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Reflection of Music 横井一江No. 252

Reflection of Music Vol. 66 フレッド・フリス


フレッド・フリス @メールス・フェスティヴァル1992
Fred Frith @Moers Festival, June 08, 1992
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


フレッド・フリスの3枚組CD『All Is Always Now』がIntaktからリリースされた(*)。ニューヨークのザ・ストーンでの2006年から2016年に行われた80のギグから選ばれた音源を集成したアルバムだ。共演者はローリー・アンダーソン、シルヴィ・クロヴァジェ、ミヤ・マサオカ、イクエ・モリ、ポーリン・オリヴェロス、エヴァン・パーカー、ネイト・ウーリー、テレサ・ウォンと初顔合わせも含め多岐に亘るが、各セッションはリハーサルなしの完全即興演奏であるという。尤もこれについては建前と受け取るべきかもしれない。各トラックのタイトルを演奏当日のニューヨーク・タイムズの見出しから選んだというのは、イギリス人ならではの洒落と捉えるべきか。それはともかく、聴き始める前、これは一種のドキュメントだと思った。しかし、聴き進むにつれ、ポスト・プロダクションを経て、各セッションをマテリアルとして構造化した一つの「作品」だということに気がついた。次々と寓話を聞かされるというよりも、ひとつの壮大なドラマを耳にしている気がしてきたのだ。そして、聴き終えた時にはそう確信していたのである。

と、同時に『ステップ・アクロス・ザ・ボーダー』(1990年)を観、そして聴いた時に感じたフレッド・フリスの只者ならぬ才知と戦略を不意に思い出したのである。その映画はシネ・ノマド(ニコラス・フンベルトとベルナー・ペンツェル)が制作した日本も含めた世界を旅し、音楽すなわち即興演奏を通した様々なミュージシャンやアーティストとのコラボレーション、音楽活動の舞台裏を捉えた一種のロード・ムービーだが、フリスにとっての音楽創造がなんたるかを見事に映し出していた。撮影された1988年から89年は冷戦がまさに終わろうとしている時期だったが、グローバリゼーション以前の時代で、ヨーロッパでも国境を越える度にパスポート・コントロールを受け、通貨を両替しなければいけない時代だった。ゆえに、ボーダーすなわち国境を超えるということの意味合いが今とは異なっていたのである。多種多様な人々との出会いから創造性を拓いていくことは、現代の標準化、最適化を求めるグローバリゼーションとは異なる思考といっていい。そこには、80年代初頭のニューヨーク・ダウンタウンの音楽シーン、即興演奏をキーに旧来の音楽スタイル、つまり「ボーダー」を超えた若いミュージシャン同士の交流から起こったムーヴメントの立役者のひとりであったフリスならではの発想が窺える。またそれは、彼の楽器戦略にも通じるもので、エフェクトやプリペアドを始めとした様々な試みでノイズも含めたサウンドを拡張していく手法は、同じギタリストでもギターという楽器の回路の中で音楽を解体するようにイディオムを回避した演奏を希求したデレク・ベイリーとは好対照と言えるかもしれない。

フリスがイギリスのロック・バンド「ヘンリー・カウ」や「アート・べアーズ」での活動を経て、70年代終わりにニューヨークへ移住し、ダウンタウンの音楽シーンでビル・ラズウェルとの「マサカー」などで活動を始めたことはよく知られている。日本にも81年の初来日以降、何度か来日しており、特に80年代には日本のミュージシャンと多く交流していた。ヨーロッパではどうだったのか。1983年にフリスとトム・コラの「スケルトン・クルー」やアントン・フィヤーの「ゴールデン・パロミノス」などがメールス・ジャズ祭に出演したことで、ダウンタウンのミュージシャンが一気に注目されるようになったのである。80年代、彼らは度々メールス・ジャズ祭に出演していた。私もフリスの「キープ・ザ・ドッグ」や彼も参加しているジョン・ゾーン「ネイキッド・シティ」をそこで観ている。ところが、写真を撮影した1992年のメールス・ジャズ祭では、フリスが作曲・指揮したフランスの大編成のバンドQue d’La Gueuleとの出演だった。フリスの活動の幅がさらに広がっていたことを知ったのである。

『All Is Always Now』を聴き終えて、作品にフリスの世界観がよく現れているとつくづく思った。音楽的な戦略は以前からの一貫したもので、その強度は一層増している。それにしても、All is always nowとは。絶妙なタイトルをつけたものだ。

 

【註】
* CDの詳細は:http://www.intaktrec.ch/320-a.htm

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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