
この国際ジャズ・ジャーナリスト会議は、9月19日から29日までコロンビア大学ジャズ研究センターが主催する“Columbia/Harlem Festival of Global Jazz”というイベントの一環として行われた。ランディ・ウエストン、ビリー・テイラー、穐吉敏子を招いたオープニング・セレモニーで始まったそのプログラムは、コンサート、クラブ・ギグだけではなく、ニューオリンズからハーレムに来た日曜日に教会に行った後、近隣の人々で食事や音楽を楽しむブロック・パーティ(野外パーティ)の伝統を踏まえたリバーバンク州立公園で野外コンサートやハーレム・スクール・オブ・ジ・アーツと南アフリカ・ダーバンの大学とインターネットで繋いでパフォーマンスを行う試み、他にジャズ・ドキュメンタリー映画祭、そしてジャーナリスト会議と盛り沢山。今年7月にジャズ研究センターのディレクターに就任したジョージ・ルイスの意気込みが窺(うかが)える。出演ミュージシャンもランディ・ウエストン・クインテット、スティーヴ・コールマン、モンティ・アレキサンダー、デイヴィッド・マレイ&キッド・ジョーダン、シンシア・スコットなどに混じって、ジョエル・レアンドレのオクテット、グローブ・ユニティとこれまた大変幅広い。映画祭でも『エリック・ドルフィー:ラスト・デイト』、『アート・アンサンブル・オブ・シカゴ:スイム、ア・ミュージカル・アドベンチャー』、『穐吉敏子:ジャズ・イズ・マイ・ランゲージ』、『ミシャ・メンゲルベルク:アフジン』、『イレーネ・シュバイツアー』、『サウンド?』(ローランド・カーク&ジョン・ケージ)などと欧米の様々なミュージシャンの歴史的なドキュメンタリー計20本が次々と上映されていた。残念ながら会議と平行して映画祭は行われていたので行くことは不可能だったが、会議をエスケープしても観たいと思わせる作品ばかりだった。
絶妙のバランス感覚で、抜群によく錬られたプログラムだったといえる。ジョージ・ルイスの抜群の知性がここでも遺憾なく発揮されていた。異なったバックグラウンドを持つミュージシャンによるさまざまなジャズ及びジャズから派生した音楽をプログラムに載せることで、ジャズの地理的な広がりとジャズと呼ばれる音楽の多様性を前衛も含めて呈示していた。そして、21世紀的なインターネットを用いたパフォーマンスを加えることで、現代から未来へともう一つの時間軸を付加していた。このような切り口はアメリカのジャズ祭ではなかったように思う。また、コロンビア大学に隣接するハーレム、かつてジャズが盛んで黒人文化が生まれた地域ならではの歴史的・文化的背景を踏まえた上でのプログラムを入れることで、地域コミュニティーとの繋がりにも配慮していた。それはまたジャズの生い立ちを振り返ることであったのかもしれない。なぜならそこはハーレムだから、である。
余談になるが、ジョージ・ルイスはグローブ・ユニティのメンバーでもあるが、ディレクター職に忙しく、出演するには至らなかったようである。8月に亡くなったポール・ラザフォードに代わって今が旬のミュージシャンの一人であるニルス・ヴォグラムが加わり、突然の招聘でメンバーがなかなか揃わなかった結果、ポール・ニルセン・ラヴが参加して、結果的にオーケストラの平均年齢がぐっと下がったのである。その後のヨーロッパでの公演では、さらにマツ・グスタフソンが参加したとも聞いている。40周年を超えた今、若い世代のミュージシャンが加わることでまたひとつ展開があるのかもしれない。
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このイベント開催期間中の9月24日、イランのマハムード・アフマディネジャド大統領がコロンビア大学で講義を行ったことが大きなニュースとなっていた。それに比べると国際ジャズ・ジャーナリスト会議は小さな小さな催しである。しかし、世界でも十数カ国からジャズ・ジャーナリズムに関わる人々が集まることは、画期的なことだったのだ。欧米ではジャズ関連のテーマでもシンポジウムやパネル・ディスカッションが行われているし、ドイツのジャズ・インスティチュート・ダルムシュダッドでは西欧圏の識者による国際的なものも開催されていたと思うが、これほど大規模で欧米だけではなくロシア、トルコ、メキシコ、南アフリカ、日本から参加者を招いて行われたのはおそらく初めてだろう。9月29日“Columbia/Harlem Festival of Global Jazz”の最終日、それは開催された。(続く)

ディレクター:ジョージ・ルイス
Photo by Kazue Yokoi