com/five/five1096.html
ノーマ・ウィンストン - ウィンストン/ゲーシング/ヴェニエルトリオ 新宿ピットイン
http://www.jazztokyo.com/best_cd_2014b/best_live_2014_inter_04.html

Azimuth (ECM1099)
※現在は『Azimuth / The Touchstone / Départ』(ECM1546)という3枚組の1枚目となっている。
John Abercrombie / Marc Johnson / Peter Erskine(ECM1390) Jan Garbarek Group / Photo With Blue Sky, White Cloud, Wires, Windows And A Red Roof(ECM1135)
Miroslav Vitous / Journey’s End (ECM1242) Kenny Wheeler Quintet / Flutter by Butterfly.(Soul Note), 1987 Peter Erskine Trio / Live at Jazz Baltica (Hudson Music)
Peter Erskine Trio / You Never Know (ECM1242) John Taylor Trio / Rosslyn (ECM1751) Meadow in Japan, 2012
In Two Minds (Cam Jazz)

神野秀雄 Hideo Kanno

福島県出身。東京大学理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。保原中学校吹奏楽部でサックスを始め、福島高校ジャズ研から東京大学ジャズ研へ。『キース・ジャレット/マイ・ソング』を中学で聴いて以来のECMファン。東京JAZZ 2014で、マイク・スターン、ランディ・ブレッカーとの“共演”を果たしたらしい。

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