UPDATED 12.17.2007

横井一江 Column #14秋のニューヨークへ(後編)Jazz in the Global Imaginationコロンビア大学、そしてハーレム〜国際ジャズ・ジャーナリスト会議に出席して〜

 タクシーから降りて、ハーレムの舗道に立った時、ここはもう一つの国だと思った。空気が違うのだ。

 国際ジャズ・ジャーナリスト会議の前日、つまりニューヨーク到着日の夕方に海外からのJJA主催のウェルカム・パーティがハーレムのジャズ・クラブ「レノックス・ラウンジ」で行われたので、最初に向かった先がハーレムだったのだ。そこはビリー・ホリデイがよく訪れた店ということがうたい文句のジャズ・クラブである。おそらくはローカルな店というより、ハーレムの表玄関的な観光客が多く来る店なのだろう。しかしながら、歴史は確かにそこに足跡を残している。ここでESPのバーナード・ストールマンを紹介された。ESPといえば、アルバート・アイラーを始めとしてかつて前衛と言われたジャズのアルバムを出したことで知られたレーベルだが、ビリー・ホリデイなどの未発表録音もLP化していた。オリジナル盤にはエスペラント語の文章が載ったダブル・ジャケットだったと記憶している。これもまた奇遇である。

 国際ジャズ・ジャーナリスト会議が行われた翌日、JJAは私のようなオノボリさん達のために、翌朝ハーレム・ウォーキング・ツアーを用意してくれた。昨夜は皆遅かったから、参加者は多くはなかったもののそれでも約10名が待ち合わせ場所に現れた。長い一日が終わってホッとしたのか、皆の表情は和やかである。その中には、コルトレーン研究家としてよく知られる藤岡靖洋さんも。どこで知ったのか、彼は前日コロンビア大学にトツゼン現れ、なんと25年ぶりの再開と相成ったのだ。近々『The John Coltrane Reference』(第2版)がニューヨークのRoutledge出版から発売予定とか。また、ニューヨーク州ロングアイランドのハンティントン・ディックス・ヒルズにある歴史的建造物に指定されものの資金不足からその保存が危うくなっている『コルトレーン・ホーム』保存役員として、その救済募金活動に力を入れている(註1)。本業そこのけに日本と欧米を往復して熱心に研究活動しておられるようだ。
 案内役はJJAのメンバーでもあるポール・ブレア。まず待ち合わせ場所の向こうに見える建物を指して、「あそこでラルフ・エリソンは『見えない人々』を書いたのだ」という。どこをどう辿ったのか、元来方向音痴の私は案内人なしでは同じ場所に行けない気がするが、訪れたのはメリー・ルー・ウィリアムスのサロンがあった建物、ダイナ・ワシントンが住んでいたマンション、デューク・エリントンがニューヨークに出てきて最初に演奏したクラブのあった場所、ハービー・ニコルスの住んでいた場所といったジャズゆかりの所だけではなく、ハーレム・ルネッサンスと関わりのある場所、幾つもの教会等々。スコット・ジョプリンの住まいがあったフラットのようにプレートがあった建物もあるが、むしろそれはレアである。案内役がいたからこそハーレムにおけるジャズの歴史の舞台を訪れることが出来たといえる。
 ハーレムには19世紀から20世紀初頭にかけてのいろいろな様式の立派な建物が並んでいた。もともと中流階級以上の人々のための住宅として作られたことがわかる。しかし、地下鉄が開通、過剰な建築ラッシュによる住宅価格の低下にともない黒人が住むようになり、それを嫌った白人がそこを離れたという。建築に興味のある人にとっては、違った意味で実に面白い街ではないだろうか。
 ハーレムを我々オノボリさん一行が歩いていると、年輩の黒人が「ウェルカム・トゥ・ハーレム」と声をかけてくる。日曜日の朝だったので、外出着で教会に向かう人々、特に年輩の人のファッションがレトロである。教会の中からは、牧師の説教だろうか迫力のある声が聞こえるではないか。街角でフラフラしている若者におばちゃんが「あんた、教会に行かなきゃ駄目じゃないの」と声をかけている。教会を中心としたコミュニティがまだ生きているのだ。東京でいえば下町のような、都会の再開発エリアでは消し去られた人間関係がまだここにはある。そのひとなつっこさが懐かしくさえ感じられた。ここにはまた別の文化がある。ファッションもヘア・スタイルも全く違う。ここはニューヨークではなくハーレムなのだ。
 以前は危険な地域とされていたが、90年代後半から始まった再開発で景気もよくなったせいか、治安も大幅に改善されたらしい。街の雰囲気に不釣り合いな現代建築があると思ったら、ステイト・オフィス・ビルだった。そういえばクリントン元大統領はハーレムに事務所を構えている。ウォーキング・ツアーも終りに近づいたところで、ミントンズ・プレイズ・ハウスが往事の内装で再開していることを知った。ローカル・ミュージシャンが演奏しているという。
 日本人はジャズ好きだよね、とよく言われる。なせならニューヨークのジャズ・クラブでは必ず日本人を見かけるかららしい。夜のハーレムのバス・ツアーもあるらしいが、朝のブラブラ歩きは実に楽しい。案内役のブレアはウォーキング・ツアーのガイドもしている。解説は英語だか、外国人にもとてもわかりやすく丁寧に話してくれる。有料だがこの25ドルは絶対に安い。興味のある人は下記HPを参照してほしい。
http://www.swingstreets.com/index.html

 ハーレムを歩きながら、ジャズはローカル・ミュージックだったのだと改めて思う。ここの空気を吸い、街の気配を知って、ジャズ史のリアリティがぐっと増したのだ。帰国してから、長年本棚に眠っていた黒人文学の本を引っ張り出してみたりもした。百聞は一見にしかず、とはよく言ったものである。頭でわかっているつもりでも実際に足を運んだ時に本当はわかっていないことに気付くこともある。そういえば、初めてメールスに行った時も、初めてFMPのトータル・ミュージック・ミーティングを訪れた時もそうだった。
 ジャズは、ある時期のニューオリンズ・ローカルであり、ハーレム・ローカルだったのだ。頭の片隅でジャズ史を再構築する試みをしつつ、グローバルとローカルについて再び考えている自分に気付く。
 以前は各国からミュージシャンを呼んで行われるジャズ祭にはよくインターナショナルという単語がつけれられていた。異郷化が進み、今やローカルそのものの意味も変質しつつある。奇しくも今年のベルリン・ジャズ祭のテーマは「異郷に住む音楽家」であった。国境や国籍にとらわれず音楽・芸術活動を行うミュージシャンやアーティストは多い。ある意味、異文化が接するところに様々な創造の萌芽がある。そのような場では、もはやインターナショナルという単語は時代遅れかもしれない。インターナショナルは文字通りインター・ナショナルで、そこには国家という概念がある。しかし、国家や国境に拘束されず、音楽家や芸術家は創造活動をしており、国籍は違うが同じ都市に住むミュージシャンによるグループはヨーロッパでは多い。日本でも藤井郷子カルテットや大友良英のONJOなどがその例といえよう。トーキョー・ローカル、ベルリン・ローカルといった括りは有効だが、日本人のジャズとかドイツ人のジャズという国や人種による括りは意味を失いつつあるようにさえ思うのだ。私自身の中で「ジャズにおけるグローバルとローカル」についての分析はまだ始まったばかりである。
 図らずともコロンビア大学主催のフェスティヴァルのタイトルになったグローバル・ジャズとは。少なくともジャズのグローバル=アメリカン・スタンダードを意味する訳ではないだろう。その啓蒙活動に熱心なのは、寧ろウイントン・マルサリスが音楽監督を務めるジャズ・アット・リンカーン・センターではないのか。

 ハーレム・ウォーキング・ツアーの後、JJA主催のブランチへ。会場はジャズ・アット・リンカーン・センター内のディジーズ・クラブ・コカ・コーラである。たまたまタクシーを降りたときに、ハワード・マンデルに「ここ来たことがある?」と聞かれたので「ない」と素っ気なく答えると「僕もよく来ているわけではないけどね」と意味深な言葉が返ってきた。


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 昼間からシャンパンを飲んでいたら、マキシー・ジッカートに「ジャズ・アット・リンカーン・センターの中を支配人が案内してくれるというから一緒に行かない」と誘われたので、ついて行くことにした。フレデリック・ローズ・P・ホールは実に素晴らしい。音響面もアコースティック・ジャズにふさわしいものにしてあるという。小ホールであるアレン・ルームのステージのバックにコロンブス像を見下ろす眺めと現代的なホール・デザインは、ジャズよりも寧ろよりコンテンポラリーなサウンドに似合っているように思えた。他にもリハーサル・ルーム、レコーディング・スタジオ、ラジオ放送用の設備等々が揃った理想的な施設である。マルサリスと親しいミュージシャンだけではなく、穐吉敏子やマリア・シュナイダーもここで演奏したという。しかし、施設の素晴らしさとは対照的に音楽の現場との齟齬(そご)感がどんどん大きくなっていく。そこではジャズの商業化と権威付けという意味合いでのクラシック化が進行しているように感じたからだ。ジャズ・アット・リンカーン・センター・オーケストラがジョン・コルトレーンの<至上の愛>を演奏したCDがその場に来た人達に配られた記念品の中にあったので、帰国してから聞いたのだが、確かにアレンジはいいし、演奏家のスキルも一流で上手い。だが、感動しないのだ。ジャズはライヴ・ミュージックであり、再現音楽とは違う。ジャズ・エリート達が集い、価値観の定まった音楽が演奏される場に相応しい品格がジャズ・アット・リンカーン・センターにはあった。だが、ここにはストリートのざわめきはない。前衛はこのような清潔感溢れるキレイな場所ではなく、なぜかいつもいささかいかがわしい場所で生まれるのである。

 ハーレムとコロンビア大学は隣合わせだった。今一度「Columbia/Harlem Festival of Global Jazz」のプログラムを眺めながら、ジョージ・ルイスの意図したこととグローバル・ジャズというネーミングについて考えていた。
 このフェスティヴァルにはブロック・パーティ(野外パーティ)など地域コミュニティと関わるプログラムも用意されていた。そういえば、シカゴAACMの目的はミュージシャンの共同体のみならず地域コミュニティに根ざしたものだった。ルイスはAACMスクールでムハール・リチャード・エイブラムスらに音楽を学んでいる。彼のこの企画の発想の根元にAACMがあるのではないか。また、そのグローバル・ネットワークの発想は、フリー/即興音楽のミュージシャンが構築してきたものにリンクしているように思える。そして、グローバル・ジャズとは。グローブ・ユニティが招待されたのは偶然ではないだろう。音楽家は既に自身の音楽の中でそのようなコンセプトを用いているのではないのか。そしてまた、これはジャズ・アット・リンカーン・センターに代表されるジャズ界の動きに向かって放たれたオブジェクションではないか。と、勝手な想像が頭の中を駆けめぐる。しかし、ルイス自身にこのことを問うたわけではないので、彼の真意はインタビュー出来るまでおあづけである。

 「メディア・バブル」とは国際ジャズ・ジャーナリスト会議開催にあたって、ジョージ・ルイスが述べた言葉に出てきた造語である。この言葉は的を得ている。インターネット上では、今や誰もが評論家になれるのは確かだ。それは世界中どこでも同じである。
 バーチャルな空間には無数の情報が漂っており、それは日々膨張し続けている。しかし、情報の遍在化と偏在化は同時に進んでいる。私は情報にカタチを与えるのは我々の仕事だと考えている。断片的な情報のみがネット上に浮いている現在こそ、音楽ジャーナリズムの果たす役割は重要だと思う。しかし、読むに値する評論や文章に出会うことは以前にも増して減ってきている。オールド・メディアの存在感はどんどん薄れ、ニュー・メディアが試行錯誤している。今、まさに過渡期にあるといっていい。
 音楽ファンがCDやコンサートの感想をブログなどに書き、情報交換するのは自由だ。寧ろ最新の情報はこちらにあったりする。これはジャズを巡る情報が貧しいことを実は表しているのではないだろうか。そして読み手は、コンテンツではなく、メタ・コンテンツのみを消費する傾向が強まっている。しかし、自称音楽ライターのどれほどが自分が書くことに対して自覚的なのだろう。それは日本だけではない。会議でグエン・アンセルはいみじくも言った。「ジャズ・ライターの教育が必要だ」と。
 今やWeb magazine/Online journalは世界各国いろいろある。All About Jazzのような情報量の多いものから、パネリストとして参加していたビル・シューメーカー主宰のフリー、インプロなど進歩的な音楽を取り上げるリトル・マガジン的なPoint of Departure(註2)のようなものまで様々だ。そしてまた、イタリアではjazzColo[u]rs(註3)という定期購読申込みをするとPDFファイルが送られてくる“Email-zine”も発行されている。
 反面、All About Jazzのように定期的に記事をまとめてタブロイド・ペーパー(無料)としてジャズクラブに置くようになった媒体もある。もっともこれはニューヨーク版(註4)のみであるが。パネリストの一人、ロシアのキリル・モシュコウさんがやっているロシアのJazz RuもWeb Magazine(註5)からスタートして、プリント版ジャズ雑誌『Jazz.Ru』を発行するようになった。まとまった文章を読むにはやはり印刷媒体のほうがいいということか。印刷媒体も旧来のあり方とは違ったカタチで変化しつつある。
 媒体そのものは過渡期の真っ最中なのだが、その内容、ジャズについて書かれた文章の多くはCDについてである。日本では特にその傾向が強い。だが、CDを買うのではなく、音楽をダウンロードする人が増えている。レコードが音楽なのではない。ラジオから聞こえてくる音楽に親しんだ時代もあったのだ。CDもLPも所詮音楽を伝える媒体にしかすぎない。世界中のラジオ局はその放送をインターネット上でストリーミングしているので、アクセスすればいくらでも聴くことができる。海外のフェスティヴァルやライヴも番組でオンエアしたものは聴けるのだ。とっくにコアな音楽ファンはそれを楽しんでいる。変わっていないものは、そこに演奏するミュージシャンがいることと聴き手がいることだけではないのか。ジャズを扱うメディアも媒体そのものだけではなく、そのコンテンツも見直す時期に来ていると私は思う。
 好き嫌いではない。時代は変わってきているし、もはや誰もWeb2.0を無視することは出来ないのだ。個人的なことをいえば、私自身はアナログが大好きなのである。写真はフイルム・カメラで撮影されたものをこよなく愛するし、レンズもズームではなく単焦点のほうが好きだ。CDよりLPの音質のほうが耳に馴染むし、なぜか聴いていてもLPのほうが疲れない。デジタル技術が進化したおかげで、安易にレタッチや修正可能になったことに危惧も覚える。しかし、個人の趣味嗜好の世界ではアナログは残るだろうが、デジタル化が大きな流れなのである。その利点を見極め、どう利用するかが問われているのだ。ジャズ・ジャーナリズムも然りである。

 国際ジャズ・ジャーナリスト会議の少し後に、ドイツのジャズ・インスティチュート・ダルムシュダッドでも「Encounters… The World meets Jazz」というテーマでシンポジウムが行われたことを知る。やっとジャズをめぐる言説が、やっと時代に向きあい始めた。

註1:Hotline International参照のこと
註2:http://www.pointofdeparture.org/ 2005年9月にビル・シューメーカーが始めたオンライン・ジャーナル。フリー、インプロなど進歩的な音楽について書かれた貴重なメディアのひとつで、かなり評判になっている。今回の執筆者は発行人のビル・シューメーカーの他、アート・ランゲ、イタリア・ピサのフランチェスコ・マルティネリなど。
註3:http://www.jazzcolours.it/indexeng.htm
註4:http://www.allaboutjazz.com/newyork/ これもPDFでダウンロード出来る。
註5:雑誌と平行して続けているウエッブ・マガジンJazz Ruは英語版もあり、ロシアのジャズを知る貴重な情報源だ。
http://www.jazz.ru/eng/default.htm