Reflections of Music Vol. 106 大友良英〜アジアン・ミーティング20周年記念スペシャル〜
大友良英「MUSICS あるいは複数の音楽たち その3」 @小田原文化財団 江之浦測候所 2025 & アジアン・ミーティング・フェスティバル 20周年記念ライブ 2025 @新宿ピットイン
Otomo Yoshihide MUSICS @Enoura Observatory, Odawara, November 2, 2025 & Asian Music Festival @Shinjuku PIT INN, November 6, 2025
photo & text by Kazue Yokoi 横井一江
一年程前のことである。大友良英がFEN (大友良英、ユエン・チーワイ。ヤン・ジュン、リュウ・ハンキル) でヨーロッパ・ツアー、そしてクリス・ピッツィオコスと東アジア・ツアーを行ったという情報から、コロナ禍でしばらく途絶えていた大友とアジアのミュージシャンとの交流で新たな動きを感じた。それが気になったので、実際に話を聞くために出かけたのは今年(2025年)のお正月三が日を過ぎた頃だった。何か直感が働いたのだろうか、奇しくも今年は大友が個人的にアジアン・ミュージック・フェスティヴァル (AMF) を始めてから20周年に当たることにそこで気づいたのである。
その時、本格的なAMFは来年2026年に開催になるものの、今年は大友自身で何かをやりたいと語っていた。それが実現し、11月2日、3日に小田原市にあるの江之浦測候所で「MUSICS あるいは複数の音楽たち その3」が、6日は新宿ピットインで「アジアン・ミーティング・フェスティバル 20周年記念ライブ」、また Far East Network Special も3箇所(11/04 京都 UrBANGUILD、11/05 名古屋 TOKUZO、11/07 東京 南青山 POLARIS)で開催された。全てはとても無理だが、11月2日と6日のイベントに出かけることにした。
「MUSICS あるいは複数の音楽たち その3」が開催された小田原市にある江之浦測候所は、写真家、現代美術作家、建築家である杉本博司が設計・建築した文化施設で、広大な敷地にはギャラリー棟、野外の舞台、茶室などが点在している。クリスチャン・マークレイがパフォーマンスを行った際に江之浦測候所の存在を知ったのだが、その時はチケットが早々とソールドアウトになったため、ここに来るのは初めてだ。駅から送迎バスに乗り、小高い山を登った先にそこはあった。参道を登り、さらにパフォーマンスが開始されるという石舞台へ行く途中にある明月門が目を引く。元々は室町時代に鎌倉にある明月院の正門として建てられたが、関東大震災後で半壊、その後何人かの所有者を経て根津美術館の正門として使用されていたが、建て替える際に江之浦測候所に寄贈された旨のことがガイドブックに書いてあった。それに限らず、道標や礎石、石柱、灯籠などがあちこちに置かれている。何らかの事情で打ち捨てられたかもしれないそれらは、造られた背景とは切り離された場所でその時代の断片を物語っているようだ。その展示(置き方)には博物館的な意図は全く感じない。おそらく杉本の趣味、美意識によってここに配置されている。そんな複数の時間 が交錯する江之浦測候所自体が杉本の作品と言っていいのだろう。
タイトルに「その3」とあるように、江之浦測候所では2022年と2024年に「MUSICIS あるいは複数の音楽たち」と題したイベントが行われている。今回は「アジアン・ミーティング20周年記念スペシャル」なので、国内だけではなくアジア各地からやってきた5人のミュージシャンが参加している。
石舞台に着くと、既に詩人 吉増剛造がそこに座していた。大友が地面にある石ころを投げて音を出す。石舞台の周りで、たぶん他の場所に点在しているミュージシャン達も含めて、パフォーマンスは徐々に始まっていく。最初は石舞台を囲むようにその周囲に多くいた観客もそれぞれ思う方角へ散っていった。ミュージシャンは各々気に入った場所で一人あるいは数名で音を出し、敷地内のどこかへ移動する。何かを鳴らしながら移動している者もいた。時間は共有しつつも各々異なる音体験をしているのは演奏者も観客も同じである。
大きく分けて、江之浦測候所には明月門エリアと竹林エリアがある。最初は風が運んでくる音などを聞きつつ、明月門エリアをあちこち移動してみた。海も見え、景観がとてもよい。冬至の朝は登った太陽の光が隧道を通ってそこを照らすという冬至光遥拝隧道(とうじこうようはいずいどう)の出口にある円形石舞台には楽器が置かれていた。誰かがここで演奏していたのか、演奏するのか。この鋼板で出来ている隧道は空中へ突き出ている。ここでもパフォーマンスをやっている者がいた。夏至の朝陽が通り抜けるのは100メートルの夏至光遥拝100メートルギャラリーでここも会場の一部となっていた。また、思わぬところにマイクが隠されていた。それはサウンドアーティストの細井美裕と岩田拓朗によるもので、加工した音を会場へ流すことを意図したものである。
竹林エリアのほうへ降りていくと蜜柑農家の道具小屋を化石の展示スペースとして利用している「化石窟」があった。音が聞こえたので中で誰かが演奏しているのだろう。人が集まっていて小さなヴェニューのような様相。だが演奏が終わると人はあっという間に去っていく。その誰もいない空間で一人音を確かめるようにチューバを吹きた始めた高岡大祐の姿が印象的だった。外へ出て、鳴らす音に導かれるように竹林の中を降りて登って、倒れた巨木が置かれた小さな広場のようなスペースに出るとそこの中央に石原雄治がドラムセットを組み立て、広場を取り囲むように大友良英、高岡大祐、Sachiko M、巻上公一、が音を出し始めたのでそのまま聞くことにした。
蜜柑の木も目に入る。元々蜜柑畑だったそうで、今も蜜柑を自然栽培しているということだ。どこに居ても自然の音と姿は見えなくても誰かが発しているサウンドが一体化して耳に入ってくる。明月門エリアへ戻ろうと道を登る途中、先を歩いていたSachiko Mやコック・シューワイらが小さな笛を吹くと下の木立の中から誰かか応じるサウンドが聞こえた。海の見える眺めの良い場所だったので暫くそこで一休み。鳥たちの会話のようなやり取りに暫く耳を傾け、明月門エリアへと再びみかん道を登った。
日が翳り出す頃、ミュージシャンは光学硝子舞台やその周辺に徐々に集まってきた。観客も舞台を観るために造られた古代ローマ円形劇場遺跡を再現したという客席へ。ここでの主役は吉増剛造だった。大友を始めとするミュージシャンが舞台に上がったり、降りたり、彼らとのコラボレーションで吉増はパフォーマーとしての類稀な存在感を見せていた。江之浦測候所の敷地を歩きながらサウンドスケープをたっぷりと味わった後の舞台、しかも海を見わたす場所である。隧道の横に設置された光学硝子で出来ている舞台を古代ローマ人のように石で造られた座席に座って舞台を観るというフィナーレは来場者が観客へ戻っていく時間だった。
企画のタイトルに「複数の音楽たち」とあるように、ここに集ったミュージシャンが同時多発的に行った即興演奏は周囲の環境音と混じり合い、サウンドスペシフィックな空間を創出し、個々の耳に異なった音楽聴取体験を与えた。最後のフィナーレは江之浦測候所で時間を共有していたことを皆が認識する場でもあったのではないか。
そこはまるで小さな地球のようで、誰に対しても時は等しく過ぎていくが、各々は自分を取り巻くほんの少しの事象しか見えないし、聞こえない。ただ、ここでは穏やかで平和な時間が流れていた。
大友良英「MUSICS あるいは複数の音楽たち その3」
2025年11月2日 @小田原文化財団 江之浦測候所
大友良英 (percussion, objects) リュウ・ハンキル/Ryu Hankil (electronics) ヤン・ジュン/Yan Jun (objects, voice) ユエン・チーワイ/Yuen Cheewai (electronics) コック・シューワイ/Kok Siew Wai (voice) シェリル・オン/Cheryl Ong (percussion) 吉増剛造 (poet) 山崎阿弥 (voice) Sachiko M (objects) 松本一哉 (percussion, objects) 石原雄治 (percussion) 高岡大祐 (tuba) 細井美裕+岩田拓朗(sound installation) 巻上公一 (voice, etc)
20年前の9月、アジアン・ミーティング・フェスティバル (AMF) が大友良英の個人企画として最初に開催されたのは新宿ピットインに於いてだった。ある意味原点とも言える場所で、コロナ禍以降中断されていたAMFが6年ぶりに行われた。会場に入って驚かされたのはセッティングだ。写真を見れば少しは分かると思うが、ステージには客席が、ミュージシャンは客席を取り囲むように点在、客席内にも座って演奏するような配置だった。2019年のAMFを観ているので、さもありなんと思ったのだが、まさかジャズクラブである新宿ピットインでこのようなセッティングをするとは思わなかった。観客が動き回れるといいのだが、広さから考えると難しいためか、椅子に座った観客はそれぞれ音の鳴る方を見ながら聞いていた。おそらく座った場所によって聞こえてくる音は随分と違ったことだろう。
ファースト・セットは、2人または3人による短い4つのセットだった。まず、シェリル・オン+類家心平+DJ Sniff で始まり、続いて細井徳太郎+リュウ・ハンキル+ヤン・ジュン、さらにヤン・ジュン+荒川淳、締めはユエン・チーワイ+コック・シューワイ+大友だった。あえて少人数での短いセッションを組んだのは、個々のミュージシャンをクローズアップしようという意図があったからではないだろうか。セカンド・セットは全員での即興演奏だが、皆が音を出してサウンドを構築していくようなコレクティヴ・インプロヴィゼーションとはコンセプトが異なる。数名が出すサウンドを繋ぐように即興演奏がリレーされていくような展開、それによって音場面も変容していく。融合されたサウンドの中に演奏者の個性が見え隠れする。そう感じたのはエレクトロニクスを扱うミュージシャンが4名いたこともあっただろう。いかに聴き、いかに音楽を創り上げるのか、個々の内面から導き出されたサウンドが出会い、交歓した貴重な時間だった。
アジアン・ミーティング・フェスティバル 20周年記念ライブ
2025年11月6日 @新宿PIT INN
大友良英 (g 東京) DJ Sniff (turntable LA) ユエン・チーワイ/Yuen Cheewai (electronics シンガポール) リュウ・ハンキル/Ryu Hankil (electronics ソウル) ヤン・ジュン/Yan Jun (objects,voice 北京) コック・シューワイ/Kok Siew Wai (voice クアラルンプール) シェリル・オン/Cheryl Ong (percussion シンガポール) 類家心平 (tp 東京) 細井徳太郎(g 東京) 荒川 淳 (electronics 郡山)
良い時間を過ごしてから程なくして、日本人ミュージシャンの公演が中国で次々と中止されるという残念なニュースが飛びこんできた。ジャズも海外在住の音楽家も例外ではない。大友が AMF の開催を決意するに至ったのは、2005年4月の中国での反日デモだった。その時に日本料理店なども被害にあったニュースにショックを受けたこともあって、「交流と友達を増やすしかない」と思い立ったのである。今年11月中旬の出来事からビジネスマンだけではなく音楽も政治に翻弄されることを痛感した。文化交流自体、そこに政治的な意図が見えたりもする。そのような文化交流は脆い。だからこそ、音楽家に限らず、個々の交流や人間関係が大事で、それがあってこそ国境を超えた繋がりが出来て、ネットワークに発展していく。そのような関係は政治情勢の変化で簡単に揺らぐことはない。こんな時代だからこそ「交流と友達を増やすしかない」と私もあらためて思ったのである。
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