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Concerts/Live ShowsReflection of Music 横井一江No. 334

Reflections of Music Vol. 107 サインホ・ナムチュラク

サインホ・ナムチュラク @梅若能楽学院会館・能楽堂 2026
Sainkho Namtchyalak @Umewaka Noh Theatre, February 06, 2026
photo & text by Kazue Yokoi  横井一江


サインホ・ナムチュラクが7年ぶりに東京で公演を行った。前回2019年は八丁堀にあったサウンドバー・ハウルでの内橋和久とのデュオだった。2024年にも来日したが、短い滞在で大阪、防府で演奏したのみ(*)。今回、東京ではBar Issheeでのソロ、その翌日に梅若能楽堂でのコンサートが企画された。サインホはヨーロッパでは様々な場所で公演を行っているが、能楽堂で演奏するのはもちろん初めて。パフォーマーとしても秀でた才のある彼女がどのように場を生かすのだろうか、と期待しつつ能楽堂に向かう。

写真を撮ることもあり、勝手を知っているヴェニューと違うことから早めに着くように出たのだが、私が会場に着いた時はサウンドチェック中だった。それが終わってスタッフも含めた全員が会場から立ち去った後、サインホはひとり舞台に戻ってきた。老松が描かれた鏡板の前にすっと立ち、意識を高め、瞑想している姿はすでに”気”を纏っているようにさえ見えた。

第一部はソロ。トゥヴァの唄を歌う。最初はマイクなし、コンサートホールとはまた異なる響きだ。ささやくような歌い、微細な表現、柔らかな声が広がっていく。様々な伝統的唱法を独自に発展させて用いていたことは言うまでもない。伝統的な唄ではあるが、歌詞はサインホによるオリジナルに変えていたようだ。トゥヴァの伝統音楽に詳しい知人から、トゥヴァではオイトゥラーシという即興的に歌を作って競う文化があり、トゥヴァのホーメイ歌手は元々ある古い歌を即興的に歌詞を変えて歌う傾向があると聞いた。とすればオリジナルな歌詞で唄うこともごく自然なことではないのだろうか。能楽堂は元々は屋外にあった能舞台を屋内に取り込んだ構造であることを果たしてサインホは聞いていたのだろうか。会場に広がるサインホの声は遠いトゥヴァの大地と東京を繋いでいた。

随分と前になるが、1992年にサインホが初来日した際に講演を行っている。そこで彼女は民族音楽、またラマ教やシャーマニズムの文化の影響について語っていたことを思い出した。その頃、話題になっていたホーメイについてもそのメカニズムを絵を描いて説明してくれた。サインホが若い頃、伝統音楽やシャーマニズムの儀礼音楽を知る人を訪ねて学んでいる。当時はスターリニズムの時代で民族音楽が弾圧されていた。サインホが世界に知られるようになったのは、ペレストロイカ後である。ジャズ評論家の故副島輝人がアルハンゲリスク・ジャズ・デイズでTri-Oで出演していた彼女を見たのも、私が偶然ドイツの友人の友人宅でどこかで録音したサインホの声を聞かせてもらったのも1990年だった。ドイツのジャズ雑誌が彼女を大きく取り上げたのもこの頃である。ペーター・コヴァルトのプロデュースで1991年に即興によるソロ・アルバム『Lost Rivers』(FMP)を録音、ほぼ同時期に全く異なるコンセプトを持つ歌のアルバム『Out of Tuva』(Cramworld) をリリースしていたことで彼女が持つ音楽世界の広がりを知ることができた。

3度目(1997年)の来日時にインタビューした際に、オトクン・ドスタイとトゥヴァの地方を訪れて伝統音楽を蒐集し、CD化したことを教えてくれた。この時期は日本トゥヴァホーメイ協会が創られ、日本でも徐々にホーメイやトゥヴァの民族音楽が紹介されるようになった時期でもあった。その時、彼女はこう語っている。

普通に人々が生活の中でどのように唄っているかを、より多くの歌を録音し、その唱法や歌を通じてトゥヴァの人々の考え方や生き方を伝えたいと考えました。音楽の周りにある雰囲気を伝えることが大切だと思うのです。雰囲気は魂(ソウル)や空気を映し出すからです。歌い手は時代の気分、テンポに呼応して歌うものです。ホーメイもまた同じです。

能楽堂での第二部は大友良英とのデュオ。大友とはおそらく20数年ぶりの共演だろう。サインホは大友が音楽を担当したNHKドラマ「クライマーズ・ハイ」の音楽チームの一員としても参加していた。かなり抑えた照明の中で、老松を挟んで左右に位置した二人は、付かず離れずサウンドを絡み合わせていく。サインホの空間との対峙の仕方、ダイアローグに西欧の即興演奏家とはまた異なる姿勢が受け取れる。感情の機微に触れつつ、ヴォイスは表情を変え、ダイナミクスは変化していく。空間の中でサインホのヴォイスを捉える大友、サウンドは緻密に創り上げられる。大友との共演と能楽堂という場が奏功したのだろう。魂に触れるような深い趣きを湛えた表現といい、稀に見るパフォーマンスである。伝統的ながらも現代に響く歌、そして時空間を超越する世界、またとない公演だった。

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サインホは2000年代に入ってからデジタルメディアを用いたパフォーマンスに取り組むようになり、その探求は現在も継続している。さらに、2010年代になるとアジアでの活動を行うようになり、特に中国のアーティストとのコラボレーションを行うようになった。また、歌手、ヴォイス・パフォーマーとしてだけではなく、詩作、ビジュアルアートにも創造の場を広げている。ひとつ興味深いのは、2024年に『Lost Rivers II』(Klang Galerie) をリリースしていることだ。激しい感情を内包する表現の底に流れるのは、惨事の時代へと逆行しつつある現代への彼女の思いだろうか。

今回の来日は広島の楽々市場の招きによるもので、そこを拠点に活動する舞踏家 Roomin‘ (Michiru Inoue) と『雨露』  (ちゃぷちゃぷレコード) をリリースしている法竹奏者 Master Wotazumi (KenYa Kawaguchi) との芸能ユニットOddRooming とのコラボレーションを行った。それに先立ち、サインホは 1月29日にイタリアのジェノヴァで開催される広島被曝80年の追想コンサートでのシアターピースに出演している。広島の後、サインホは香港へと旅立った。こちらは能楽堂での公演とは対照的なプロジェクトのようだ。

現代のノマドの旅はまだ続く。再び東京で会えることを楽しみに。


【注】

防府でのコンサートと呉市にある原田雅嗣のスタジオでの録音は、CD『『豊住芳三郎、サインホ・ナムチラク、原田雅嗣[クリエイティブ・ユニット]ウィズ 山本公成、照喜名仙子/Song for LELUHUR: ソング・フォー・ルルフール(先祖)』として、ちゃぷちゃぷレコードからリリースされた。
https://chapchaprecords.jimdofree.com/

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記念本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 https://kazueyokoi.jimdofree.com

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